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科学の極み! (連載版)  作者: 芝高ゆかや
2章 騎士と魔法もどきと秘密の白い部屋
11/60

11 大型魔法陣

 今日は、最終成果報告会当日である。



「フレイリア様、キリュウ、そろそろ時間なので行きましょう」


 中央塔のエントランスホールのソファーに座っていたトアリーが、立ち上がった。一方、フレイリアはソファーでうずくまっている。


「はい! ……と言いたいところですが、フレイリア様が……。まだ胃痛、治まらないですか? ハーブティー、もう一杯飲みますか?」


 キリュウがハーブティーの入ったポットを手にした。


「お願いします……」


 フレイリアがうずくまったまま、キリュウの質問に答えた。

 キリュウがハーブティーをカップに注ぎ、フレイリアに「はい、どうぞ」、と手渡した。

 だいぶキリュウも毎度のことなので、フレイリアのこうした状況での対応も慣れてきた。

 しばらくすると、フレイリアも落ち着いたので、3人はエントランスホールから指定の部屋に向かった。



*****



「では、マギ フレイリアの最終成果報告会を始めます」


 レイトーリア魔法学院の先生が、宣言する。部屋の端には3人のパトロナス達が無表情で立っている。


「マギ フレイリアは、7年前に魔法陣を描いたうえで詠唱を行う、儀式法を発見。その後、当魔法学院に入学し、5年前に魔法学修了と同時にマギとなりました。現在は、魔法陣における色素・発光性の違いによる反応性の違いについて研究をしており、今回は、その成果を発表してもらいます」


 魔法学院の先生が、フレイリアについてパトロナス達に説明した。


「フレイリア様が、儀式法を発見?」


 キリュウがトアリーに小声で聞いた。


「幼少の頃、古代文字がなかなか覚えられなくて、一瞬浮かびあがる魔法陣を覚えて紙に写し、文字を覚えたそうです。それであるとき、何故そうしようと思ったのかわかりませんが、魔法陣を描いた紙の前で詠唱したら、魔法陣は現れず、紙に描いた魔法陣の方が発光し……」


「魔法が発動したってことですか……あぶねぇー」


「そうですね、お怪我がなくて良かったです」


「子供って、時々とんでもない行動に出るもんなぁ………」


 トアリーとキリュウは、小声で話したが、周りにまる聞こえだったらしい。視線が集まる。


「トアリー、キリュウ……静かにお願いします」


 フレイリアが、子供の頃の無鉄砲な行動を暴露され、恥ずかしそうに振りかえって2人に注意した。


「では、こちらへ……」


 一番年長のパトロナスが頷き、フレイリア達を部屋の奥にある重厚な白い扉へと促した。この奥の部屋に、フレイリア達3人がついこの間話していた事故現場がある。

 フレイリア達の緊張感が高まる。



*****



 事故現場は、想像以上に酷かった。壁の大理石の白い部分が、所々見られたが、大半は黒焦げの色素がこびりつき、崩れていた。

 部屋の床一面に描かれている大型魔法陣も黒ずんだ色素でところどころ汚れており、魔法陣自体も発光が淡く、文字も掠れていた。


「これはヒドイ……」


 フレイリアとトアリーの後ろに居たキリュウが思わず口に出した。


「なぜ、こんなことに……?」


 トアリーは、年長のパトロナスに聞いた。


「この魔法陣は、毎日魔法陣用の色素を定着させるため、大ビンから小分けした色素の入った魔法皿を祭壇に置き、色素定着の魔法詠唱を行うことになっていたのだが……、なぜかその日、色素を大ビンから魔法皿に小分けせず、祭壇の横にある、あの大ビンに色素定着の魔法詠唱を行ったパトロナスがいた」


「………そして、そのパトロナスが、詠唱の文言を間違えたのですね?」


 フレイリアが言葉を続けた。


「そうだ、それで見ての通りこのような有り様だ。ここを請け負っていたパトロナスは、防御の魔道具をつけていたので無事だったのが、不幸中の幸いだ。だが、魔法陣に使われている色素は特殊で、代用となる色素が今のところなく、文字が掠れていく魔法陣をなんとか維持するため、空気や光に触れさせないように施す魔法を毎日3回かけている」


 年長のパトロナスは、厳しい表情でそう告げた。

 フレイリアが、真剣な表情に変わった。


「では、この魔法陣を消し、新たに魔法陣を描きます。魔法陣は中央広場の結界で、いいですよね?」


「魔法陣を消すっ!? この上から描くのではないのか?そんな許可はとっていないのでダメだ!!」


 魔法学院の先生が驚き、年長のパトロナスを見た。他のパトロナスも動揺している。


「この魔法陣が、中央広場の結界魔法というのは合っている。だが、新たに魔法陣を描くのは良いとして、詠唱はとても長く、言い間違えやすい。今回は、最終成果報告会なので、数年前の事故のようなことは起こしたくないのだ」


 年長のパトロナスが静かにフレイリアを諭す。


「そうなりますと、色素に所々焦げた色素粉末が混ざってしまい、反応性が悪くなります。本来の魔法のチカラが……」


 フレイリアが戸惑う。

 フレイリア達は中央塔での事故現場でやることを想定し、何度も再現試験をし、どうしたら元の状態に戻るか確認した。

 だが、パトロナスが言ったことも理解できた。結局は、パトロナスではなく、マギであるため、成功させることができるという信頼性がまだないのだ。


「わかりました……」


 フレイリアが、悔しげに頷き、トアリーとキリュウを見た。

 トアリー、キリュウも頷く。


「では、マギ フレイリアが魔法陣を今回新しく調合した魔法用色素で描き終わったら、色素定着させます。その後、中央広場へ行き、確認します」


 魔法学院の先生は事前にパトロナス達と申し合わせていたのか、その後の段取りを言うと、ホッとしたようだった。


「マギ フレイリア、はじめてください」


「はい」


 そう返事をしたフレイリアは、このために調合した色素を使い、床に描かれている色褪せた魔法陣の上に色をのせていった。

 全員の視線がフレイリアの指先に集まる。


「マスター トアリー」


 小声でキリュウが隣にいるトアリーに話しかける。


「なんですか?」


 トアリーが無声音で答えた。


「フレイリア様が描き終わったら、パトロナスの色素定着の魔法発動前に、ボクが例のあの魔法を詠唱します。その後、ボクは逃げますので、手伝っていただけますか?」


 トアリーは目線だけを正面からずらし、キリュウを見た。

 キリュウは、真剣な眼差しで、じっとフレイリアの方を見たままだ。キリュウが本気でやるということを確認したトアリーは、視線をフレイリアの方に戻した。

 もうすぐ魔法陣が描き終わる。


「わかった、援護する」


 トアリー小声で答え、僅かに頷いた。


「……終わりました」


 フレイリアが描いたばかりの魔法陣から離れた。


「では、詠唱を」


 先生が年長のパトロナスに告げたのを聞き、一番若いパトロナスが魔法詠唱のため、口を開いた。

 そのとき、


「φΛγΠπ%」


 キリュウが詠唱した。

 フレイリアが描いた魔法陣だけを残し、掠れた魔法陣や黒ずんだ色素の粉末がサッと消えた。崩れかけていた白い壁も移動して、元に戻っていく。


「∩∃∂∇∫∽」


 キリュウが続けて詠唱しながらパトロナス達の横をすり抜け、魔法陣の中心に向かって走り、トアリーもその後ろを追った。

 一瞬、何が起こったのかわからず、唖然としていた一番若いパトロナスが、魔法陣に向かって走るキリュウをとらえ、杖を取りだし、詠唱する。


「はじまりのパトロナス、我に答えよ! 風の道よ、開け、プロケッラ!!」


「パリエースッ!!」


 トアリーがレイピアを抜き、パトロナスが放ったすさまじい風を受け止めた。

 しかし、魔道具として発動させたトアリーのレイピアでは、初めの衝撃を和らげただけだった。


「っ……、吸収しきれないっ!」


 トアリーの体は、凄まじい風に圧されて、あっという間に魔法陣の中心にたどり着いたキリュウにぶつかりそうになったところを、キリュウに受け止められた。

 そして、次の瞬間、魔法陣の強い光りに包まれて、トアリーとキリュウが消えた。


「トアリー!? キリュウ?」


 フレイリアが2人の名前を呼ぶが、返事がない。

 青く、くっきりと発光し続けている魔法陣だけが残っている。


「……成功したっ!」


 フレイリアが光る魔法陣を確認して一瞬喜んだが、すぐに魔法学院の先生やパトロナス達の視線に気づき、真面目な表情に戻した。


「マギ フレイリア、この状況について説明していただきたい」


 一番若いパトロナスに睨まれて、フレイリアは肩をすくめた。



******



「マスター トアリー、大丈夫ですか?」


 強い光を見たためか、立ちすくむトアリーの顔をキリュウが覗き込む。


「大丈夫ではないですね。まだ視力が回復してないです」


「それなら、しばらくしたら治りますね。目を閉じてて大丈夫ですが、たぶん、そろそろボクらが乗ってる魔法陣が動きますので気をつけてください」


 キリュウが言うと、足下にある魔法陣が光り、ガクンと動き始めた。

 トアリーは、まだ視力が回復していないうえ、突然動いたためバランスを崩した。

 が、キリュウが魔法陣から落ちそうになったトアリーの腕を咄嗟に掴んだので、体勢を整え直し、事なきを得た。

 魔法陣がスライドしながら暗闇の中を進む。


 しばらく経ち、トアリーの視力が回復した。


「ここは、いったい……」


 トアリーがそう呟くと、キリュウが答えた。


「おそらく、中央塔から中央広場に直接向かうための移動型魔法陣だと思います。あの中央塔の大型魔法陣を発動させたことによって、それが鍵の代わりとなって、あの部屋の床下の入口が一瞬だけ開いたようです」


 トアリーが以前読んだ「ホワイトレイク建国記」には、中央塔の大型魔法陣と中央広場の大型魔法陣は連動しているということだけしか記載がなかった。

 このような設備があることは、おそらく建国時に携わったはじまりのパトロナスしか知らないのではないだろうか。



*****



 魔法陣が移動している方向の先に、うっすらと上の方からブルーグリーンの光が木漏れ日のように所々射し込んでいる場所が見えてきた。そして、魔法陣の移動速度がだんだんゆっくりになり、その場所で止まった。

 キリュウが先に魔法陣から降りたので、慌ててトアリーも降りる。


「中央広場……ではないな」


 トアリーが辺りを見回す。


「いえ、中央広場ですよ。上を見てください」


 キリュウが上を指で指した。

 トアリーはキリュウに言われるまま上を見上げ、息を飲んだ。

 トアリー達の頭上に、ステンドグラスのように色鮮やかな大型魔法陣が浮かび、その魔法陣の向こうには中央広場の真ん中にある噴水の水面が透けて見える。

 ちょうど真下から見た感じだ。ブルーグリーンの木漏れ日状の光は噴水の水面のせいで、常に揺らめいている。


「さてと、先生とパトロナスが来ないうちに、確認作業を始めるか」


 キリュウが張り切って、頭上の魔法陣の中心に立った。


「マスター トアリー、そこにいると危ないです。こちらにどうぞ」


 キレイな景色に見とれてたトアリーを呼んだ。


「あぁ……今、行きます。……この景色、フレイリア様にも見せたかったなぁ」


 キリュウに呼ばれ、隣にきたトアリーが残念そうに呟いた。


「そうですね、フレイリア様、今頃ボクらがやらかした後始末中ですもんね」


「!! ……忘れてた」


「それは帰ったら謝ることにして、とりあえず、始めます」


 キリュウはそう言うと、制服の内ポケットから、七色に光る星形12面体が入ったビンを取り出した。


「それは?」


「中央広場の魔法陣が守っているあるもののコアです」


「あるもの?」


「はい、これから見ることができますよ。ここまで来たので、一応、中央塔の事故での影響が出てないか確認した方がいいです」


 キリュウは意味深なことを言い終えると、コアと呼んだ物質を入れたビンに向かって、


「ΥΘ」


 と呟いた。

 すると足下に頭上と同じ魔法陣が描かれていき、その後、頭上のステンドグラス状の魔法陣が降りてきて、ぴったりと重なった。

 ぐんっと2人が立っている魔法陣が下に下がり、いつの間にか白い霧が表面を覆う地底湖の前にいた。

 キリュウは何も言わず、地底湖に向かって歩き出したため、トアリーも追いかけた。

 パシャンという音と共に、キリュウがそのまま湖の中に入っていこうとするので、トアリーは慌ててキリュウの腕を掴み、引き留めた。


「マスター トアリー、何か?」


「いや、『何か?』ではないでしょ! このまま行ったら溺死です!」


「あぁ、そうでした! えーっとですね、この場所の仕組みについては本に書いてあるのです。よく見てください。ホログラム……こっちでは……たしか………幻覚? それと水面に見えるところから下は冷気です。なので、ずっと幻覚領域に居ると凍傷になってしまうので、早めに通り過ぎたいのですよ」


 キリュウは手短にかいつまんで説明した。トアリーは少しもやっとした気持ちになりつつも、確かによく見ると地底湖はキリュウの言う通りだったため、掴まえてたキリュウの腕から手を離した。


「では、行きましょう」


 キリュウが歩いて進む方向には、水草や岩があったが、全て幻覚らしく、2人は関係なく歩いて通り過ぎていった。


「キリュウは、どういう本を読んでこのことを知ったのですか?『ホワイトレイク建国記』以外の本ですよね?」


 トアリーはパトロナス達でさえ知らないようなこの国の仕組みを色々とキリュウが知っていることについて疑念を持った。つまり、知りすぎだと。

 キリュウは歩きながら、考え込んだ様子でしばらく沈黙した後、おもむろに口を開いた。


「……以前、魔法陣のパトロナスのナイトが入ることができる白い部屋の話をしたのを覚えてますか?」


「あぁ」


「その白い部屋には『ホワイトレイク建国記』では書かれていないことが記載されてる『はじまりの魔術師のレポート』が7冊あるんです」


「聞いたことがない本ですね」


「白い部屋に入った魔法陣のパトロナスのナイトしか読めませんので、こちらの国の人達は知らないです」


「キリュウは、なぜそれを知っているのですか?」


「……ある方法で、その7冊の本を読んだからです。今は……それしか言えないです」


 キリュウはその後、口を固く閉ざし、白い部屋に入ることが決まる直前まで、再びこの話題に触れることはなかった。



*****



 トアリー達は地底湖の底を通り抜け、岩の扉を開き、巨大な氷の柱が乱立している部屋にいた。

 奥の方へと2人が歩いていると、2人の耳にあるロサ・カエルレアのアドホックピアスが青白く光り、チリリンと鈴の音がした。


『トアリー!? キリュウ? 今、どこにいますか?』


 フレイリアの声が聞こえてきた。


「フレイリア様! 無事でした?」


『……無事ではないです。お二人がいなくなったあと、私一人だけ、事情聴衆されました。処分は追って連絡があるそうです』


 キリュウの質問に、恨めしそうな声でフレイリアが答える。


「「……すみません」」


『とりあえず、2人が無事ならいいです。あと、中央塔の魔法陣は、完璧に元通りになったので、パトロナスの方達は渋い顔をしてましたが、態度はウキウキした感じでしたので、おそらくお喜びになっていらっしゃるかと思います』


 フレイリアが2人の声を聞き、安心したのか、部屋から脱出した後の話を説明してくれた。


「ウキウキのパトロナス……」


 2人が顔を見合わせ、想像できない…、と首を振った。


 トアリーは気をとりなおし、フレイリアと状況報告の続きを話し始めた。


「ところでフレイリア様、こちらの状況ですが、今、中央広場の魔法陣の真下の部屋にいます」


『魔法陣の真下に部屋があるんですか?』


「はい、中央塔の魔法陣と連動してるみたいです。ちなみに、中央塔の魔法陣の真下にも部屋がありました」


『なるほど、そうですか……。こちらで、手伝うことはありますか?』


「はい、中央広場で待機していただいて、いいですか?せっかくここまで来たので、中央塔の魔法陣事故で、崩れているところがないか確認してから、ここから脱出しますので」


『わかりました。では、中央広場に着いたら、連絡しますね!』


 アドホックピアスよりチリリンと2回、鈴の音が聞こえ、青白い光もスッと消えた。

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