15 明かされる白い部屋の秘密
白い部屋へナイトを送る日が決まった。
キリュウのナイト就任式の3日前だ。
立ち会いは、前任者のパトロナス カルラが行うこととなり、どんどん詳細が決まっていく。それに比例するかのようにフレイリアの口数も減っていった。
また、フレイリアが、じっと泣きそうな潤んだ瞳で目に焼き付けるようにトアリーを見つめ、それにトアリーが気づき、困った笑顔を見せることが多くなった。いよいよ白い部屋の扉を開く日の前日、フレイリアの状態を見かねたトアリーが、フレイリアに話しかけた。
「フレイリア様、お手を……」
トアリーに言われるがまま、フレイリアは手を差し出した。トアリーはフレイリアの手をとり、手に持っていたものを握らせた。
「これは……」
フレイリアが手のひらをゆっくり開くと、淡い光を放つロサ・カエルレアのアドホックピアスがあった。
フレイリアがトアリーを見つめた。
「……どうして?」
「フレイリア様に持っておいてもらいたいのです。気持ちは物で表せないですが、これならフレイリア様のお気持ちを慰めることができるのではないかと……」
「……ありがとうございます。キリュウの話では、確か……この国を創った人達が誓いの言葉を言って、これを身に付けたものだと……」
「そうです。ですので、フレイリア様も私の願いを忘れないでおいてほしいのです。ずっとこの先、私がこの世からたとえいなくなったとしても、この国が存在してほしいと……」
「わかりました。では……、トアリーも私のを持っておいてください。私がパトロナスとして……私たちがこの世にいなくなっても、この国が存在するように出来る限りのことをするという誓いの証です」
フレイリアも自分の耳たぶからロサ・カエルレアのアドホックピアスを外し、トアリーの手をとって渡した。
お互いにお互いのピアスをつけ、微笑んだ。フレイリアは、ピアスを交換したことで少し元気が出たようだ。
*****
ナイトを白い部屋に送る日が来た。魔法陣の祭壇の前に、前任者のパトロナス カルラ、フレイリア、トアリーがいた。
「まだ、ナイト候補者キリュウは来ないのか?」
カルラが少しイラついていた。
「すみません……、キリュウはどうしたのでしょう?トアリー、何か聞いてますか?」
「いえ……私は何も」
「どうしましょう……」
「……」
フレイリアが慌ててカルラに謝ると、トアリーと小声で話す。
「いやぁ、すみませーん! 遅れました!!」
魔法陣の部屋の扉が開き、キリュウが元気に入ってきた。
「「『いやぁ』じゃない!」」
カルラとトアリーがすかさず同時にキリュウに向かって言う。
「キリュウ、とりあえずこちらへ……」
フレイリアが急かすようにキリュウを呼んだ。
「……では、選ばれしナイトを白い部屋に送る」
カルラが鍵をのせた銀の飾り皿を手にした。
「はい」
フレイリアがカルラの横に来て、鍵を手に取る。
「選ばれしナイト トアリー、こちらへ」
フレイリアがトアリーを呼んだので、フレイリアの前に立った。
そして、なぜかキリュウもトアリーの横に立つ。
「……キリュウ、そこにいると邪魔です」
フレイリアがカルラを気にしながら、小声でキリュウに注意する。
「そのことですが、本日付けでナイトに就任しましたので、ボクも白い部屋に行きます」
「……」
カルラが目をむいて唖然とする。
フレイリアがため息をつき、トアリーが頭に手を当てて顔を背けた。
「ナイトに就任とは? キリュウ、貴方の就任式は3日後では?」
フレイリアがキリュウに静かに聞く。
「パトロナス カエルムに頼んで、先ほどナイトの就任式を済ませました」
「えっと……どういうことですか?」
「パトロナス カエルムに、『どうしてもマスター トアリーが白い部屋に入ってしまう前にナイトになった姿を見せたいです』……と直談判に行ったら、前倒しでナイトの就任式をしてもらえるように魔法学院に根回ししていただけたのですよ」
部屋に沈黙が流れた。
確かに襟元の魔法学院のピンバッチはなく、袖にはナイトの印が刻まれたカフスボタンがついている。
「では、ナイトであるマスター キリュウに聞く。……先ほど貴方も白い部屋に行くと言っていたが、鍵は1つしかない。しかも既に鍵にはマスター トアリーの名が刻まれている」
何を言っているのだ、というようにカルラがキリュウに怒りを滲ませた声で問う。
「もう1つの鍵、誓いの言葉を使います。ちなみにボクが誓いの言葉を言い終えて、扉を開けてしまうと、次の代からは鍵がなくなったという判断になって、その後は誓いの言葉でしか扉の鍵の解除ができなくなりますので、ボクが詠唱してる間にマスター トアリーは鍵を使ってください」
やはりキリュウは諦めていなかったのだ。しかも確信を持った様子だ。
これはマズイ……とトアリーは思った。キリュウの誓いの言葉の詠唱中に鍵を使わなければ、今後、詠唱中の文言の言い間違えによる数年前の中央塔の事故のようなことが起きる可能性が出てくる。
しかも、パトロナスではなく、ナイトが詠唱するのだ。事故が起きる確率は、パトロナスよりもはねあがる。
「では、詠唱しますね! ……全てを知りうる、はじまりのパトロナス……このはじまりの白き部屋にて別れる2つの国……同じ時を刻み、異なる未来を目指す……」
キリュウは壁の前に立ち、いきなり詠唱し始める。祭壇の向かい側の白い壁に、魔法陣の中心部が現れ、キリュウの詠唱が進むにつれて、どんどん中心部から外側へと魔法陣が拡がっていく。
「えぇっ!? キリュウ、ちょっと待って!!……」
トアリーが慌ててフレイリアから鍵を受け取った。すると、キリュウの詠唱による魔法陣と同じ魔法陣が浮かび上がった。
「……魔法に満ち溢れる世界を創り、護ることをここに誓う……我、求む……白き湖へとつながる奇跡への道……ロサ・カエルレア!!」
キリュウの詠唱を終えると、壁に浮かぶ2つの魔法陣が2つの扉に変わり、ゆっくりと開いた。扉の向こうの景色は真っ白で何もない。
ただ、雪が降ったあとの一面の銀世界のようにキラキラと輝いている。
見とれて動かないトアリーに、キリュウが小声で声をかける。
「マスター トアリー、パトロナス カルラとフレイリア様に何か言わないと……」
「あぁ……そうでした」
トアリーがカルラとフレイリアの方を向き、まずはカルラと抱き合う。
「ありがとうございました」
「マスター トアリー、元気で。選ばれしナイトとして精進するように」
「はい」
そして、今度はフレイリアと抱き締めあった。
「フレイリア様、お元気で。たくさん私も手紙を書きます」
「……はい、ありがとうございます。トアリーも元気で。あと……、やたらとトラブルに巻き込まれるので、キリュウにはあまり近づかない方がいいですよ?」
フレイリアがトアリーを抱き締めながら、キリュウを見て言った。
「はい。それは重々承知しています。今までだいぶ巻き込まれましたから」
トアリーが笑いながら言った。
それを聞き、キリュウは肩をすくめる。
トアリーはカルラとフレイリアから離れると、今度はキリュウが2人に「お世話なりました」、と騎士の挨拶をした。
「……マスター キリュウ、何もいうことはない。できれば白い部屋では大人しく過ごすように」
カルラがため息をつきながら、どうせ言ってもムダだが一応言うが……というようだ。
「キリュウ、トアリーに迷惑をかけないように」
フレイリアがキリュウに釘をさす。
「……約束はできませんが、覚えておきます」
キリュウはニッコリ笑った。
「では、行きますね」
トアリーがそう言うと、カルラとフレイリアが頷いた。そして、トアリーとキリュウがそれぞれの白い部屋への扉を通ると、2つの扉はゆっくりと閉まったのだった。
*****
白い部屋に入ったトアリーとキリュウは、扉が閉まるのを確認すると、おそらく部屋の中心であろうと思われる場所に向かった。
「そう言えば……キリュウ、よくもう1つの鍵を見つけましたね。聞いてた感じでは、ナイト就任式の誓いの言葉と異なるようでしたが……」
「そうですね。色々と誓いの言葉を試してみましたが、ホワイトレイクに伝わるものではなかったです。結局、魔法陣が反応したのは、ボクが昔読んでいた童話の『魔法の国と7人の魔術師』という本にある最初の導入部分の文言でした。よく読んだ本だったので、すっかり完璧に覚えてます。ただ……詠唱の最後の文言がわからなかったのですが……」
「あぁ、『ロサ・カエルレア』ですか?」
「はい。最初の文言は決まっていることは知ってましたし、最後に単語を詠唱する決まりも魔法学で習い、わかってたのですが……。その単語を探すのに少々時間がかかってしまいました」
トアリーとキリュウが話しているうちに、2人は床に魔法陣が描かれている場所まで来た。
赤い光で描かれた魔法陣の中心に、はじまりのパトロナスが現れた。
「選ばれしナイト−−マスター トアリー、そしてキリュウ……ここより先に進むと、二度とホワイトレイクには戻ることはできない。その覚悟はあるか?」
はじまりのパトロナスが静かに2人に問いかけた。
「「はい」」
2人が頷いたのを確認した、はじまりのパトロナスがさらに言葉を続ける。
「では、今後のやるべきこと、暮らしなどの詳しくことについては、マスター ライズォーンに聞くように。それから、これからホワイトレイクでは知り得なかったことを知ることになり、ショックを受けると思われる。歴代の選ばれしナイトは、それを乗り越えてはいるが……、その真実を知る前に私から伝えておこうて思う。……よいか、ホワイトレイクでの魔法は、魔法ではない」
「魔法では……ない? はじまりのパトロナス、どういうことですか?」
「7人の科学者と呼ばれる者たちがつくりあげた科学技術の結晶だ。昔、著名な人物が言ってたように、『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』ということの証として創りあげたのがホワイトレイクだ」
「……魔法ではなく、科学技術……ですか?」
「マスター トアリー、とにかく、まずは7冊ある『はじまりの魔術師のレポート』を読むことから始めたら良い。では、2人とも、この魔法陣に入りなさい」
はじまりのパトロナスに呼ばれ、2人が魔法陣に入る。
「2人とも私が良いと言うまで動かないように」
はじまりのパトロナスがそう言うと、2人の足元から頭の先までに光が流れた。
「……2人とも、もう動いて良い」
「今のは……?」
トアリーが聞くと、キリュウが代わりに答えた。
「立体静脈認証ですよ。身体の中のすべての静脈を検出し、この白い部屋を出入りした人物を登録することによって、たとえ外見が変わっても同一人物か判断できるようになってます」
「……そうか、つまり、今の光で私の身体の静脈が登録されたから、私は、ホワイトレイクへは行けなくなったということか」
「そういうことです」
キリュウが頷いた。
「……マスター トアリー、キリュウの両名、トラニーヒルの扉を開く」
はじまりのパトロナスが片手を挙げると、2メートルほどある巨大な杖が現れ、それを手にした。
3人の頭上に巨大な魔法陣が出現し、次に魔法陣の中心に扉が現れた。
ゆっくりと扉が真下に向かって開く。
「トアリー、キリュウ、トラニーヒルの扉が開いた。さあ、行きなさい」
はじまりのパトロナスの言葉と共に、トアリーたちの足元の魔法陣から頭上の扉へと続く階段がサァッと現れた。
「マスター、行きましょう!」
相変わらず美しいものを見ると見とれて動かないトアリーを、キリュウが急かす。
「あぁ……」
トアリーが頭上の魔法陣と階段を見上げて、上の空で返事をした。キリュウは頭を振り、トアリーの腕を掴んで、引きずるように強制的に階段を登らせたのだった。




