2 押し付けられた任務
町内会の会議が終わり、それぞれの保護者と一緒に10人の子供達は家に帰った。
堀田さんに、ああ言われたが、キリュウは面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだと、無視して家のリビングで過ごしていた。
「あら? ……霧生、こんなところでノンビリしてていいの? この後、堀田さんのお嬢さんと一緒に雷造さんの家にお伺いする約束してなかたっけ?」
「……もしかして……堀田さん、来た?」
「そうよ! あんたが子供達を公園に連れて行って遊んでたときにね。堀田先生のお嬢さん、大きくなったわね〜。科学技術特区の調査官ですって!」
「へぇ、そうなんだ。堀田先生って母さんの知り合い?」
「なに言ってるの?あんたが小さい頃習い事で通ってた科学教室の堀田先生よ?」
すっかり忘れてるキリュウに呆れて、母親が答えた。
「えーっ!? ……全然、似てない……」
キリュウの記憶の中の堀田先生は、穏やかでのんびりした性格だが、眉毛の下がった公家顔をしていた。ハッキリ言って、あんな派手な顔立ちの美人な子供ができる気配がしない。
そんな父親と似ていない堀田は、どうやら有言実行、思い立ったらすぐ行動に移すタイプらしい。当然そういうタイプに関わると、間違いなく巻き込まれる。やはり、出来れば関わらない方がいいだろう……。
なぜかキリュウは、巻き込まれフラグを立てるようなことを考えてしまった。
来客の知らせの音が鳴った。
「はーい」
母親が、いきなり確認もせず、玄関の施錠を解除する。
「霧生! 堀田さん、迎えに来てくださったわよー? 早く来なさーい」
「うっそ!? 迎えに来るなんて予想外……」
霧生が驚いて、仕方なく玄関に向かった。
玄関では、今までのキリュウへの無愛想な態度と異なり、愛想よく、めちゃくちゃ感じの良い営業スマイルの堀田が立っていた。
「堀田さんも大変ねぇ……あちこちいろんな場所に行って、色々調べなきゃいけないなんて」
「いえいえー、では霧生君、雷造さんが待ってますので、行きましょう」
「逃げられない」と、悟ったキリュウは堀田と一緒に自宅を後にした。
*****
「雷造さーん! 堀田でーす! 今、戻りましたー」
堀田が雷造の家のドアを開き、玄関先でそう言いながら黒のヒールを脱いで、雷造が玄関に来る前にあがってしまった。
堀田は、いつまでも靴を脱がないキリュウを見て、「何でボーッとしてるの?早くあがりなさい」と、急かす。
「えええぇぇぇ―――!! 勝手にあがっていいもんなんですか? いくらなんでも不法侵入じゃ……?」
「そんな訳ないじゃない。雷造さんが玄関に来ないってことは、勝手に入れっていう意味なのよ。たぶん……今、雷造さんは手が離せない作業をしてるってことね! 霧生君も静かにね!」
自分のここに入ったときの大声は棚にあげて、霧生に忠告した。
「ホントかなぁ……」
キリュウは疑いながらも堀田の指示に従った。
堀田とキリュウはリビングに入り、ソファに座った。
「ここで雷造さんがあの部屋から出てくるまで待つんだけど……、何か飲む?」
堀田はそう言いつつ、テーブルの上のティーセットに手をかけた。
「あの、いくら何でも、家の人がいないのに……それはマズイんじゃ……」
キリュウが堀田の行動を止める。
「大丈夫よ! これも私の仕事の1つだから。雷造さんがこっちの世界に慣れるまでの間、身の回り品で必要な物の把握と買い出し手配する決まりなのよ」
「えーっと、科学技術特区調査官の仕事って、調査するのが仕事じゃ……?」
「ホワイトレイクの担当調査官の仕事は特殊で、他のエリア担当の仕事と違うのよ」
「……ホワイトレイク?」
「そう、科学技術特区ホワイトレイク! 霧生君が昼間に公園の地面に書いてた古代文字もそのエリアで使われてるのよ」
どうやら堀田の話を総合して考えると、科学技術特区ホワイトレイクというエリアがあって、雷造や古代文字を教えてくれたお婆さんは、その場所からこの町に来たらしい。それで、まだ町に慣れていない雷造の世話を堀田がしている。
……ということをキリュウは理解した。
「霧生君も紅茶でいいわね? はい、どうぞ」
堀田が霧生の前に紅茶の入ったティーカップを置いた。
「ありがとうございます」
キリュウがお礼を言い、紅茶に口をつけようとしたところ、
また堀田が話し始めた。
「そういえば、まだ詳しく聞いてなかったわ。古代文字って、どなたに習ったの? 名前は?」
「名前……名前は……、そういえば聞いてない。……でも、その人が自分で書いたって言う絵本をもらったんだけど、そこにサインがあったから、それを見ればわかるかも……」
「そう……じゃあ、取りに行って来て! 待ってるわ」
「えーっ!?」
まさかの取りに行って来い宣言に、キリュウは抗議をこめてみたが、しばらく沈黙のあと、
「なあに?」
営業スマイルの堀田が静かにキリュウに圧力をかけた。
「……取りに行ってきます」
キリュウは、堀田の言われた通りに、家にもらった絵本を取りに帰った。
*****
「堀田さん、絵本持って来ましたが、ちゃんと返してくださいよ? 見せるだけですから!」
自宅から戻ってきたキリュウは、絵本をしぶしぶ堀田に渡す。
「わかってる! 霧生君も親切に古代文字を教えてもらったお婆さんの名前、知りたいでしょ?」
「いえ……別に」
丁寧に絵本を受け取った堀田の質問に、キリュウが即答する。
「あっそう……まぁいいわ。とりあえず拝見させてもらうから」
堀田はそう言うと、絵本を読み始めた。
静かな時間が流れる。もう、日が沈んで窓から見える木々の隙間から見える空には星がポツポツと見え始めた。
キリュウは、絵本を取りに行く前に堀田に入れてもらった、ぬるくなった紅茶に口をつけ、堀田が絵本を読み終えるまで静かに待った。
「……なるほどね、ホワイトレイク建国メンバーの話を絵本にしたのね。白い部屋のナイトの口頭による伝承だけでは不安だと思ったのかしら……?」
絵本をを読み終えた堀田は、納得しつつも浮かび上がった疑問に首を傾げている。
「うーん、まぁそれは後回しにして……これを書いた人の名前を見ないとね!」
堀田は絵本のページをさらにめくり、サインが書かれたページをじっと見つめる。
「えーっと……ト、うーん? ……ドかな?」
「……とど?」
「違うわよ! 邪魔しないで。達筆過ぎて解読が難しいのよ」
キリュウのボケにイラッと来たらしく、睨みつけられた。
「やっぱり、トかしら? ……で、その次が……ウ?」
堀田がキリュウを放置し、絵本のサインとにらめっこしている。
「……あ! もしかして、トゥナ?」
さっきからブツブツ言ってた堀田の話を聞き、キリュウが思い出した。
「……そうよ! マスター トゥナ!! 何で早く言わないのよ」
「今、思い出した」
「もっと早く思い出せ」
堀田のツッコミをスルーし、絵本を返してもらう。
「もらった人の名前は忘れたのに大切にしてるのね、その絵本」
「……特に遊んでもらった人だし、好きな童話なんだ。あの頃、オレ……確かツナ婆さんって呼んでた気がする」
「もしかして、その名前を広めたのって、霧生君の家のお向かいさん……佐藤さんじゃない?」
「さぁ……どうだったかなぁ? 覚えてない」
そんなやり取りを2人がしていたところ、ガチャッとリビングの奥の扉が開いた。
「おぉ! 堀田さん、待たせて悪かった。霧生君も悪かったね」
「いえ、問題ないですよ。コアの材料は、あれで良かったですか?」
堀田が立ち上がって、雷造に聞いた。
「あぁ、なんとかなりそうだ」
雷造が一瞬にこやかに話すが、すぐに表情を曇らす。
「しかし、問題は……『コアをどうやってホワイトレイクに持ち込むか』だな……」
「フフッ……それは問題解決できそうです」
雷造の懸念を吹き飛ばすように堀田が自信ありげに断言する。
「運ぶ方法が見つかったのか?」
「えぇ! 霧生君が持ってきた絵本に問題解決のヒントがありました」
満面の笑みの堀田が言う。
……嫌な予感しかしない。
冷や汗をかくキリュウを尻目に堀田がニッコリ笑って言った。
「物品だけではホワイトレイクに運べませんが、人が持ったり身に付けた物は運べます。……つまり、コアを霧生君に持っていってもらえばいいのですよ」
「……えーっと、もしかして、オレを巻き込もうとしてる?」
「もしかしなくても、そうよ!」
「いやいやいや……なんでオレ?」
「だって、霧生君、古代文字、書けるでしょ? 雷造さんはシステムの関係で、ホワイトレイクには入れないのよ。一度ホワイトレイクを出ると、身体全体の立体静脈認証が登録されるから他人に成りすまして入ることもできないってワケ」
「雷造さんが行けないことは、今の説明でわかった。……でも、オレに押しつける前に堀田さんが行けばいいじゃないか?」
「ダメよ。私は仕事だもの。大丈夫、ちょっと短期留学したって思えばいいじゃない? 留学手続き、私がしておくわ」
理不尽な堀田の要求にキリュウは唖然としたのだった。
キリュウは、雷造の家より自宅の自分の部屋に戻った。
雷造の作った『コア』という部品をホワイトレイクに持って行く人は、結局キリュウということになった。
堀田に押しきられたのと、「古代文字が書ける」ってことで、雷造からも頭を下げられた。
まだ学生のキリュウだが、留学ということで休学の手続きを堀田が全てやってくれるそうだ。
これで良かったのか……不安だ。
*****
――2週間後
キリュウは学校帰りに雷造の家に直行した。早速、堀田は言った通りに、キリュウの留学の手続きを行ったようだ。
だが、キリュウの通う学校で留学担当の事務員からキリュウに直接確認されたことが1つあり、そのことで気になったことがあった。
「こんにちはー! 乃木でーす」
雷造の家に入るなり、キリュウは家の奥に向かって言った。
「おぉ! 霧生君、こっちの部屋に来てくれ!」
雷造がリビングの部屋から顔を出して、霧生を呼んだ。
霧生が遠慮なく、部屋に入ると、ソファには堀田が座って書類を確認している最中だった。
「こんにちは、堀田さん」
キリュウは堀田に挨拶し、向かい側に座った。
「こんにちは、霧生君。留学の手続きは、だいたい終わりそうよ。
霧生君の家、学校、役所関係の根回しもできたし……安心していいわよ?」
「どうもありがとうございます。堀田さん、そのことで確認したいことがあるんだけど……」
お礼をサラッと言ったあと、キリュウは本題に入った。
「あら、何か?」
「今日、学校から『留学の期間は無期限で間違いないか?』って確認があったんだけど、無期限って間違えてない!?」
「……バレたか」
キリュウの言葉を聞き、堀田が呟いた。
「おいっ! バレたか……じゃねーよ」
「まぁ、聞きなさい! これにはワケがあるのよ」
「わかってる、単なる書き間違えだろ?」
「違うわよ。期限を設けてないのは、こっちに戻れるのがいつかわからないからよ。霧生君のあっちでの努力次第だからね」
「……努力次第?」
堀田がサラリとトンデモないことを言い出し、キリュウは聞き返した。
「こっちとホワイトレイクをつなぐ白い部屋という場所には、魔法陣を管理する魔法使いのナイトにならないと、入れないというルールなのだよ」
キリュウの質問に、お茶を用意しながら雷造が答えた。
「それって……コアを持って行って置いてくるだけじゃないってこと? 魔法陣を管理する魔法使いと会って、ナイトにしてもらう必要が……」
「そう、その通り! しかも、白い部屋に入れるタイミングは決まってて、50年に一度しかないのよ。」
堀田が明るく言う様子をキリュウは恨めしく思った。
「ちなみに、あっちの国から次に白い部屋に入れるタイミングはいつ?」
キリュウが重要事項を確認する。
「確か……再来年だったかの?」
記憶を頼りに雷造が言うと、堀田が書類をめくって確認し、頷いた。
「そうですね。霧生君……早くこっちに戻りたいなら、今日から特訓よ! まずは、ナイトの心得から雷造さんに習いなさい?」
堀田がビシッとキリュウを指で指し、熱い口調で言うと、
雷造も深く頷いた。
「……特訓?」
スポ根的な展開に戸惑うキリュウであった。