30 使えないアドホックピアス
夕食後、キリュウだけ、少し話をしたい、とジェクスに呼び止められた。トアリーのせいで誤解されたままだったことを思い出し、「どう対応すれりゃいいんだ!?」と心の中でツッコミを入れながら、ジェクスの後ろをついていった。ジェクスの部屋に入ると、早速、ジェクスが話を切り出した。
「キリュウ……、その、君もトアリーと同じ……白い部屋の選ばれしナイトだな?」
「はい、でも何でそんなことを?」
「いや……今回の件も異例だが、選ばれしナイトが2人いることも異例だ」
「そうですね……つまり、異例づくしで『ホワイトレイクで何か大きなことが起きているのではないか』と…?」
ジェクスが言いづらいそうだったので、キリュウが先を読み、ジェクスが聞きたかったことを言った。
「仕事内容は何も言えないとトアリーに言われたが、やはり心配なんだよ」
ジェクスは頷き、困ったように微笑みながら言った。確かに、例外だらけのことが続いて起こるのは、家族にとって不安になるだろう。トアリーは、現にこちらの事情で巻き込まれまくっている。
「ボクから話せることは少ないですが、『選ばれしナイトが2人いること』と、今回の戻ってきた件は、事情が全く異なります。今回は、ある侵入者を追って来たんです」
少しでも不安を取り除くために、キリュウは慎重に言葉を選び、説明する。
「侵入者?」
「はい、その侵入者を放置することはできないので、捕獲したらボク達は戻ります。本当はボクだけ来る予定だったのですが、手違いで彼女も一緒に……」
「そうか……」
だが、キリュウが説明しても、心配そうな様子は消えなかった。ジェクスはトアリーと同じ茶色のサラサラの前髪を片手でくしゃっとさせた。
「トアリーは、白い部屋では、どんな風なんだ? 当たり障りのないことしか手紙に書いてこない」
おそらく本人に聞くべきなんだろうけど決してトアリーは抱え込んで言わないから、とジェクスが続けた。確かに、トアリーの性格では、そうなるだろうし、そのことが余計家族は心配するんだろうとキリュウは思った。
「マスターは、こちらにはない、新しいことに挑戦しているので、今はそれにほとんどの時間を割いてます」
「たしか、『日々勉強だ』と手紙には書いてあったが、そのことを言ってたのか」
「おそらく、そうですね」
キリュウが頷いた。
「話しづらいことを話してくれて、ありがとう。トアリーは、君をとても頼りにしているようだから、これからもよろしく頼む。あと、できれば、白い部屋に再び君達が戻ることになったら、君から見たトアリーの様子を教えてもらえないだろうか?」
ジェクスにそう言われ、キリュウは「はい」と頷いた。トアリーの強がりな性格をよく知っているので、ジェクスや両親の気持ちは、痛いほどわかる。おそらくこの要望は、トアリーの両親のもので、直接頼むとキリュウが萎縮してしまうので、ジェクスにキリュウと話すよう頼んだのだろう。
ホワイトレイクで『選ばれしナイト』になるということは、本人もそうだが、その家族も覚悟を決めている。しかし、納得や覚悟はしていても心配であることには変わりないのだ。
「ありがとう」
面倒なことを言っていると認識しているせいか、申し訳なさそうにジェクスがお礼を言った。そして、キリュウを客間に案内し、ゆっくり休むよう言われた。キリュウは、ベッドに倒れこみ、ため息をついて緊張感を解いた。
「疲れた……」
キリュウは、そう呟いてゆっくり目を閉じた。
*****
朝になり、キリュウとトアリーは、トアリーの実家を出た。トアリーの父親とジェクスは名残惜しそうだったが、母親が「きりがない」と強制的に切り上げさせた。
キリュウとトアリーの2人は、住宅街を通り抜け、商業地区に入った。中央広場までくると、小柄な女性がキリュウ達を見て手を振った。近づくと、ラドルの店の店員ルキだった。
「久しぶりね!」
嬉しそうにルキが、キリュウ達に声をかけた。
「えぇ、……そういえば、今日はラドルさんじゃないんですね?珍しいですね、ルキさんが買い出しなんて」
トアリーが、そう言うと、ルキの表情が曇った。
「そうねぇ……ちょっとあってね。そういえば、あなた達のアドホックピアスは大丈夫なの?」
ルキが、自分の耳を指した。ずいぶん前にキリュウ達がラドルの店で購入した片耳につけているロサ・カエルレアのアドボックピアスのことだ。
「大丈夫とは?」
キリュウが聞き返す。
「その……壊れていないのかなぁ? って」
「いえ、壊れていないと思うけど……?」
キリュウの言葉を聞き、ルキが安堵した。その様子を見て、キリュウが気づいた。
「もしかして……、ラドルさんの作ったアドホックピアスが全部通信できないとか?」
「!! ……なんで知ってるの? これって秘密よ?」
ルキが周りを気にしながら、小声で、うちの店の信用問題に関わるから困ってるの、と呟いた。
―――通信関係が、全部壊されてるからね……
「それって、たぶん、ラドルさんのせいじゃないですよ」
トアリーがルキを慰めた。
「だといいんだけど……、ラドルったら、すっかり落ち込んじゃって、家の中でいじけているのよ」
―――ラドルさんがイジケテル?想像できない……
想像力マックスにしても、無理だった。トアリーも同じことを思ったらしく、腕を組んで首を横に振っている。
「とにかくアドホックピアス自体は問題ないですから。でも、元に戻るまでには時間がかかるかもしれないです。気長に待っててください、とラドルさんに伝えてくれませんか?」
それを聞いたルキは、ありがとう、とニッコリ笑顔でお礼を言い、その場で別れた。
「急ごう!」
キリュウが言うと、トアリーが頷いた。まだ、街中の様子からすると、気づいている人は少ないはずだ。2人は、中央塔に向かった。
*****
中央塔に着くと、ホールのサロンに通された。トアリーは、中央塔にずっと出入りをしていたので、顔パスだったが、キリュウは制服を着ていないうえに、あまり顔を覚えられていなかったらしく、身分確認を終えるまで待機するよう言われたのだ。キリュウは、騎士の服じゃないとこんなもんだよな、と思いながら、久しぶりにハーブティーを飲んでいると、パタパタと小走りでかけてくる音が聞こえてくる。
「トアリー!」
フレイリアがトアリーに抱きついた。
「フレイリア様、お元気ですね?」
トアリーが抱き止め、笑って言った。えぇ、とフレイリアも微笑みながら頷いた。そして、キリュウの方を見ると、フレイリアの顔から微笑みがスッと消えた。
「キリュウ、久しぶりです。会って早々ですが、言いたいことがたくさんあります!」
「えーっと、なんでしょうか?」
フレイリアの迫力に圧され、キリュウが引きぎみに問い返した。
「騎士なのに、騙し討ちは良くないです! あと、あの手紙もっ!」
おそらくフレイリアは、キリュウが無理矢理ナイトの就任式を前倒しし、白い部屋へ行くためのもう一つの鍵を勝手に使った一連の行動について責めてるのだろう。しかも、その監督責任はフレイリアだ。メチャクチャ迷惑をかけている自覚が、キリュウにはあった。
さらに、科学技術特区である「妖精の国 ブルーロック」についても、一切言えないため、適当に理由をつけた手紙を送ったのだ。フレイリアが怒るのも仕方がない。
「……まぁ、キリュウにも色々と事情があるようなので、これ以上はいいませんが。あと、これからキリュウには、たくさんやって貰うことがあるので」
フレイリアの言葉から、今までやらかしたことが許されるぐらいのことをやらされる、と瞬時に分かり、キリュウがひきつった笑顔で、お許し頂きありがとうございます、とお礼を言ったのだった。




