10 アドホックピアス
フレイリア、トアリー、キリュウの3人は、5日後に行われる最終成果報告会に向けて準備をしていた。
今回の報告会は実演を伴うため、他の発表者と重複して行われることはないし、発表場所もそれぞれの研究テーマに合わせるためバラバラだ。
「私達の最終成果報告会の場所が決まりました」
フレイリアが部屋に入って来るなり、2人に告げた。
「あぁ、中央塔ですよね?」
フレイリアが、まさにこれから言おうとしたことをキリュウが言ったため、フレイリアは目を丸くした。
「……キリュウ、なんで知ってるのですかっ!?」
「知ってたワケではなく、可能性を考え、予測しただけです。長時間維持の大型魔法陣が使われている場所は、パトロナスが管理している中央広場と中央塔の2箇所、そして……もう1箇所。一番可能性が高いのは、事故が起きた中央塔だと………」
「そうか、あの事故は、魔法陣での事故だったってことか。それで先生方があんなに焦って……。発表の順番が一番なのも、例年より前倒しされているのもそのせいなのかもしれない」
キリュウの説明に、トアリーが納得する。
「ということは、中央塔の魔法陣は相当まずい状態ってことですね。現場を見るのが怖いです………」
フレイリアが難しい表情をした。
「実演の準備だけでなく、万が一に備えて、ポーションとかその他諸々も用意した方が良さそうですね」
厳しい表情になったトアリーの呟きに、フレイリアとキリュウが頷いた。
*****
3人は学院寮より外出許可を取り、中央広場と隣接する商業エリアを歩いていた。
「へぇ………いろんな魔道具が売ってるんですねぇ」
キリュウは商業エリアを歩くのは、初めてらしく、店という店をキョロキョロ見ていた。
「ここの辺りは特にそうですね。専門店街だから」
トアリーが必要な物と店の名前をメモした紙を見ながら、キリュウに相槌をうった。
「ポーションの次は……アドホックピアスかな?」
フレイリアがトアリーが持っているメモを覗きこんだ。
「アドホックピアス?」
「はい、それがあると、距離が離れてても会話ができるんですよ。なので、万が一のときのために、3人でお揃いのを片耳に1個ずつつけておくと良いかと……」
フレイリアの説明に、キリュウが「確かに、それは役に立ちそう」と、頷いた。
「二人とも、ラドルのアドホックピアスの店、ありましたよ!」
トアリーが店のドアに手をかけ、手招きした。
*****
「こんにちは、いらっしゃい」
ごついうえに怖そうな、どちらかと言うと職業は流れの用心棒(?)的な大男が、 満面の笑みで3人を迎えた。身長は目算でおそらく3メートルはある。
「……」
3人の時が一瞬で止まった。
ちなみに、時を止める魔法をかけられたワケではない。
最初に動いたのはフレイリアで、トアリーの後ろに隠れた。
大男は、「今日はどのアドホックピアスになさいますか?」と、不自然な笑顔を浮かべている。
キリュウが、固まっている隣のトアリーを肘につつき、
「マスター………返事しないと!」
と、小声で呟いた。
「あ、あぁ………そうでした。その、あまりに……背が高くていらっしゃるので……つい」
トアリーが明らかに動揺している。
「………マスター、ボク達、店を間違えたかもしれないですね!」
キリュウが大男を見たまま、店の出口の扉へと後退りした。
「そ、そうですね………確かそうでした」
トアリーも大男を見たまま、後退りしようとしたが、すぐ後ろにいるフレイリアが動かない。
「フレイリア様っ………」
トアリーが小声で言うと、
「……こ、この店です。2人とも、店は間違ってないです」
とフレイリアがはっきりと震え声で言った。
「「フレイリアさまぁ〜!!」」
トアリーとキリュウの無声音の叫びをフレイリアは無視した。
「どうしてもここじゃないとダメですかっ!?」
キリュウが、すかさずフレイリアに小声で聞く。
「ここの店のアドホックピアスは、とても高品質で有名なのです………、なかなか買えないという噂で……」
「その噂は、かなり間が省略され、誤解を与えてる感じが……、商品が品切れで買えないと勘違いしそうです」
トアリーがフレイリアに小声で抗議した。
品切れではなく、怖そうな店員を見て、買えずに店を出てしまう人が多い、というのが噂の真相のようだ。
「お待たせ〜、ラドル、店番ありがとう!」
店の奥から可愛らしいお姉さんが出てきた。
「あぁ、あとは頼む……」
そう言って、大男は店の奥に向かうと、奥に入る直前、トアリー達を見て、
「ごゆっくりどうぞ………」
と、厳つい笑顔を浮かべた。
*****
しばらく3人は、思いのまま店の中を見ていたが、店の壁一面に商品が並べてあり、沢山ありすぎて、どれを選べば良いか途方に暮れる。こういう場合、店の人に相談するのが一番早い。トアリーが、まだ陳列していない商品を丁寧にホルダーに入れているお姉さんに聞くことにした。
「あの………すみません、どこに居ても会話ができるのってありますか?」
「どこに居ても……というのは、具体的にはどういったところでご使用ですか?森の中、水の中とかに特化したものもあります。全ての環境に対応となりますと、環境特化のものより精度が落ちます」
「環境としては、魔法陣の中とか、結界の中とか……」
「さすがにそういうのは……」
お姉さんが、トアリーの要望を聞き、申し訳なさそうな顔をすると、
「………あるぞ」
店の奥から目を光らせて、厳つい笑顔を浮かべた大男、ラドルが顔を出した。
「えぇっ!! ちょっと、ラドル!あれは………売り物じゃないでしょ」
お姉さんが怪訝な顔をする。
「ロサ・カエルレアのアドホックピアスだ。古いものだが、性能は確かだ。7つある」
ラドルがカウンターに敷いてある藍色のマットの上に並べていく。
「あの、これは売り物ではないと………」
トアリーが戸惑いながら聞くと、
「その制服を着てるってことは、レイトーリア魔法学院のマギかナイトだろ?」
ラドルの言葉にフレイリアとトアリーの2人が頷いた。
「……ってことは、これがどうしても必要な状況の研究か、この国自体がそういう状況になっているか……、まぁ、詳しいことは聞かないが、今、ここでこれを出さなければ、後々後悔しそうだからな、オレが」
ラドルがニヤリと笑い、さらに凶暴な雰囲気になった。それを聞いた店のお姉さんは、「しょうがない人ね……」と呟き、表情を和らげた。
ラドルが3人を手招きし、
「好きなのを選んでいいぞ、まぁ、どれも同じ形だが」
と言うと、フレイリアが、感激した様子で、
「ありがとうございますっ!」
と言い、カウンターに近寄ってピアスを選び始めた。
制服の信用力、恐るべしっ!!
キリュウは、じっと目を見開いたままカウンターのロサ・カエルレアのアドホックピアスを見つめて、動かない。
「………キリュウ?」
トアリーが止まったままのキリュウに話しかけた。
「……信じられない。本当にあったんだ……」
キリュウは、ゆっくりとカウンターへ進んだ。
「ボクは、作り話だとばかり思ってたんです。偉大なるはじまりの魔術師7人が、国を作るにあたり、魔法陣の中で誓いを立て、そのときに奇跡の花の花びらを1枚ずつ身につけたという話……童話向けに後付けされたんだと思い込んでた」
ロサ・カエルレアのアドホックピアスを1つ、手に取り、光にかざすと、青さが増した。
「奇跡の花?」
トアリーがキリュウに聞くと、ラドルが代わりに答えた。
「そうだ、………または、夢が叶うと言われている花だ」
フレイリアが、にっこり微笑み、
「それでは、ロサ・カエルレアのアドホックピアスを3つください」
3つ選び、ラドルにピアスを渡した。
「じゃあ、使えるようにリンクさせるから、3人とも学生証を……」
「はい!」
フレイリアとトアリーは、袖についているマギとナイトの印が刻まれたカフスを外した。
キリュウは、襟についているレイトーリアの印が刻まれたピンバッチを外してラドルに渡す。
ラドルは、3つのロサ・カエルレアのアドホックピアスと、フレイリアのカフス、トアリーのカフス、キリュウのピンバッチを並列に並べ、詠唱した。
「全てを知りうる、はじまりのパトロナス……、我らに何処の魔法の中においても通ずる力をロサ・カエルレアに与えよ!」
魔法陣が現れた瞬間、それぞれのアドホックピアスから3人のカフスとピンバッチに七色の光のラインが伸びた後、一瞬、魔法陣が強く輝き、消えた。
「ほら、終わったぞ」
ラドルがフレイリアにまとめて渡した。
「ありがとうございます。……あの、いくらになりますか?」
フレイリアは受け取りながら、値段を聞いた。
「予算はいくらだったんだ?」
「確か……3つで金貨3枚に銀貨6枚です」
ラドルの質問にトアリーがメモを見て答えた。
「じゃあ、それでいい。ルキ」
ラドルがお姉さんに向かってそう言った。
ルキと呼ばれた店のお姉さんは、「はい」と頷くと、魔道具を取りだし、トアリーの前に置いた。
「じゃあ、ロサ・カエルレアのアドホックピアス3つで、金貨3枚と銀貨6枚ね」
「はい」
トアリーが魔道具の上にカフスをかざすと、魔法陣が現れ、会計が済む。
「どうもありがとうございました。また店に来てくださいね」
ルキがにっこり笑って言った。
「いいえ、こちらこそ貴重な売り物でない物を売ってくださってありがとうございます。大切にします」
トアリーがそう言って、騎士の挨拶をした。
3人は、その場で早速、片耳にピアスをつけた。青い花びらが、淡い光を宿し、煌めいている。そして、ラドルとルキに見送られ、3人は店を後にした。