邪神ガリナータの悪退治
偶に思う。
やはり人間は怖いものだと。
力ではなくその性格が偶に恐ろしい。
理由が分かった。というよりも正直現在危険だ。クレナイが。
「ねえ、ちょっと剣を貸してくれない? 聖剣一回持ってみたかったの」
見渡す限り平原で、ここで一泊しようとテントを組み立て食事も終わり見張り番以外はもう眠るか、という時間になったとき皇女が唐突にそんなことを言い出した。良いよ、とあっさり渡すクレナイに妙に嫌な予感がした私はやめろと叫ぼうとして、後ろに攻撃を加えられた感覚を覚えて振り返った。
「攻撃が効かない?」
「気を付けて、妙な術を展開している可能性がある」
何となく予想はついていたが振り向くと旅の仲間だったはずの女達が武器と杖を持って構えていた。
「あーなるほど。だから嫌な予感がすると言ったんだ。この女達は絶対裏切る、とな。勇者! 持て!」
取り出した短刀を勇者に向けて投げる、攻撃魔術で妨害しようとした聖剣もどきを持った皇女に攻撃不可の呪いを打ち込んだ。
「な、何だよ」
何も手元にないのはさびしいのだろう。反射的に手を差し出して受け取ったクレナイに口を開く。
「その剣は聖剣でも何でもない、おそらく性能がだいぶ高いだけのただの魔力剣だ。つまりお前は……いやそれは後でいい。その女は敵だ! というよりもここにいる女は全員敵だ。殺さないと切り抜けられんぞ!」
「は?」
「クレナイ、何言ってるの? こいつが親玉よ。こいつが邪神ガリナータ本人。こいつ素知らぬ顔で今まで私たちを騙していたの! 私はこいつの術で魔術が使えないの。倒すわよ! 世界平和のために!」
正解をついているのが悲しいが本気で言っているわけではないのが笑えてしまう。
「クレナイ、お前はおかしいと思わなかったか? 世界を闇に陥れる世界規模の存在のはずの八魔将が全員何故かこの国に集合していたのを」
「それは勇者を倒すためでしょ。勇者を倒すために奴らは集まった。何言ってるの?」
馬鹿にした様子で言う皇女。正直その可能性があったなと今気づいた。
「最初に出会ったトンソクもそうだがあんないかにも怪しいやつらが街の外から攻めて来たならともかく街の中から出てきたのが三回もあった。あんな怪しいやつらが街の中に入ってきていた、だ。まるで人間の方に裏切り者がいるみたいだ、と思わなかったか」
「い、いや」
「そんなの幻覚の術か何かを使っていただけでしょう。人に化けていただけ。それだけよ」
……それがあったな。
「まあ、そうかもしれないな。だがお前は完全に裏切り確定だ。おそらく私が予想以上に強くて倒せなくて殺そうとしていたクレナイを味方につけるしかなかった。だがもうお前は言い訳できないことをやっているさ」
「は?」
「クレナイ。さっきこの女はこういったな『こいつが邪神ガリナータ本人。こいつ素知らぬ顔で今まで私たちを騙していたの! 私はこいつの術で魔術が使えないの。倒すわよ!』……私をを倒すはずなのにその直前でお前の一番の武器を自分に渡してくれは無いだろう。あと、この場所。人目につかないで誰かを埋めるのに最適だと、思わないか? 誰がこの道を提案したんだったかな」
「はっ口ばかり回って」
「そういえば後、この国ってそこの皇女様の国と冷戦状態にあるそうだぞ。あとついでにもう一つ疑問があったんだがな」
「何?」
「最後にまとめて襲ってきた八魔将、最初の三体に比べて竜の一体を除いて妙に弱かった気がしないか? 例えばそこの皇女様の国が魔族と手を組んでいて、八魔将の半分を勇者に倒させて残り四体は影武者だった。八魔将を勇者クレナイが倒したという実績を作った後クレナイは謎の暗殺。これは皇国の忌々しく思っていたこの国が行った仕業に違いない。世界を救うはずだった勇者を己の私利私欲で殺すとは何事か。報復に戦争を仕掛ける! という筋書きが俺にはちらついて仕方ないな。仲間になった女は実はみんな皇国の手下でした、か」
皇女は笑った。嘲笑、と言える。この顔見せるべきじゃなかったよな。目的は達したし問題ないか。クレナイにはっきりとした疑念を植え付けた。問題ない。
「頭湧いてるんじゃない? 何妄想垂れ流してるの?」
「ではその剣、返してやるべきだな。お前たち程度で私は倒せんぞ? 『勇者』の力がいるのではないか?」
「必要ないわよ。この剣」
「誰にでも使えるもの」
そもそも裏切りを認めてしまったので疑念植え付けてこちら側にどうこうという考えは意味が無かった。
「そういうことかよ。俺、勇者でも何でもなくてただの偽物ってことだったのか」
女一行は特に問題なくこの世から去っていったので落ち着いて話をすることにした。
「まあ気にすることは無い。時に魔物よりも人間の方がよほど恐ろしい、という教訓が得られて良かった、あるいは短い間綺麗な女と遊べてよかった、と前向きに捉えれば良いだろう」
「腹の中は真っ黒な女どもだったけどな」
「はは。まあ現実なんてそんなものさ」
「男も女も汚いなぁ」
「良い奴もいれば悪い奴もいる、だろう。性別より人の良さで判断するべきだと思うがな。まあ私は悪い奴だろうが。牙が今は抜けているだけで昔は大悪人だったわけだからな」
まあ今もたいがい人を殺してはいるようなきはするから大悪人のままかもしれないが。
「そうだな、男女で区別するのは違うか。良い奴は少ないけどいるだろうしそいつらと友達になるのが目的にするか!」
「そうだな、後は」
「勇者になってみるか?」
眠っているところを襲えばまだよかったものを騙されてどんな気持ち、ねえどんな気持ち、をやろうとしてドジを踏んだ皇女様は仲間ごとこれで退場です。




