38 スローライフを望む!
この世の中には、いろんなVRMMO(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)がある。
シナリオがあるものや、ただひたすらフィールドを冒険するもの、戦闘に特化したもの……など様々なゲームがある。
ただオレには、どれも苦手なものばかりだ。仕事で知り合った友人宅に遊びに行ったときに少し借りて遊んでみたが、アクションや戦闘の入るゲームは三半規管が弱いのかすぐに酔って気持ち悪くなるし、常に緊張感があるものは精神的に疲れてオレには合わなかった。だから今までずっとそういった類いばかりしかないVRMMOは敬遠してきた。
そんなオレがまさかVRMMOをやることになるとは思ってもみなかった……、あの宣伝記事を見るまでは。
『世界初! スローライフVRMMO いろんな野菜を作ってみませんか?』
その記事を見たオレは、すぐに購入した。というか、勝手に手が動いていて、気がついたときには電子端末から購入したあとだった。いわゆる衝動買いってヤツだ。
そして、今、オレの手には、衝動買いをしたVRMMO専用機があった。
「これで……いいのか?」
初めて扱うVRMMO専用機に戸惑いながら、設定をなんとか終わらせた。そして、衝動買いのキッカケとなった世界初のスローライフVRMMO『バーチャノーカ』にアクセスした。
*****
何もない部屋に、頭にはほっかぶり、そしてモンペを着た、いかにも農作業をやってそうな雰囲気の婆ちゃんが立っている。
「バーチャノーカに、よう来たねぇ」
優しくノンビリした婆ちゃんの口調は、まさにこれからの癒しのスローライフを彷彿とさせる。
「まだオープンテストだからのぅ……どんどん内容が変わってしまうかもしれんけど、それでもいいかい?」
「えぇ、いいですよ」
オレが頷くと、『バーチャノーカ』の案内婆ちゃんはニッコリ笑って、「じゃあ、たぁくさん楽しんどいで」と言ってくれた。そして、何もない部屋に木製の引き戸が現れた。
いよいよかと、その戸をドキドキしながら開くと、何もない部屋と異なる風景が目の前に広がっていた。
草原の中に畑があり、その向こうには小さな小屋、さらに向こうには森が広がっていた。小川のせせらぎも聞こえてきた。
「癒される……」
オレは、とりあえず畑に向かって歩き出した。後ろから案内の婆ちゃんがついてくる。
「あれ……? 案内で終わりじゃ……?」
振り向いてついてきた婆ちゃんに聞くと、ニコニコの笑顔のままノンビリ答える。
「まだ説明せんといかんからねぇ」
「チュートリアルか……」
オレは煩わしく思いながらも、仕方ないと諦めた。
*****
畑の管理から野菜の育て方、貯蔵方法について、婆ちゃんから一通り教えてもらった。
これでチュートリアルは終わりかと思いきや、そうではなかった。
「じゃあ、適当に好きな苗を植えてみるかい?」
「苗は、どういうのがあるんですか?」
「そうだねぇ、今持っているのは……毒々しいニンジン、まだら模様のキャベツ、超発光のスターフルーツ……」
「……普通の野菜はないんですか? しかもスターフルーツって畑に植えるものじゃないですよね!?」
このゲームは「アス○○ノーカ」かっ!?
心の中でツッコミを入れつつ、とりあえず「毒々しいニンジン」の苗を選び、植えてみた。
「それと、野菜を育てると害虫がつくからねぇ、その退治もしないといかんよ」
「具体的には?」
「今のところ、道具としては鍬しかないねぇ。鎌は、1本300円で買えるがどうするかね?」
ん? なんで害虫退治に鍬や鎌が?
苗の種類をオレが聞いたあたりから、話がおかしい。しかも、鎌は課金アイテムなのか!?
「いや、今は買わないです。害虫は、どういう種類があるんですか?」
「ワタアブラムシとか、アオムシ、キアゲハ……とかかねぇ」
婆ちゃんの解説を聞き、「なんだ、そんなもんか。それなら道具を使わなくても手で充分」と思ったのが大間違いだった。オレは、ここが現実世界ではなく、VRMMOであることを忘れていた。
森の方から、ブーン……という大きな音が聞こえてくる。
「な、なんの音だっ!?」
「あぁ……この音は、ワタアブラムシの大群が飛んで来る音だねぇ」
「へっ……?」
婆ちゃんが何を言っているか理解できずにいると、畑に向かって飛んできている巨大なワタアブラムシの大群が見えた。人間の体よりかなりデカイ!
こええぇぇぇ―――!!
オレは婆ちゃんの手を引いて逃げ出した。
あれを全部鍬で倒すとか、無理だろっ!
素早く小屋に隠れ、木戸のすき間から外の様子を見た。
ブーンという羽音が小屋までしっかり聞こえてくる。先ほど「毒々しいニンジン」を植えた畑に巨大ワタアブラムシの大群が着地しようとした瞬間、ザザザンッ……という鋭い切り刻む音と同時に巨大なワタアブラムシの大群が霧散した。
なにが起こったんだ?
一瞬の出来事に目を見開いた。畑の真ん中には、両手に鎖で繋がっている鎌を1本ずつ持ち、青のツナギを着て、ゴーグルをしている人影があった。逆光で見えないが、黒い髪の毛を銀色のバレッタでアップし纏めないといけないほど長いようだ。どうやら、体格からみて女のようだ。
鎌を腰のベルトに通して、ゴーグルを額の上にずらしながら小屋の方に女が来る。よく顔を見ると、学生のようだ。オレより5、6歳は若い。
「すみませーん! プレイヤーの『あああさん』いますか? 運営でーす」
運営と名乗った女が、オレのプレイヤー名を呼んだ。まさか呼ばれることはないだろうと思い、設定時に適当につけたのだが、もう少し考えて名前を決めるべきだったと今更後悔した。
木戸を開き、オレと婆ちゃんが外に出ると、無事ですか? と聞いてきた。
「無事ですけど、さっきのは一体なんですか?」
「いやぁ、すみませーん。バグです」
「…………ギャグですか?」
「違いますっ! そんな寒いギャグ言わないですっ!」
「現実世界で平均体長2ミリしかないアブラムシが2メートルになってるのは、バグのせいですか?」
「そうです」
「すげー怖かったんだけどっ!? 全然スローライフじゃないですよねっ?」
「なので、お詫びにこちらを……」
運営さんが自分のリュックから取り出したブーツを差し出してきた。
「……なんですか、これ?」
「強力バネが仕込んであるブーツです。ハイジャンプができます。これで害虫除去がラクラク……」
「いりません」
そんなアイテム、酔いまくりで気持ち悪くなること間違いない。
「えぇー!? ダメですか……、じゃあこっちで」
差し出してきたのは、背中に背負うタイプの機械だ。
おっ? これはよく見る自動害虫除去装置か……
オレは受け取ろうと手を伸ばしかけたところ、
「こちらは、自由に空中を飛ぶことができる背負子形ジェットです」
「いるかぁーっ!!」
オレは思わずツッコミを入れ、断固拒否した。




