レンネベルンの七英雄
エピローグです
数万年に渡ってこの世界にあり続けた破壊神ガリナータを討ったのは七人の英雄だったという。
レンネベルンに与えられる強大な力を授けられたはずの彼らを率いるレンネベルンの男は奇妙なことにその力をわざわざ捨てて人の身で神に挑んだという。
一説にはレンネベルンの力は逆に神に対して不利になる力だから捨てたのだ、というものもあるが真実は定かではない。
明らかな事実は神話時代、ミナシャ期、ケスタ期、紀元前、そして今から1000年前までおよそ5万年もの間存在し続けていた古の邪神は彼らによって討たれた。それだけである。
どうしようもなく飽きた。おそらくはこの飽きは癒せまい。きっとあの幼き少女との僅か数年間が逆に孤独に耐えられなくしてしまったのだ。もう何年自分が作り上げた数万キロにも及ぶ高さの天空峰に籠っているかわからない。人と言葉を交わしても孤独の呪いが人との共存を死を以って阻むだろう。ならばもう人と関わらずあの忌々しい復讐の神が飽くまで待つことにしよう。そう思い待ったのだ。
どうしようもなく飽いた。世界を見て回ってもおそらくこの飽きは癒せまい。人に逢いたいわけではない。人と今更交友を持ちたいわけでも無い。ただ、この世界で何をする気も起きなかった。あの終生までの付き合いになると思っていたレンネベルンはあの両性具有者の楽園だったあの時代から一度も来ない。
誰、だ。
年がな一年眠ることも増えた私の住処に誰かがやってきた。人間族か。先頭に気の強そうな悪戯小僧がそのまま成長したかのような赤髪の初老の男がいた。どこかで見た覚えがある。次にどこか優しげな印象を受ける金髪碧眼の少女がいた。どこかで見た覚えがある。次に白髪のどこか生意気そうなだが、何故かどこか人の良さそうな三白眼の男がいる。どこかで見た覚えがある。次に黒髪黒目のどこか懐かしい印象を受ける少女めいた美少年がいた。どこかで見た覚えが、ある。次に兄弟なのだろうか。黒髪に紅目の幼い少女がいた。どこかで、いやよく見た覚えがある。次の男も、その次の女も何故かどこかでも見た覚えがあった。誰か僅かなりとも交流を持った者の子孫なのか。いやもう文明は滅び子孫などいないはずだ。ただの気のせいだろう。
「真の名を失いし偽りの名を与えられし破壊の神に祭られた呪われたただの男よ」
「遥か古の復讐を遂げに来たぞ」
初老の男が高らかと良く通る声で宣言した。
「誰だ? 遥か古とはどういうことか、レンネベルンか? あれは一人のみでしか来れぬはず」
「あの力は捨てた。そして仲間と共ここまで来た。何と呼べば良いか分からぬ名も無き男よ。レンネベルンの歴史に俺が終止符を討とう。人の力で」
「は、ははははっ!」
馬鹿みたいな笑い声を上げてしまった。もう死ぬこともないだろうと思っていたのに、今更条件を満たした者がやってきたのだ。一体そこに至るまでにいくらの時をかけたと思っているのか。いや、自分があの事実に気付いた時にばらしてしまえば済んだ話だ。ただ、レンネベルンに自分からつまらぬネタばらしをするのを躊躇した。その結果がこの飽きるほど長い自業自得の生だったのだろう。
ようやく、気づいたのか。
「ふん、山をも砕き、空をも自在に飛び回る、強大な力を自ら捨てて破壊の神たる私に勝てると思っているのか?」
「勝てるさ。レンネベルンのあれはお前に力を与えたこの世界の神と同じ神の力。あれを以っては上位の神の力を持ったお前は倒せない」
どこかで見た黒髪の少年が引き継ぐようにどこか高潔さを感じる声で言った。
「沢山書かれてる神が出てくる物語ではな。悪い神様を倒すのはいつだって神じゃなくて人間なんだぜ。レンネベルンの力で人間から下っ端の神様になったんじゃ勝てるものも勝てねえよ」
どこかで見た白髪の三白眼の男が言葉の端々に愉悦を混じらせながら言った。
「人として、この世界を見守り続けてきた貴方に、眠りを。私の望みはそれだけです」
金髪の少女が静かに言った。
「万年童貞こんにちは。一度だけ童貞を捨てる機会があったのに女にあれがついているのが嫌だって拒むから童貞こじらせちゃって不貞寝しちゃってるじゃない」
下品です! と金髪の少女に怒鳴られながらよく見た覚えのある黒髪幼女がにやにやと笑いながら言った。
終わりを齎しにやって来たぜ、と男が言った。不貞寝の時間は終わりだ、と女が言った。
「果たしきれなかった母への復讐に何度目かの新しい自分になって来たぞ、呪われし最強よ」
いつかどこかで見た始まりのレンネベルンが言った。
もう何万年もいとも容易くこの世界のどの存在も退けてきたはずなのに、割とあっさりと負けた。激闘すらなかった。運動不足がたたったのよ、と黒髪幼女が股間を踏みつけながら妙に嗜虐的な笑みを浮かべて言った。下品なことはやめてください! と幼女を引きはがしながら、寝すぎて寝ぼけちゃったんですよ、と金髪の少女がどこか優しげに言った。変わらないな、とその騒ぎように微かに笑みがこぼれた。
ここまで来る苦労を返せ、こんなしょぼい戦いねーよ、と三白眼の男が言った。そういえば喧嘩が好きだったなとらしい姿に微かに笑みが浮かぶ。
きっともう、とっくに終わっていたんだよ。とこちらをどこか優しくどこか厳しく、どこか高潔な雰囲気を漂わせる黒髪の少年が言った。立派な勇者になったじゃないか、と他人のことながら嬉しくなった。
成長したもの、変わらずあったもの。懐かしさを覚える。そうか。終わりを与えに来たのはこいつらか。
「あれだけ、強大で、暴虐を振りまいた男が堕ちたものよ」
「悪いな。生き過ぎて腑抜けたようだ、お前の望む強くて格好良い男はもういないらしい」
「抜かせ」
強靭な意志を以って悠久の時を過ごし復讐を果たした男は不快だと言わんばかりに吐き捨てた。お前はきっと私などよりずっと心は強いぞ、と思ったがどうもこの男に素直に言ってやる気が起きずに心の中だけでとどめておいて最期まで黙したままでいようと思った。
何の因果か、それともあの神が戯れにお涙頂戴の劇を演じさせようとしたのか分からないが。
私にとってだけは悪くない。
「まあ、振り返ってみれば」
一人でいる時間が大半だった気がするが
私にとっては悪くない。
私をのぞき込む様々な色をした瞳をその目に映しながら
「悪くは無かった」
どこか眠りにも似たそれに恐怖を覚えることをなく私は身を委ねた。




