33 対峙
ラドルの店より地下道に入ると真っ暗だった。前回、ここに来たときは、移動型魔法陣の光により、地下道は明るかった。
ボワァッと2人の蒼いマントが仄かに弱く光っているのを見て、キリュウが驚いた。
「このマント、青い浮遊石が処理されてるのか……」
「うん、だから通常のマントより軽いし、空気抵抗が少ないでしょ?」
「そう言えば……そうかも」
トアリーの説明に納得してキリュウが頷くと、トアリーは、白い騎士の制服からサフィルスの青く光る羽を取り出した。「ブルーロック」でドクターより「君達に持っていて欲しい」と、渡されたのだ。マントの光よりも明るく地下道を照らす。
しばらく真っ直ぐ行くと、左右に道が別れていた。
「中央広場は……左だな」
キリュウは、頭の中で、ホワイトレイクの地図を思い出して、行き先を選ぶ。
「侵入者は、中央広場に?」
「たぶんね……出来れば、侵入者が『はじまりのパトロナス』と接触する前に追い付きたい」
―――接触してたら完全にアウトだ。書き換えられてホワイトレイクが乗っ取られる
2人は無言のまま早足で地下道を進んで行くが、ヒトの気配が一向にない。もう既に、侵入者である影時達は、閉じ込められた地下道から抜け出してしまったのだろうか、とキリュウが思い始めた時、かすかな話し声が聞こえた。
キリュウは、その瞬間、トアリーの腕を掴み、来た道を引き返した。さらに端に寄って立ち止まり、トアリーを自分の方に引き寄せ、無声音で静かにするよう伝える。
「……侵入者?」
トアリーの問いに、キリュウが頷く。
「じゃあ、私が行って侵入者と直接話す。キリュウはフォローして」
「……いや、オレが行くよ。マスターは、ここにいて」
緊張したトアリーの小さな囁きに、キリュウが首を横に振った。
「……なぜ? ……キリュウ、侵入者のことで何か私に隠してる? いつもなら自分が行くときには私にフォローするように言うのに、ここで待機なんて……」
トアリーがキリュウの顔をジッと見つめながら、詰め寄ったため、キリュウは、うっと詰まる。トアリーとの距離が近すぎて、心拍数が上がり、心臓に悪い。近くで見つめあうことに耐えきれず、思わず視線をそらした。
「キリュウ……、こっちを見て」
「……その、堀田さんが……」
トアリーの至近距離での囁きが決め手となり、キリュウは、あっさり侵入者がトアリーの友人であることを白状する。堀田にトアリーのフォローを頼まれたが、あまりにも役に立たないことを自覚するキリュウだった。
「……そうなんだ。でも、私はホワイトレイクのナイトで……」
「うん……」
「フレイリア様と約束したんだ……私たちが生まれて育った国を守るって」
トアリーの言葉にキリュウは頷くことしかできない。どうフォローすればいいのか、わからなかった。
「だから、やっぱり私が行くので、キリュウは私のフォローして?」
「……わかった」
トアリーの真摯なお願いに、キリュウは頷くしかなかった。おそらく今の時点で、自分の言葉による慰めは役に立たないと、キリュウは感じていた。トアリーが自分で乗り越えるしかないことなのだ。
トアリーが、会話が聞こえる方に進む。キリュウは、トアリーから離れ、周りの様子を見ながら、影時達の声が聞こえる方と反対側の柱に寄って歩いた。
しばらくすると、トアリーが一旦立ち止まり、前を向いたまま、手でキリュウに合図を送った。それを確認したキリュウは、地下道の柱の外側に移動し、柱の影に身を隠した。柱の向こうを覗くと、向かい側の柱と柱の間のその場所だけオレンジ色の魔法陣の光が照らしているようだった。
「……このコードもダメか、意外にしぶといな」
「通信システムまで潜り込めたけど、その後、システムの構造が変わっちゃいましたもんね。こっちのコードを試してみたらどうですか? 早くしないと、調査官が気づいてこっちに来ちゃいますよ?」
「大丈夫だよ、気づいてはいるだろうけど、あっちは色々と縛りがあるから、そう簡単にこっちには来れない。通信システムを壊したから、システムと連絡も取れず、状況が全く把握できてないはずだし。動くに動けないだろう。あぁ、やっぱり、さっきの壁を調べたほう良さそうだな」
キリュウは、影時と恋歌の話を聞き、完全に調査官側がどう動くか把握されていると感じた。まったくもって影時が言うとおりで、もしキリュウが「ホワイトレイク」にいなかったら、情報が無い中で「ホワイトレイク」の事情に合わせて動くことになり、こちら側の縛りがきつすぎて自由に動くことはできなかっただろう。
「そっか、じゃあ、もうしばらくは時間ありますね。あーあ、早くここの壁壊して、メインシステムのところまで行きたいな。そうすれば、ここの人たちもこんな弾圧された状況から自由になれるのに……このままじゃ可哀想」
―――!! それが目的か!?
恋歌の言葉に、キリュウは目を見開いた。科学技術特区は、世間一般から見れば倫理的にどうかと思われるものばかりだ。だから存在自体を隠している。そして、各特区の技術だけを世間に受け入れやすいように科学技術特区研究所で加工して発表しているのだ。世間から見たら、「ホワイトレイク」の人たちは、恋歌が言うところの、「言論統制された弾圧の国に住む可哀想な人たち」と考えるだろう。だから、影時たちは、「ホワイトレイク」に住む人たちを、ここから解放しようとしているのだ。
「『可哀想』……? 誰のことを言ってるの?」
トアリーが言葉を発した。影時と恋歌が驚き、無言でトアリーを見つめる。
――― ええぇぇぇー! ここでもう突入するのかよっ? 早くね? もう少し、情報取りたかったのに……
キリュウが、柱の影で頭を抱えた。
「永久……? なんで?」
恋歌がうわ言のように呟いた。
「貝野原っ! 『選ばれし騎士』だっ!」
影時が、恋歌の腕を掴み、トアリーから慌てて距離をとった。
「永久が『選ばれし騎士』……?」
恋歌は、影時の後ろでトアリーをじっと見つめたまま、動かない。
「驚いたな……。この間、君と話したときに、かなり慎重な性格そうだと判断したから油断した。もしあの現場を見られたとしても、飛び込まずに調査官に連絡しに行くだけだと思ったんだけどね」
影時がトアリーから目線をそらさず、じりじりと後ろに退きながら、逃走の機会を伺っているようだ。
「確かに、私は慎重な性格だから、おそらく今までならそうしていたかもしれない」
「乃木霧生のせいか? ……アイツを連絡役に使って、君だけここに来たのかな? アイツは調査官じゃないだろ?親しいって聞いたから、てっきり調査官だと思ったけど、会ったら年下っぽかったもんな」
影時がトアリーに質問して、こちら側の情報を得ようとする。
「……」
「ハハッ、答えらないか。あからさま過ぎたか……」
トアリーに睨まれ、影時が不適な笑みを浮かべる。
「……永久! ……永久は、わかるでしょ?私達の国に来て、自由になったって思ったんじゃない?私達は、ここの人たちにも、そう感じで欲しいの。選ばれし騎士しか国外に行けないなんて、おかしい……」
恋歌がトアリーに訴えた。トアリーは、静かにそれを聞き、淋しそうに微笑んだ。
「『選ばれし騎士しか国外に行けない』? それは違うよ? 私は……目の前で見たから、本当は『選ばれし騎士』じゃないのに、この国から出て行った人」
「……え?」
トアリーからの予想外の言葉に、恋歌が怪訝な顔をした。トアリーの今の言葉を、信じられないと思っているようだ。恋歌が影時の方を見るが、影時も怪訝な表情を浮かべ、首を横に振り、そんなの聞いたことがない、と呟く。
「自分の意思で、一人で必死で調べて、私と一緒に出て行ったんだ。……だから、恋歌が言う自由はないかもしれなけど、ここの国の人たちは……自分の意思で自由にどう生きるかを決めることはできるよ?」
トアリーが、そう言うと目を伏せた。
―――それって、オレのことか?
キリュウは、そう思いながら、カチッと片耳のサークルピアルをスライドさせた。
「侵入者と接触中、捕獲後、転送する」
小声でそう言うと、了解、という堀田の声が聞こえ、通信が切れた。
*****
「それは、本当の自由じゃないから!」
「貝野原っ! ……やめろ、無駄だ。俺達と価値観が違い過ぎる」
恋歌の言葉を影時が遮った。
「『選ばれし騎士』は、この国の国境を壊すことや、ここの人たちを解放することを『望まない』みたいだからな」
影時がそう言うと、柱に手をかけた。
「φΧж」
影時の触れていた部分に魔法陣が一瞬現れ、柱の一部が崩れる。粉々になった柱の欠片がトアリーの方に飛んできた。トアリーが、すかさずレイピアを抜いた。
「パリエース!」
トアリーの凛とした声が地下道に響き、呼応して現れた防御壁に欠片がザザザッと突き刺さる。
「魔術師の子孫なのに、なぜそんなにこの国のシステムを壊そうとするのですか?」
中央広場の方へと走る影時の背中に、トアリーが走りながら言葉を投げる。キリュウも3人から距離をとりつつ、柱の外側を走った。やがて、中央広場へとつながる道を遮断している壁までトアリーが追い詰めた。影時が、トアリーのほうを向きながら、後ろ手で壁を探っている。
「『魔術師の子孫』だからだよ。こんな国を作った親戚なんて面汚しだろ? 尻拭いをしないとね」
「ホワイトレイクを創ってくれた人たちを、『面汚し』って……ひどいです」
トアリーが傷ついた表情を浮かべる。
「俺は、この国が嫌いだ。こんな自由のない国を作るなんてダメだろ?」
影時が、そう言い放つと、一角の壁をカチッと押し込んだ。壁がスライドし、パネルが現れる。
―――マズイ! ラドルさんの店にあったのと同じ構造かっ!?
キリュウが、慌てて影時のちょうど真横の柱まで密かに進む。影時達は、手元のパネルに気をとられ、キリュウには気づいていない。見やすくするため、影時が光の魔法陣を出し、辺りを明るく照らし、パネルを操作しだす。
トアリーはレイピアを手にしたまま、距離を縮めていく。
「先輩は……この国が嫌いかもしれませんが、私は好きです! それに、ここに一度も住んだことがない人に、そんなこと言われたくないです! この国を愛してくれる人が、この国を住みやすくするために変革してくれるなら、きっとみんな受け入れてくれると思います。でも……、この国を嫌いな人に、こんな風に壊されるなんて、黙って見てなんかいられない! 恋歌も、そういうこと言うなら、この国にちゃんと死ぬまで住むんだよね? まさか、この国を壊して自分の国に帰るなんてないよね?」
トアリーの叫びのような言葉に、恋歌が息を呑む。トアリーの瞳から涙がこぼれる。
「それは……」
恋歌は、言葉を詰まらせ、困った表情を浮かべた。
「話はおしまいだ」
影時が、そう言うと、黒い壁の一部がへこみ、横にスライドした。人が通れる大きさの空間ができた。




