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第四話



「元の世界に、戻れない?」



 絶句しながら、無理やり押しだした初音の言葉に、鬼の少女は首を傾ける。



「なんで戻れるって思ったんですか? ええと、言いましたよね? 三途の川みたいなものだって。ここへ来る人は、みんな死んでるんですよ」


「ま、またまた。景子さんは現世と幽世を行ったり来たりしてるんでしょ? なら」


「私は鬼ですし……どうなんでしょう。鬼じゃない状態でここに来たことが無いので、なんとも」


「景子さんと一緒に戻れば」


「それたぶん、私のいる時代? 世界? に行っちゃうんじゃないかと思います。とにかく、やったことないので確証を持って言えませんけど」



 次々と、希望が立ち切られていく。

 そして、続ける言葉を失って、エルフの少女は残酷な現実と直面する。



「ま、まじで……帰れな……うわーっ!?」


「まあ落ち着こうぜェ、嬢ちゃんよォ」



 ぽん、と初音の肩に手を置いたのは、リーゼントの男。山田正道だった。

 同じ境遇にあるはずなのに、この壮年の男はまったく動じていない。



「むしろなんであんたは落ちついてられるんだよっ!」


「人間、死ぬときゃ死ぬもんだぜェ。大人しく地獄にいってそこを制覇するのもいいじゃねえかァ。ああ、ちびっこい嬢ちゃん所の世界の織田のに会ってみるのも、面白れェかもしれねェなァ」


「なんでそんなに覚悟完了してんだよ!? というか私は興味本位で地獄になんか堕ちたくないよっ!!」


「嬢ちゃんの世界の織田のは、どんな奴だろうなァ」


「知らないよ! まだ信長生まれてないよっ!」


「私は山田さまの世界の大殿と、お話ししてみたいですねえ」


「そっちも、なんでこんな状況に置かれててほのぼのできるんだよっ!」



 信長の話題になって、口をはさんできた羽柴景子に、初音はツッコミを入れる。

 鬼の少女はにこやかに言った。



「私はわりと慣れてますし……鬼たちが“鬼門”を展開しまくる戦場に比べたら、ここなんて平和なものですし」


「私、たとえ生き返れるとしても、景子ちゃんの世界にだけは行きたくない……」



 エルフの少女は遠い目をして言った。

 客観的に見れば、彼女が初期に置かれていた状況も、たいがい絶望的なのだが。



「まあ、こっちにいらっしゃったとしても、肉体が無いので、生き返れるわけじゃないと思いますが。浮遊霊状態ですね」


「なにこの詰んだ感」



 笑うしかない。

 乾いた笑みを浮かべる初音をみて、鬼の少女は両手をぎゅっとにぎって元気づける。



「ま、まあ、私も試したことが無いので、戻れるかどうか試すだけ試してもよろしいんじゃないでしょうか? 私が居る限りは、不穏なものは寄せ付けませんし」


「……不穏なもの?」


「三途の川の渡し守とか脱衣婆とか、あるいは怪物や悪霊の類ですが」



 たしかに。

 三途の川といえば、その手の化物や獄卒がつきものだ。

 見当たらず、またその気配もなかったので、なんとなくこの場所には居ないのだと思っていた初音にとっては、不意打ちだった。



「……居るの?」


「聞いたところによると、居るらしいですね」



 長い両耳をピコピコさせて周囲の音を探りながら、エルフの少女が尋ねると、鬼の少女はあっけらかんと答えた。



「――私自身は避けられてるのか、会ったことは無いんですけど――ちょっと、初音さん、どうしたんですか? そんなにしがみつかれると、私動きにくいんですけど」


「景子さんが怖い話するからだよっ!」


「……化物かァ。会ってみてェなァ」


「おっさんはおっさんで反応がおおらか過ぎるっ! あり得ないだろ!?」



 叫び過ぎて、初音は肩で息をする。

 気がつけば、初音は吹っ切れていた。



「わかった! こうなったら徹頭徹尾、景子さんに頼るしかない! 私は元の時代に帰りたい。だから、帰れないかいろいろと試す。だから、その、景子さん。ずうずうしいお願いかもしれないけど、怖いのが出ないように守ってほしいんだ。お礼は、私ができることならなんでもするから」



 初音が頭を下げる。

 鬼の少女はにこりと笑って頷いた。



「いいですよ。お礼は、さっき教えていただいた、醤油の作り方で十分です」


「え? いいの? そんなで」


「何を言ってるんですか初音さん。貴女は餅の世界に革変をもたらしてくれたのですよ! 世界を救ったに等しい大偉業です!!」


「醤油の話してたよね? なんでお餅?」


「何を言ってるんですか。醤油と餅は黄金のカップルです! ああ、夢にまで見た醤油! 餅に欠かせない麗しの調味料よ!」


「そんなにお餅が好きなの?」



 思わず問うと、幼い少女は高速で喰いついてきた。



「私は家族の次に餅が大切なんです。でも、戦国時代には、餅と合わせるのにまだ味噌しかないんですよ! 醤油が無かったんですよ! そりゃあ、味噌だって餅に合います。ちょっと醤油臭い味噌は、今では餅に欠かせない調味料の一つです! でもでも、醤油という選択肢がない! これがいかに絶望的なことか、わかりますよね初音さんっ!」


「お、おう……」



 眼光が異常だ。

 初音は気押されながら生返事するしかない。



「ですよね! 餅は素晴らしい、人類の至宝――いや、天上の食べ物なんです! 至上極楽の食べ物なんです! 山海の珍味をことごとく集めたとしても、その中で選ばれるべきただひとつの食べ物なんです! その御恩に報いるためならば、私は人と会っては人を斬り、鬼と会っては鬼を斬りましょう! 餅の修羅となりましょう!」


「お、おう……そういえば、おっさんは?」



 妙にテンション高く腕を振り上げる羽柴景子。

 初音は助けを求めて辺りを見回すが、リーゼントの男の姿はない。



「……ああ、山田さまですか? “化物かァ。会ってみてェなァ”って言いながら、ふらっと歩いて行かれましたけど?」


「大物すぎる!」



 初音は思わず叫んだ。

 三途の川で物見遊山など、まともな神経ではとてもできない。



「……なんだかあの方は、放っておいても現世に戻れちゃってる気がします」



 どうも印象をダブらせる人物がいるのか、鬼の少女は遠い目をしてつぶやいた。

 初音もまったく同じ意見だった。



「さあ、それじゃ私も戻る方法を探そう」


「おつき合いします。道すがら、餅の素晴らしさでも語りながら……そもそも餅と言うのは――」



 ゲームで逃走不可の敵相手にひたすら逃走コマンドを連打している気持ちになりながら、初音は川の音を背に、鬼の少女と歩き出した。







 初音が目を覚ますと、丸太に押しつぶされていた。

 いや、暖かい。腕だ。丸太のごとき腕が、初音の胸の上に乗っかっていた。

 こんな腕の持ち主は、初音の夫である三浦荒次郎しかいない。寝返りを打った拍子に、この七尺五寸の巨体の主は、その巨大な腕を初音の上に乗せてしまったのだろう。



「う、う……荒次郎、重い」



 息苦しさを通り越した圧迫感に、必死で声をあげると、目を覚ました荒次郎が、気づいて手を退けた。



「エルフさん。腕で敷いていたか。すまない」



 重しが取り払われて、エルフの少女はようやく人心地ついた。

 腕だけとは言え、荒次郎の巨体に見合う巨腕である。重量は相当なものだった。



「はあ、はあ……荒次郎。マジで洒落になってない。おかげで臨死体験したんだから」



 荒い息をつきながら、ちょっぴり涙目になって抗議する。

 それから。「すまない」と叱られた子犬のように頭を下げる荒次郎を尻目に、初音は遠い目をしてつぶやいた。



「ああ、餅が食べたい。餅は素晴らしい、天上の食べ物ナノデス」



 それから、エルフの少女は醤油の開発を強硬に主張する。

 城中のみんなに、「ああ、また奥方の病気か」と生暖かい目で見られたという。


 とある物語の、ほんの脇道。

 不思議な、不思議な物語。




番外・もし彼らが出会ったら


佐保田河内守「主夫婦の暴走で胃の腑が痛い……」

加藤図書助「山田党の奇行で胃の腑が痛い……」

佐保田河内守「!!」

加藤図書助「!!」

二人「(ガシッ」


結論……一瞬で理解りあえる。


鬼姫/エルフ/リーゼントにおつき合いいただき、ありがとうございました!


当エピソードも関係しております、影武者/エルフ/マルティストの番外編、「その後の大軍師初音さま」

エルフさんがその後の日常ととある歴史上の大事件について、不定期につぶやいております。

つぶやきのまとめです。その壱 http://togetter.com/li/722162

           その弐 http://togetter.com/li/723825



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