後悔する女
お互いに恋人がいるのに、執着しあう幼馴染みがくっつく話です。
人によっては全く納得いかないと思います。不快になったら即読むのをやめてください。誤字脱字その他ご指導は大歓迎です。
「まもちゃんはさ、きっとしあわせになるよ」
常磐がわらう。何時もみたいに手を伸ばそうとして、春樹がシャワーを浴びているおとがそれを咎めた。それと同時に、真中さんからの着信音があって、きれいに笑んでいた常磐の顔が歪んだ。携帯を開く、軽いおと。それがひどくおそろしくて、わたしの声は少しだけ、震えているみたいだった。「まるで、関係ないみたいにいうのね」
「関係、ない、からね。まもるを幸せにするのは、春樹でしょ」
そうね、と、自分に言い聞かせるつもりで頷いた。どうしようもなくあきれたとき、左右非対称に笑む自分が嫌いだった。わたしとおんなじような顔の歪ませ方をする常磐も、嫌いだった。雨みたいなシャワーの音のせいで、涙が目から引きずり出されてしまいそうで、不安で、手のひらで顔をおおった。常磐がんん、と困ったように声を出す。ざあ、ばしゃん、春樹がすぐそばにいる事は怖くもあり、暗闇で光る道標のような安心感もあった。
「どうしてこうなったのかしら」
幼なじみだったわたしと常磐は、気が付けばそれぞれに相手をつくり、友達の彼氏、彼女の関係になった。それが嫌なわけじゃなかった。真中さんの事は良い友達だと思っているし、妙な噂に辟易することもなくなった。居心地は良いのだ。
「まもちゃんがさ」と常磐がいう。
「わたしのせいだっていうの?」
「そういう訳じゃない、けど。まもちゃんが嫌だっていったんだよ」
何を、と聞く前に、風呂場のドアが開いた音がした。常磐が眉をひそめ、わたしをみる。
春樹はほんとうに、わたしが間違わないようにしてくれているように思えた。これ以上聞いてはいけない、このままでいい。そうしていないと春樹のいる意味がなくなってしまう。暫く黙ったままでお互いに目を伏せていると、軽い足音がした。わたしはそちらに向かって走る。逃げているようで悔しくて、助かった、とも思えた。
「あれ、テレビ見てたんじゃないんだ。話し声したんだけど」
「つまらないからたったいま、消したの。なにかみたいもの、あった?」
「もう帰るからへーきだよ、ありがとー」ヘラヘラと気の抜けた笑みを浮かべている春樹に安心する。春樹の事が好きだわ、ちゃんと、好きだわ。
「泊まっていけばいいのに」
ちょっとしょげて見せるとあせるところとか、「次はね」と笑ってわがままを聞いてくれようとするところ。大丈夫よ、間違えたりしないから。
繰り返し、繰り返し、言い聞かせる、信じる、思い込む。冷静になってみれば、私達がそれぞれに別れて、付き合い出すこともおかしくはないことだった。でも、すごくいけないことのように思えたのは、わたしが常磐を愛してしまっているからなのだろう。家族と同じように、けれど家族よりも後ろめたい気持ちで。
「じゃあ、また明日ね」
そういって春樹が背中を向ける。わたしと常磐がそれぞれに返事をして、春樹を見送る。ひんやりとした空気のなかに春樹がいなくなっていくのを、少しばかり眺めて、それから、彼のために火にかけていた鍋のことを思い出した。「おなべ」
「さっき、止めたよ」穏やかな声で常磐が告げる。わたしは少し間抜けな声を出して、お礼をいった。いつまでいるの、と聞こうとして、止めた。春樹の分の夕飯を食べてもらわなきゃ、と思った。春樹の代わりに。
開け放しだったドアのせいで、玄関の空気は外と大差なくなっていた。鼻がじんじんといたんで、唇が震える。雪でも降ってしまいそうだなあと思いながら、ドアを閉めて、鍵を掛けた。常磐はもうリビングの、テレビの前のテーブルに張り付いている。違和感のない、いつも通りの風景。じわりと広がるように暖まっていく空気。痛かったからだのはしっこと、心臓がぴりぴりと痺れる。
「夕飯、食べてくわよね」
「……ん、食べるよ」拒否しないのね。無意識に顔が歪んだのだと思う。目をそらして、キッチンに向かった。いつもよりも少しだけ、早足で、パタパタと足音を響かせる。横目で時計をみる。冷え込みと暗闇のせいで、すっかり夜になったものだと思っていたのに、まだ、夕方といえていしまう時間だった。
春樹が好きなおでんが夕飯。帰りの遅い両親のために、鍋のなかいっぱいに煮込んである。卵と昆布巻き、餅巾着と、あと、常磐の好きな具は、と思い起こしながら、あれの胃の許容量を思い起こしながら、掬い上げる。「俺、もうちょっと食べるよ」
後ろから声をかけられ、息が止まりそうになる。「……びっくりさせないで」
「ごめん、ねえ、俺子供のまんまじゃないよ。もうちょっと」
「わかったわよしつこいわね、何がいいの」
わたしと、食べる量はあんまり変わらないと思ってた。蒟蒻はずっと嫌いなんだと思ってた。テーブルに並んだ器の中身は、なんだかわたしの方が子供みたいで、恥ずかしかった。食べる量も好き嫌いも変わらないね。そうやって笑った常磐に、うるさい、とぼやく。
思えばいつもわたしが常磐を追いかけていたのだと思う。だから、些細な違いが目について、彼だけが変わっていってしまったように思っていた。常磐の成績が上がれば私も勉強に精を出したし、生徒会に入ればそれを追いかけて。常磐が彼女をつくったから、わたしも彼氏をつくった。醜いとは理解していた。意味がないことも知っていた。身長が追い付かなくなったのはいつだろう、マラソンで差をつけられたのはいつだろう、お互いにお互いを諦めたのはいつだろう。きっと全部何もかも、私は常磐に勝てないのかもしれない。
「好きだし、セックスしたいと思ってる。でも、まもるは俺なんか家族だと思ってるだろ」
そうね、とわたしがうなずくと常磐は安心したように胸を撫で下ろした。ずっと、ずっと前の夏だったかしら。何であのとき、わたしも、と言えなかったんだろう。
わたしは一度だって、伝えたことはなかった。