気づかない男と隠せない少女
休日の朝だった。
診療所の裏庭で薬草を干していたオーウェンは、棚を確認して大げさにため息をついた。
「困ったなぁ」
わざとらしい声だった。
クルルが怪訝そうに振り返る。
「何がだ」
「薬草が足りない」
「買えばいいだろ」
「そうだな」
オーウェンはにっこり笑った。
「じゃあ行ってこい」
「俺が?」
「お前が」
即答だった。
クルルは肩をすくめる。
「分かった」
それだけ言って準備を始めようとした時。
「もちろんシャルロットも一緒な」
オーウェンが付け加えた。
「私も?」
居間にいたシャルロットが目を丸くする。
「最近街に出てないだろ」
もっともらしい理由を並べながら、オーウェンの口元は妙に楽しそうだった。
クルルは気づいていない。
シャルロットだけが、なんとなく意図を察した。
(絶対わざとだわ……)
だが断る理由もない。
結局二人は連れ立って街へ向かうことになった。
春の日差しは暖かかった。
街道には花が咲き始めている。
クルルはいつも通りだった。
隣を歩く。
荷物を持つ。
道が悪ければ自然に手を貸す。
それだけ、それだけなのに。
(近いわ……)
シャルロットは内心で頭を抱えた。
以前なら何とも思わなかった。
だが今は違う。
手が触れるだけで意識してしまう。
声をかけられるだけで嬉しくなる。
オーウェンに相談して以来、自覚してしまったのだ。
自分がクルルを好きなのだと。
「どうした?」
急に声をかけられ、シャルロットは飛び上がりそうになった。
「な、何でもないわ」
「そうか?」
怪訝そうな顔をされる。
シャルロットは慌てて前を向いた。
(落ち着きなさい、私)
だが無理だった。
隣にいるだけで心臓がうるさい。
街へ着いてからも同じだった。
薬草店で買い物をする。
市場を歩く。
雑貨屋を覗く。
そのたびにクルルは自然にシャルロットを気遣った。
「人が多いな」
そう言って人波から守るように肩を抱く。
「っ!」
シャルロットの顔が真っ赤になる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
全然大丈夫ではなかった。
クルルは首を傾げる。
おかしい。
今日のシャルロットは変だ。
さっきから落ち着きがない。
顔が赤い。
目が合うと逸らされる。
話しかけると妙に慌てる。
熱でもあるのだろうか。
いや、朝は元気だった。
考え込んでいると、今度はシャルロットが露店の前で立ち止まった。
小さな髪飾りだった。
白い花を模した可愛らしい品だ。
シャルロットは少しだけ眺めてから視線を逸らす。
買うつもりはないらしい。
クルルは何気なく値段を確認した。
そして次の店へ向かおうとするシャルロットを呼び止める。
「ほら」
差し出されたのは、さっきの髪飾りだった。
シャルロットが固まる。
「え?」
「気に入ったんだろ」
「そ、それは……」
「やる」
あまりにも軽い口調だった。
シャルロットの心臓が止まりそうになる。
クルルは何も考えていない。
本当に何も考えていない。
世話をしている同居人にちょっとした贈り物をしただけのつもりだ。
だがシャルロットにとっては違う。
好きな人からの贈り物だった。
「……ありがとう」
小さな声で呟く。
クルルは微笑んだ。
「似合うと思った」
とどめだった。
シャルロットは完全に黙り込む。
耳まで真っ赤だった。
クルルはますます首を傾げる。
(やっぱり体調悪いんじゃないか?)
クルルの出した結論がそこだった。
一方その頃。
診療所で薬草を整理していたオーウェンは、ニヤニヤと笑っていた。
「……あいつ、絶対まだ気づいてないな」
そう呟きながら、楽しそうに笑うのだった。




