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科学の極み! (連載版)  作者: 芝高ゆかや
4章 選ばれし騎士と魔術師の子孫
35/60

35 怒涛のモテキと修羅場

 キリュウにとって怒濤の2日間が過ぎた。フレイリアの実験から解放されるのは、睡眠と食事など必要最低限のときのみだった。実験部屋で閉じ籠り、ひたすら詠唱する作業に追われた。

 実験から解放されたキリュウは、中央塔からわざわざ外に出るのが面倒なので、食事は全て中央塔の中の食堂ですませた。だいたいは、トアリーやフレイリアやロイの誰かと一緒に行動しているが、実験の都合上、どうしても時間が合わず、1人で行動する場合もある。それが原因なのかわからないが、この制服で1人で中央塔の中を歩いていると、かなり目立つらしく、やたらと視線が突き刺さる。そして、なぜか1人のときに女の子からやたらと声がかかった。話の内容は大したことではなく、世間話なのだが、どうやら話しかけやすいらしい。



 ―――まさかのモテキ到来か!? あと1日しかないけど……



 服装が変わるだけで、こんなに周囲、特に女の子の反応が異なるとは思わず、キリュウは真剣に今までの無頓着だった自分の服装を反省した。しかし、そんな周囲の反応とは反比例し、トアリーの機嫌があからさまに急降下している。2日目の午後にもなると、キリュウに見せる笑顔が少なくなり、無表情で凛としながらキビキビ動いているトアリーに無言の圧力を感じた。キリュウに他の女の子が話しかけてくるのは、不可抗力なので、自分ではどうしようもないのだが、この2日間、自分の好みど真ん中のトアリーと距離を縮めるどころか、そのせいでギクシャクしていて、修復できない溝ができたらマズイ、と焦り始め、心穏やかでない。告白してしまえば解決する可能性もあるが、そういう意味でトアリーが自分に好意を持ってくれているか確信がないため、踏み切る勇気がなかった。


*****


 3日目の朝、堀田から通信が入り、強化されたコアがキリュウの元に転送されてきた。やっと来た、と口には出さずに、キリュウは秘かに思った。もし堀田との通信中にそんなことを言ったら、何倍にもなって言い返されるのは目に見えている。送られてきたコアは、以前とは異なる色で、少し青みがかった星形12面体をしており、やはり前と同じく特殊なビンに入っていた。キリュウは、中央塔の制服に着替えると、コアの入ったビンを制服の内ポケットに入れ、寮の部屋から出た。

 キリュウがいつも通り研究部屋に入ると、既にトアリーとフレイリアがいた。2人は、大型魔法陣に使うサンプルの最終確認をしていた。


「フレイリア様、おはようございます」


「おはようございます」


 キリュウが声をかけるとフレイリアから挨拶が返ってきた。


「マスター、ちょっと話が……」


 トアリーは、キリュウの呼び出しに頷くと、研究部屋の外に出た。


「なんですか? キリュウ」


 トアリーの口調が、出会った頃の言葉づかいに戻っている。まるでブリザードをくらったように2人の周りの空気が冷える。


「……例の部品が届いたので、今日、地下道に入るけど、こっちの作業もあるから、いつがいいか確認したいんだ」


 キリュウは、地雷を踏まないように、余分なことを言わず端的に告げた。


「午前中には終わるので、午後には行けますよ?」


「じゃあ、午後一番でラドルさんの店に。それと、おそらくそのままあっちに行って、ここには戻らないから」


 キリュウがそう言うと、トアリーは思い詰めた表情を一瞬見せた。少し間があってから、わかった、と了承の返事が返ってきた。


「マスター キリュウ!」


 呼ばれて振り返ると、そこには、パトロナスのローブを着たツインテールの女の子がいた。

 見覚えがある。確か、魔法学院にいた頃に同期生だった子だ。


「久しぶりね、なんか忙しそうなのにごめんなさい……。今日までしかここにいないって聞いたから、どうしても話しておきたくて。また別の場所に仕事で行っちゃうんでしょ?」


「あぁ、そうだけど……」


 そんなに急ぎの用なのか?と、疑問に思いつつキリュウが頷くと、同期生の女の子が手にしている紙が目に入った。紙には、魔法陣が描かれている。キリュウは、魔法陣の中の文字を読み取った。



 ―――あの魔法陣は……メッセンジャーホログラム?



「そっか……残念、もう少し話したかった。できれば、これ……受け取って欲しいんだ。それで、もし今度またここに戻ったら、返事を聞かせて?」

 そう言って、手にしているメッセンジャーホログラムの魔法陣が描かれた紙をキリュウの目の前に差し出した。

 キリュウは、一瞬何が起こっているか分からず、戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに自分が告白されたことに気がついた。気づいた途端、自分の背後にいるトアリーの方を向くと、トアリーは視線をサッとそらした。



 ―――片想い中の本命の前で、他の女の子に告白されるとか……タイミング悪すぎだろ



 告白を断るにしても、やり方を間違えれば、今まで積み上げたものが全て崩れる。かなりピンチだ。


「……」


 何も言わないまま、いつまでも紙を受け取らないキリュウを見て、同期生は寂しそうに微笑んだ。


「もしかして……好きな子いる? だから、受け取れない?」


 聞かれたことに、キリュウは反射的に無言で頷いていた。


「そっか……残念! でも、このメッセージは受け取ってもらえないかな?」


 窮地から脱したと一瞬安心したキリュウに、再び衝撃第二波が来た。見かねて背後にいたトアリーが、キリュウの背を軽く叩いた。


「キリュウ、受け取らないと……。その子、先に進めないから」


 トアリーにそう言われ、キリュウは頷き、やっとメッセンジャーホログラムの魔法陣を受け取った。


「ありがとう!」


 嬉しそうに同期生の女の子は、ツインテールを揺らして、その場を去った。


「じゃあ、キリュウ、あとで」


 トアリーは、そう言うと、1人だけサッサと部屋に入り、フレイリアの元へ行った。その場に残されたキリュウは、極度の緊張感から解放され、安堵した。



 ―――ナニコノ修羅場!? ハードル高過ぎだろ



 キリュウは、しばらく落ち着いてから、ため息をつき、部屋に戻った。


*****


「あれ……? キリュウ、どうしたんだよ。今日って魔法陣の部屋で作業する日じゃなかった?」


 フレイリアの研究部屋にあるソファに座っていたキリュウに対し、遅れて入ってきたロイが声をかけた。


「……閉め出された。フレイリア様に、準備の邪魔だって言われた」


「……は? 今度は、何やったんだよ……」


「ボクは(・ ・ ・)何もやってない……」


 キリュウは、そう言うと頭を抱えた。


「もしかして……、女の子達から呼び出されたり、呼び止められて、告白されまくってるとか? ……そう言えば、昨日、女の子達が、今日でここからいなくなるから早くしないと! とかって騒いでた気がする。締め切り効果、絶大だな」


「そうだったんだ、……って、なんで今日ボクがここからいなくなるって話をその子達が知ってるんだ?」


 キリュウが気がつき、ロイを睨むと、すかさずロイは視線をずらした。


「お・ま・え・かっ!!」


「いや、別に秘密にすることじゃないだろ?」


 背後から撃たれて、ツンドラか氷河に放り込まれた気分だ。キリュウは、深くため息をついた。


「そんなに落ち込むことか? モテモテのハーレム状態で、うらやましいぐらいなのに……」


「なら、代わってくれ……」


「おまっ! ……今、オレだけじゃなく、全世界の告白されたことないヤツラを敵に回したぞっ!?」


「3日前までは、そっちの立ち位置だったのに……はぁ……」


 こんなに精神的に削られるとは思わなかった。どう考えても片想い中の自分にとって、この状況は、負のスパイラルに入りこんでしまったとしか言わざる終えない。たった3日でこの状況にそんなに慣れるほど精神構造が変わるワケがなかった。



*****



 トアリーとフレイリアが部屋に戻ってきて、キリュウとトアリーは、フレイリア、ロイと二度目の別れの挨拶をした。二度目の別れは、一度目の別れと違い、アッサリしていて、しんみり感もなかった。

 キリュウ達は中央塔を離れ、ラドルの店へ向かった。ラドルとルキにも別れを告げ、地下道に入ると、2人は無言で中央広場方面へとひたすら歩いた。



 ―――気まずい、こんなに溝ができるとは……



 3日前までは、トアリーと気軽に話していたのに、今はどうやって話していたのかさえ、感覚が思い出せない。

 やがて、影時が繋いだ中央広場へと続く入口まで来た。


「ここ、影時先輩が開けたときのままなんだ……」


 トアリーが、そう言いながら、先に進んだ。


「うん、メインシステムがまだ動いてないからね。だから、ラドルさんが、ずっと工房に閉じ籠って、工房側の入口を見張ってたんだ」 


 キリュウは、トアリーの後ろを歩きながら答えた。

 地下道と中央広場の真下を繋ぐ細い道は、地下道と異なり柱がなく、1人しか通ることができないほど狭かった。

 そこを通り過ぎると、目の前にブルーグリーンの光が木漏れ日のように所々射し込んで揺らめいているいる光景が見えた。中央広場の噴水の真下だ。頭上には、ステンドグラスのように色鮮やかな大型魔法陣が浮かんでいる。

 キリュウ達は、頭上に浮かぶ大型魔法陣の中心のちょうど真下までやってきた。


「キリュウ……、このあとは、私1人で行く」


 トアリーが言ったことをすぐに理解できず、キリュウはじっとトアリーを見つめた。


「……どういうこと?」


「私は『選ばれし騎士』だけど、キリュウはそうではないから。……それに、ここにいた方が、キリュウはトラニーヒルより活躍できるし、たくさんの人に必要とされてる……」


 トアリーが俯いたまま、呟くように言った。静かに言われた拒否の言葉がキリュウの胸を突き刺す。キツイ。


「活躍って……問題ばかり起こしてるけど?……必要とされてるって、具体的には誰に?なんか、マスターが言ってることはおかしいよ。前に言ってるはずだ、オレは……」


 もう苦しくなって、キリュウが真意を問おうとしたが、トアリーが肝心な話の途中で両耳を手で覆った。


「マスター トアリー……」


 トアリーは、キリュウに背を向けた。


「ごめん!私、変だ……。しばらく……放っておいて。すごく自分でも嫌なことばかり言っちゃうから」


 トアリーは、背を向けたまま、ため息をついて両手で顔を覆った。



 ―――どういうことだ?



 トアリーの様子がおかしいのは、3日前からだ。もしも勘が正しんだとすれば、このまま真意を問わずにはいられない。


「……もしかして、嫉妬?」


 キリュウは、思いきって勝負に出た。すると、キリュウの言葉にトアリーはビクッと震え、顔を赤くしながら、振り返り、そっと頷いて俯いた。


「ごめんね、キリュウのこと、好きなの」


 トアリーの言葉にやられた。



 ―――あぶない、心臓とまりかけた……



 キリュウは、口元を手で覆って、照れるのを誤魔化した。それから、ゆっくりトアリーに近づき、優しく抱きしめた。


「キリュウ!?」


「前に言ったはずだよ、オレは、マスターの住む国にいたい」


「キリュウは、それでいいの?」


「いいよ、たぶんそうしないと後悔するし、ずっとその後悔が一生残って忘れられないと思うから」


 キリュウは、迷うことなくそう言うと、トアリーを抱きしめたまま、ポニーテールの結び目に唇を落とした。

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