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すれ違う日々

 春の柔らかな陽光が馬車の窓から差し込んでいた。

 シャルロットの事件から数か月。

 王都ではすでに新しい話題が次々と生まれ、人々の関心も移り変わっていた。

 もちろん、完全に忘れ去られたわけではない。

 だが少なくとも、セシリアの日常は穏やかさを取り戻していた。

 隣にはルカスがいる。

 それだけで安心できる。


「眠いのか?」


 書類から顔を上げたルカスが尋ねる。

 セシリアは窓にもたれながら小さく笑った。


「少しだけです」

「もう少しで休憩する」

「大丈夫ですよ」

 

 そう言いながらも、心地よい揺れにまぶたが重くなる。

 今回の旅は、ルカスの公爵家が持つ飛び地の視察を兼ねたものだった。

 公爵夫人になるための勉強の一環でもある。

 難しいことはまだ多いけれど、ルカスと一緒なら頑張れる気がした。


「着いたら案内してやる」

「楽しみです」


 セシリアは嬉しそうに微笑む。

 ルカスもそれを見て目を細めた。

 穏やかな時間だった。

 事件も陰謀もない。

 ただ恋人同士が旅をしているだけの時間。

 それが何より幸せだった。

 



 しばらくして馬車は田舎町へ入った。

 石畳ではなく土の道。

 小さな商店。

 行き交う人々。

 王都とは違う、ゆったりとした空気が流れている。


「のどかな町ですね」

「ああ。領民たちも穏やかな人間が多い」


 セシリアは窓から外を眺めた。

 広場では子供たちが走り回っていて、露店の店主は大きな声で客を呼んでいた。

 老夫婦がベンチに並んで喋りながら座っている。

 そんな何気ない景色を見ていると、不意に1人の人物がセシリアの目を引いた。

 

 一人の女性だった。

 

 広場の噴水の近くを歩いている。

 後ろ姿しか見えない。

 質素なワンピース姿。

 けれど、その金色の髪は陽光を受けてきらきらと輝いていた。

 

「綺麗……」

 

 思わず声が漏れる。

 

「どうした?」

 

ルカスが尋ねる。

セシリアは窓の外を指差した。


「ほら、あの方です」

 

 しかし、その時には人混みに紛れてしまっていた。

 

「見失いました」

「何をだ?」

「綺麗な女の人です」

「そうか」


 ルカスは特に気にした様子もない。

 セシリアはもう一度広場を探した。

 だが見つからなかった。

 ほんの一瞬だった。

 それでも不思議と印象に残る。

 後ろ姿しか見ていないのに、なぜか目が離せなかった。

 

「知り合いかと思ったのか?」

 

ルカスが聞く。

 

「いいえ」


セシリアは首を振った。

 

「でも、なんだか素敵な方だなって思ったんです」

 

 ルカスは小さく笑う。

 

「お前は人の良いところを見つけるのが上手いな」

「そうでしょうか?」

「そうだ」

 

 セシリアは照れたように笑った。

 馬車はそのまま町を抜けていく。

 広場の景色も遠ざかっていった。

 そしてセシリアは知らない。

 ほんの少し前まで、自分の人生と深く関わっていた少女が、その町で静かに暮らしていることを。

 春風が吹く。

 馬車は前へ進み続ける。

 少し前まで交わっていた二つの道は、すれ違ったままだった。


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