第三話
「おっさんの不良だ」
暴言に晒された巨漢は、眉をひそめた。
不快、というよりも、どこか困った風情で、視線は景子たち二人、特にエルフの少女、初音に向けられている。
「おォ……」
と、唸りながら腕を組み、巨漢はしばし、悩んだ様子を見せて。
「はろォ!」
ずびし、と手を前に出して、自信たっぷりに言った。
「ミィ! 山田正道! バイク! カワサキ! ヤマハ! ヒーィト!!」
空気が凍てついた。
どやぁ、と腕を組む巨漢に、初音たちはあっけに取られた。
(なあ、あれ、英語のつもりかな?)
(ええ。しかもあの自信満々な態度……意思疎通できてるつもりみたいですね)
少女二人が、頭を寄せ合って相談する。
(知ってる英語並べてるだけじゃねーか。いや、英語ですらない日本のメーカーとか混じってるし。なんであそこまで自信満々なんだよ……つかなんで英語)
(初音さんが金髪碧眼だからじゃないですか?)
(ちゃんと日本語喋ってたのに……景子さん、ちょっと話しかけてくれる?)
(ええっ? 私がですか!?)
(私が話しかけたら、また変な言葉で話しかけてくるかもしれないだろ)
(うう……いやだなあ。あの人絶対我がまま度高いですよ。森勝蔵さまくらい)
(鬼武蔵並みっ!? というか知り合いなの鬼武蔵とっ!?)
交渉役を押しつけられた景子が巨漢にむかい、おずおずと口を開く。
「す、すみません。貴方はどなたでしょうか」
「山田正道よぉ」
と、巨漢はリーゼントを誇示しながら胸を張る。
素性を尋ねたのだが、まったく伝わっていないらしい。
頭を押さえながら、幼い少女は友好的な笑顔を崩さず、問いを重ねる。
「はい。山田さんは、どうしてこちらに?」
「おォ、それよォ。ここぁどこだァ?」
「三途の川ですが」
「サンズのカワァ?」
――あ、だめだ。このおっさん絶対わかってない。
景子もそう思ったのか、言葉を添える。
「死んだあとに来る場所です」
「ほう? じゃあオレぁ死んだのかァ? ずいぶん早く来ちまったなァ」
しみじみと。不敵に笑うリーゼント。
「――織田のには、すまねえことしたなァ。オレの夢につき合わせといて、さっさとくたばっちまうなんざぁ……ヒートじゃないぜェ」
「あの、微妙に聞き逃せない単語があるんですけど……貴方は何者なんですか?」
「山田正道よォ」
そんな山田正道と粘り強く異文化コミュニケーションをとり、景子と初音はようやく満足に足る情報を引き出した。
正道もまた、現代から戦国時代に仲間とともに飛ばされた人間だという事。織田信長の妹婿だということ。伊勢湾圏内に幅広く交友があること。
結果。
「ラーメン? お菓子? オート大八車? モーター小早? スクリュー船? 外洋進出してハワイに行ってる? ふ・ざ・け・る・なっ!!」
初音がキレた。
仲間である三浦荒次郎や猪牙ノ介からダメ出しされまくって実行できなかった現代技術無双がそこにあった。
伊勢湾経済圏を一手に握る山田党の財力。
一流の職人に現代技術の産物を研究させることによって起こった技術革新。
なにより、大都市化した熱田という巨大消費地の存在が、さまざまな開発を成功させたのだということを理解していないあたり、同じことをやろうとしても失敗していたに違いない。
「なるほどなァ。似た境遇もあったもんだ。しかし、そっちの織田のは死んでるのかよ」
「本能寺の変ですね。そちらの大殿が助かったのは幸いです」
ヒートしてるエルフの少女を尻目に、話す幼女とリーゼント。
たがいに時代が近いこともあって、共通の話題で盛り上がっている。
それから、しばらく話しこみ。
「さて。そろそろ戻りたいんだけど」
冷静になった初音は手を打った。
三途の川だという場所にずっといるなんてぞっとしない。
それに対し、“鬼”の少女は不思議そうに首をかしげた。
「え……戻る?」
思いもしない言葉を聞いた。そんな表情だった。
番外・もしエルフさんとシゲルが出会ったら
シゲル「わいは歴史を知っとるんじゃー!」
初音「!!(ピカーン」
――数時間後
初音「で、信長公記だとこう記述されてるんだけど、兼見卿記だと~」
シゲル「(白目)」
初音「ほらしっかりするんだ! 私に戦国時代を語らせたら一月だって二月だっていけるぞー!」
結論……歴オタに餌を与えないでください。