13 魔法陣の管理者
ナイト候補者となったキリュウは魔法学院から新たに制服が支給され、藍色からフレイリア達と同じ白色に変わった。
ただ、まだ候補生のため、袖のカフスはなく、レイトーリア魔法学院の印が刻まれているピンバッチが引き続き襟についている。
一方、フレイリアとトアリーは、それぞれパトロナスと、そのナイトになったが、雇用テスト期間中のため、服装は変わらなかった。
研究部屋は、魔法学院から中央塔に引っ越すことになり、キリュウもフレイリアの研究部屋の所属のため、候補生から正式にナイトになるまでの間、魔法学院と中央塔を行き来することとなった。
*****
「これで、荷物は最後です」
『わかりました、では転送してください』
アドホックピアスで魔法学院にいるトアリーと、中央塔にいるフレイリアがやり取りをし、研究部屋にある学院の備品以外の私物や実験サンプルなどを中央塔の新しく与えられたパトロナス用の部屋に運び込んでいた。
トアリーは最後の荷物を移動型魔法陣に載せ、転送されるのを確認した。
「さてと、今度は中央塔で荷ほどきしなければ」
トアリーが、いつもより広く感じるレイトーリア魔法学院の研究部屋の扉をしめたところ、キリュウがやってきた。
「マスター トアリー! 引っ越し、もしかして、もう終わりました?」
「はい、今こちらの方は終わりました。これから中央塔へ行って荷ほどきです」
「そうですか、ではボクもこれから時間があるので、手伝います」
「ありがとうございます。お願いしますね」
キリュウは授業の関係で、時間があるときだけだが、研究部屋の荷造りを手伝ってくれていた。
トアリーとキリュウの2人は、一緒にレイトーリア魔法学院を出た。中央塔へは、商業エリアを通り抜け、中央広場を通る。
2人が中央広場に踏み入れたとき、後ろから「おぉぉい!」と、デカイ声で呼び止められた。
声がデカイだけでなく、背後に大きな気配がした。その大きな気配を放つ人物の影がぬぅ〜っと伸び、トアリー達の影を飲み込む。
「もしかして……ラドルさん?」
「そうだよ! 久しぶりだな!」
キリュウが振り返って見ると、相変わらず、笑顔のはずの表情は厳つかった。
「いやぁ、あの中央広場の噴水が浮かびあがった事件からずっと見かけなかったから、心配してたんだ。おっ! 白い制服ってことは、無事にマギになったんだな!?」
ラドルがキリュウの制服を見て、嬉しそうだ。
「いえ、ボクはナイト候補生ですよ?」
「えぇっ!? ……だって、中央広場の噴水が浮かびあがって、そこからお前達2人が出てきたあと、お前が詠唱して元に戻してなかったか?あんな大型魔法陣を発動させられるのは、パトロナスかマギだろっ!?冗談言うなよな。大人をからかうとは、最近のガキは、まったく!」
ガハハと笑いながら、キリュウの肩をバシバシ叩く。
「いや、あの、これ見てください……」
キリュウが腰に下げてるレイピアの柄に手をかけ、ナイトであることを主張する。
−−が、ラドルは、まったく気づかない。
「……それにしても、やっぱりオレは人を見る目があるんだなぁ! お前がロサ・カエルレアのアドホックピアスしてくれて、オレも誇りに思うよ!なんてったって、あの中央広場の魔法陣が動いたのは、ホワイトレイク建国以来って話だからなぁ! …っと、まずい、こんな時間だ、ルキにどやされちまう。じゃあ、また店に来てくれたらサービスするから、いつでも来いよ!」
ラドルは一方的に弾丸トークを展開し、去って行った。
「……まったく訂正できなかった」
キリュウはガックリと、うなだれた。
*****
2人は中央塔のエントランスホールに入り、フレイリアの研究部屋へと歩いていた。
「……あの、マギ キリュウですか?」
廊下ですれ違った際、見知らぬ人に呼び止められた。
「……いや、キリュウはマギでは……」
トアリーが否定しようとしたが、無視される。
「やはり、マギ キリュウですね! あの中央広場の魔法陣を動かしたと、街でウワサになってます!勿論、ここでもですが!! たぶんマギ キリュウは、偉大な後生に残るパトロナスになりますよ。早く魔法学院を卒業されることが待ち遠しいです。あっ!お引き留めしてすみませんでした。それでは」
やはりラドルと同様、一方的に話し、唖然とする2人を置いて去って行った。
「マスター トアリー、……なぜ、ボクはいつの間にか世間でマギってことにされてるんでしょうか?」
「……」
トアリーは何も言えなかった。
*****
「フレイリア様、戻りました」
トアリーがパトロナス用の研究部屋に入ると、フレイリアがだいぶ荷ほどきをしていた。
「荷物の転送、お疲れさまです。こちらも一段落したので、とりあえず、お茶にしませんか?」
フレイリアがソファに座るよう、促す。
「フレイリア様、手伝いに来ました」
キリュウもトアリーの後ろから顔を出した。
「キリュウ、ありがとう。キリュウも座ってください」
フレイリアは、用意していたいつものハーブティーのポットにお湯を注いだ。
「フレイリア様、学院の方の手続きは終わりましたので、あとは中央塔に申請するだけです」
「ありがとうございます。こちらは研究申請を出したところです。今回の申請内容は、マギのときの研究の延長で、今の魔法用色素を改良し、1ヶ月に1度、色素定着の魔法をかける作業を半年に1度に頻度が減らすことを目標としました。最終的には、50年に1度ぐらいの頻度になれば良いのですが……」
トアリーとフレイリアが手続きの状況報告をする。キリュウは、その話を聞き、
「まぁ、頻度が少ない方が、その分ヒューマンエラーのリスクも減りますもんねぇ」
と、ティーカップを用意しながら、何気なしに言った。
「ヒューマンエラー……!! それだわっ! さらに研究支援してもらえるかもしれない。事故が起きたんだから、なおさらっ!」
フレイリアは、そう言うと研究部屋から出ていってしまった。
「フレイリア様、パトロナスになっても研究のことになると変わらないですね……」
キリュウはフレイリアが置いていったポットを手にし、カップにハーブティーを注いだ。
「そうですね、とりあえず、お茶を飲んだら荷ほどきを再開しましょうか」
トアリーがキリュウからカップを受け取りながら、そう言った。
*****
研究部屋の引っ越しから3ヶ月も経つと、始めは違和感があった部屋の雰囲気もしっくりしてきた。
パトロナスの雇用テスト期間も終了間近で、いよいよ正式採用となる。今日は、どのパトロナスがどの部門を担当するかの発表することになっている。
パトロナスとそのナイト達は、中央塔のエントランスホールに集まっていた。フレイリアの最終成果報告会で審査官をしていた年長のパトロナスが階段上に立つと、エントランスホールのざわめきが消えた。
「パトロナスの諸君、今日は新しくパトロナスとなった者を紹介する。パトロナス フレイリア、ここへ」
年長のパトロナスに呼ばれて、フレイリアを先頭にトアリーとキリュウが階段上に上がった。
そして、フレイリアが年長のパトロナスの横に立ち、トアリーとキリュウが年長のパトロナスとフレイリアを挟み、左右の両端に立った。
「来週より、パトロナス フレイリアは、中央広場の結界を作っている中央塔の魔法陣の管理者となる。したがって、パトロナス フレイリアが専任となり、今まで中央塔の魔法陣の管理を兼務していたパトロナス達は、パトロナス フレイリアの就任をもってその任をを解く」
年長のパトロナスがフレイリアの担当部門を告げると、ホールに集まったパトロナスとナイト達が拍手をした。拍手で包まれたエントランスホールより、年長のパトロナスを先頭に、フレイリア、トアリー、キリュウの順にその場を去った。
エントランスホールから廊下に出ると、年長のパトロナスはフレイリア達に「詳しい説明をするので、中央塔の魔法陣の部屋に来るように」とだけ言った。
*****
3人が中央塔の魔法陣の部屋に入ったのは、フレイリアの最終成果報告会のとき以来で、今回で二度目だ。
年長のパトロナスに連れられて、フレイリア達が入ると、そこにはフレイリアの最終成果報告会で審査官をし、トアリーとキリュウに風の魔法を放った若いパトロナスがいた。
「パトロナス フレイリア、ナイト トアリー、そしてナイト候補者 キリュウ、来週の就任式終了後から君たちには、こちらの部屋を管理してもらう。ただ、その前にいくつか伝えておかなくてはならないことがある。では、パトロナス カルラ、説明を」
年長のパトロナスにカルラと呼ばれ、部屋で待っていた若いパトロナスをフレイリア達3人に紹介した。
「はい、わかりました。では、3人ともこちらへ」
カルラはそう言うと、部屋の奥にある祭壇にフレイリア達を連れてきた。
「中央塔の魔法陣を管理するパトロナスには、もう1つやることがある。50年に一度、白い部屋と言われる空間に、そのとき魔法陣を担当しているパトロナスのナイトを送り込む。今は、4代前のパトロナスのナイト ライズォーンが白い部屋にいる。そして、手紙でこちらの状況を定期的に伝える。手紙については、こちらの引き出しにある特殊な紙を使う。他の紙では、白い部屋につながる魔法陣を通らない。手紙の紙は、白い部屋の魔法陣から年に一度、送られてくるので、まとめてこちらの祭壇の引き出しに入れるように。……ここまでで、何か質問は?」
カルラが淡々と説明し、フレイリア達を見る。
「あの……手紙で定期的に報告することは理解できたのですが、50年に一度ナイトを白い部屋に送り込むというのは、初めて伺います。もう少し詳しく教えていただけないでしょうか?」
フレイリアが戸惑いながら、カルラに質問した。
「建国時からの慣わしだ。特にこれといった詳細な理由は聞かされていない。この部屋の担当となったパトロナスに継承された話では、魔法陣を国の中から守るパトロナス、国の外から守るナイトということだけだ。あとは、ホワイトレイクに関することについて定期的に連絡をとるためのその方法に関すること、50年に一度ナイトを1人だけ送り込むための白い部屋の鍵についての話……といったところだ」
「白い部屋というのは一体どういうものなのですか? 部屋の中には何が?」
トアリーが聞いた。
「部屋の中についても何も継承された話はない……。ただ、ナイトだけが入れる、ということだけだ。そもそも、白い部屋に入ったナイトがその部屋から出てきたことがないし、そういったことに関して、定期的にやり取りする手紙の中にも書かれたことはない。私もこちらの担当になったとき、少し気になり、過去のナイトからの手紙を見たのだが、今までに白い部屋に入ったナイトからの手紙は、この国に関すること、私的なことに関して――例えば、友人や家族の近況を尋ねたり等の内容だけだった」
カルラが難しい表情で質問に答える。
「白い部屋に入ったナイトは、一人も今まで出てきたことがないのですかっ!?」
フレイリアが驚く。
「そうだ。建国以来、ナイトをその部屋にこちらの部屋から送り続け、その部屋から出た者は一人もいない。その部屋のナイトは次に送り込まれたナイトに引き継ぎをし、そして、死んだあともその部屋にいる。今までの過去の手紙を見た限りでは、次の代のナイトから手紙で、前の代のナイトが死んだことをこちらに知らせていて、先代のナイトの遺品などは、送られて来ない」
フレイリアは黙り込んでしまった。
「ちなみに、次にナイトをその部屋に送るのはいつですか?」
この部屋に入ってずっと黙っていたキリュウが、カルラに聞いた。
「今年だ、だが詳細な日程は決まっていない」
フレイリア達3人の間に沈黙が流れた。
「白い部屋の鍵の伝承については、パトロナス フレイリアが来週、正式に就任したら引き継ぐ。……パトロナス カエルム、今日は、私からパトロナス フレイリアに話すことは、これで終わりました」
カルラが深刻な顔をしているフレイリア達にそう告げたあと、年長のパトロナス カエルムに説明が終わったことを話した。
カエルムは頷き、
「では、パトロナス フレイリア、ナイト トアリー、ナイト候補者 キリュウの3人は、部屋に戻って良い。来週は就任式となる。3人とも式には必ず出るように」と、フレイリア達に言ったのだった。