18 キリュウとトアリーからの手紙
ここは、魔法の国ホワイトレイク フレイリアの研究部屋――
トアリーから来た手紙をフレイリアが穏やかな表情で読んでいた。
そこへ同僚であり、今はフレイリアが担当している魔法陣管理の前任者であるカルラがやってきた。新たなフレイリアのナイト候補者ロイが、カルラを部屋に迎え入れた。
「パトロナス カルラ、何か飲みますか?」
「あぁ、お願いする」
カルラの返事を聞き、ロイがサイドテーブルに置いてあるティーセットを用意した。相変わらず胃痛持ちのフレイリアのために、胃に優しいハーブティーをここの部屋では常に用意している。
「パトロナス フレイリア……、
その様子だとマスター トアリーは元気そうだな」
「はい!詳しいことは書けないけど、色んな新しい発見が毎日あり、充実した毎日を送っている、と書いてあります。
マスター ライズォーンとの引き継ぎも順調のようです。」
フレイリアは、カルラの問いに嬉しそうに答えた。
ロイがハーブティーの入ったカップをカルラとフレイリアに渡したとき、フレイリアの机にまだ未開封の封筒があることに気がついた。
「あれ……?これも白い部屋のナイトからの手紙では?」
「……それは、あまり読みたくないので放っておいてください」
「……この字ってキリュウの字ですよね?」
「……気のせいです」
「いやいや……フレイリア様、
キリュウも一応、白い部屋のナイトですから、手紙はきちんと読まないと。
重要な連絡事項が書いてあるかもしれないんですから。」
ロイに諭され、しぶしぶフレイリアはキリュウの手紙を開封し、読み始めた。フレイリアがキリュウの手紙を読み進めていくほど眉間のシワが深くなり、手紙を持つ手がプルプルと小刻みに震えている。最終的には不穏なオーラを醸し出した。
そんなフレイリアを見たロイがカルラの方を向いて顔を見合わせると、カルラは頷き、フレイリアに問いかけた。
「キリュウは、なんと書いてきた?」
「……トアリーと2人でしばらくバカンスに行くので、その間の定期連絡は、マスター ライズォーンに任せた、という内容です」
「……相変わらず、キリュウはマスター トアリーを巻き込んでいるのか……。マスター トアリーも苦労が絶えないな」
絶対バカンスではない、と確信している様子でカルラがぼやいた。
「その通りです……。それにしても私はなぜ『はじまりのパトロナス』から選ばれしナイトを聞かれたとき、トアリーの名前を言ってしまったんでしょう。悔やまれてなりません。考えてみれば、あの時点ではナイト候補者ですが、キリュウでも良かったのですよね……」
フレイリアが肩を落として呟いた。
「いや、あの時点では、誰でもマスター トアリーを選ぶだろう。キリュウの直前の追い上げには目を見張るものがあった。試験にも一発で合格したうえに、歴代最高得点に入るほどの優秀な成績だったと聞いた。あれは……今考えると、どう考えても熟練のナイトの下でみっちり仕込まれた感じがする。まぁ、今となっては仕方がない。2人が元気そうであれば良いのではないか?」
カルラが慰めるが、フレイリアは深いため息をついた。
「フレイリア様、アイツにも色々と事情があるみたいで、あまり重要なことは教えてくれないけど、いいヤツだからマスター トアリーが危険な目に会うことはないと思いますよ?」
ロイもフォローする。
「……そうですね」
フレイリアは、力なく呟くと、ロイが入れたハーブティを飲んで気分を落ち着けた。
ロイは、フッと笑い、相変わらず肝心なことは言わないキリュウがくれた小さく折り畳まれた古びた紙を制服の内側から出した。
「それは何ですか?」
フレイリアの問いに、ロイがその紙を丁寧に拡げながら、答える。
「キリュウからもらった古代文字の一覧表ですよ」
「すごい! よくできてますね……わかりやすい。キリュウが作ったんですか?」
「いえ、キリュウは作ってないですよ。よく見てください、キリュウの字と違います。たぶん誰かからもらったものだと思います。キリュウは自分には必要ないからあげると言ってましたが、おそらく私に持っていて欲しいと思ってたみたいですね」
「……ロイ、申し訳ありませんが、その一覧表を写してもいいですか? 今後の研究に役立ちそうなので」
「……いいですよ、どうぞ」
キリュウの話は、どうでも良いとでもいうように聞き流した様子で、フレイリアの興味は古代文字の一覧表に移った。
そんなフレイリアにガックリときたが、ロイは、フレイリアの気分が浮上したので、良しとした。
カルラは、そんなフレイリアを見て、ため息をつき、横に首を振ったあと、ハーブティをゆったりと飲んだ。
「キリュウは、なぜあれを君に?」
カルラの向かい側のソファに座ったロイに聞いた。
「もらったときには気がつかなかったので、推測でしかないのですが……私が持っている好きな絵本作家の字にソックリなんですよ。まぁ、その作家は無名なんですけどね」
「なるほど、大切にしてくれそうだからか」
「はい」
ロイは穏やかな笑顔で頷いたのだった。
*****
キリュウがフレイリアにそんな手紙を書くことになった原因は、約2週間前にさかのぼる。
科学技術特区研究所の特別臨時職員となったキリュウに、今後の契約について話し合いたいという連絡が堀田からあった。
だが、研究所に行ってみたら、話し合いという名の次の任務内容の説明会であった。
待ち合わせ場所のミーティングルームに入ったら、堀田とその上司だけでなく、同僚メンバーが勢揃いだ。
キリュウは、違和感を感じつつも、とりあえず堀田の隣に座った。
「では、これでメンバー全員だな?」
堀田の上司がそう言うと、キリュウ以外の全員が頷いた。
「じゃあ、始めるか……。今回、我々ホワイトレイク担当チームに他のチームから協力要請があった。『科学技術特区妖精の国ブルーロック』担当のチームメンバーが、ここ1年のうちに次々と失踪した。失踪原因を調べるため、さらに『ブルーロック』のチーム内でメンバーを送り込んだら、帰ってきたのは、2人だけだ。そして、行方不明になった調査官はまだ見つかっていない。」
キリュウは、目を丸くした。
――ホワイトレイクの他にも科学技術特区があるのか……、しかも妖精の国とかって……
「それで、行方不明になったメンバーだが、共通点がある。どのメンバーも仕事に対する責任感は強く熱心であることは同じだが、プライベートはおざなりになっている、ということだ。」
――えっと、それってつまりは……
「非リア充なヤツばかり行方不明ってことかしら?」
上司が遠回しに説明し、誰もが遠慮して言わなかったことを、堀田がそのものズバリ言いきった。
「…………」
一瞬静まり返ったが、一呼吸置いて、
「まぁ、そういうことだ」
と、上司があっさり肯定した。
「それなら――今回も霧生君が適任ね」
「はいぃぃっ!? また、なんでオレっ?」
いつもの如く堀田がキリュウを面倒なことに巻き込む。
「だって、霧生君以外のメンバーじゃ、間違いなく『ブルーロック』から帰れないもの」
「えーっと、みんなそうなの?」
キリュウが聞くと、同時に全員頷いた。
「……ウソだろ?みんなして、オレを罠にはめようとしてないっ!?」
「ホントよ。今のチームマネージャーの話を聞いたでしょ? 今回の案件は、こちらに特に帰る理由がないヒトばかりが行方不明っていうことがポイントね。『ブルーロック』は、そんなに広い場所じゃないし、ホワイトレイクと違って、いつでも出入り自由なはずなのにおかしいと思わない? おそらく『ブルーロック』がかなり危機的状況になっていて、その状況を見たら一時もその場を離れることはできないと判断したんじゃないかな。ある程度、知識や技術を持ったヒトなら尚更ね。そして帰ってきた2人は、どうしても帰って来なきゃいけない理由があったから、調査時間が短時間しかとれず、見つけられなかったってとこかしらね……」
「……堀田さんの推察は納得できるけど、なぜオレなのかが納得できないっ!」
キリュウが堀田に言い返したところ、キリュウ以外のメンバーが顔を見合わせた。
「……うん、君にはここに帰って来る理由があると、全員確信しているからだよ。だから、見に行ってどういう状況なのか確認し、『妖精の国ブルーロック』の担当メンバーがなぜ行方不明になっているのか、その原因を調べてきて欲しいんだ」
まさか、本人は気付いてないのか? とでも言いそうな、意味深な上司の言い回しだ。
キリュウが怪訝な顔をしていると、堀田がキリュウの肩にポンと手を置きながら、
「全員でバックアップするから、宜しくね! 恋する少年♪」
堀田がキリュウに気を使うことなく、アッサリと言い放った。
――!!!
キリュウは唖然としてメンバーを見回すと、堀田以外、全員顔を背けて視線をあわせようとしない。辺りに遂に言ってしまった感が漂う。そんな雰囲気などお構いなしに堀田が続ける。
「ホワイトレイクに関する情報は、全員共有するんだから、知ってて当然でしょ? ホワイトレイクのナイトが誰と接触したかも把握しないと駄目なのよ。部外者への情報漏洩が一番まずいから。それと、特別臨時職員を辞めることになったら、今後ホワイトレイクの関係者とは一切関わることはできなくなるから……、ね?」
堀田がいつもの笑顔で、わかってるでしょ? とでもいうように無言の圧力をかけた。
「えええぇぇぇ――!? って……ちょっと待て、そんなことを今ここで言うのかよ? 大人げないっ!! 余裕なさすぎっ!」
「大人げなくて結構よ。使えるもんは、少年の恋心も使ってみせるわ!」
――鬼だ、ここに鬼がいますよっ!
目的のためなら手段を選ばずという堀田の発言に、キリュウはゲンナリした。




