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第三十七話 午後の広場

改行減らしました!


ある日の午後だった。

珍しく仕事が早く終わったクルルは、少し気楽な気分で診療所の扉を開ける。


「ただいま」

「おう」


カウンターの向こうで薬草を仕分けていたオーウェンが顔を上げる。


「早かったな」

「今日は暇だったから」


そう言いながら部屋を見回す。

だが、いつも聞こえてくる声が聞こえなかった。


「……あれ?」


クルルは首を傾げる。


「シャルロットは?」

「ああ」


オーウェンは平然と答えた。


「買い物」

「一人で?」

「一人で」

「えっ」


思わず声が出た。

オーウェンは不思議そうな顔をする。


「何だよ」

「いや、だって」

「もう普通に歩けるだろ」


それはそうだ。

体力もかなり戻った。

最近では家事を手伝おうとして、逆にオーウェンに追い出されるくらい元気だ。

それでも、なんとなく心配だった。


「迎えに行ってこい」


オーウェンが言う。


「そろそろ帰ってくる時間だろ」

「……保護者かよ」

「お前が一番心配してるだろ」


クルルは反論できなかった。







街は穏やかだった。

午後の日差しが石畳を照らしている。

市場では商人たちが声を張り上げ、道端では子供たちが走り回っている。

クルルは広場へ向かって歩いた。

買い物なら大抵この辺りだろう。

そう思っていたから、広場の中心に人だかりを見つけた時も、特に気にしなかった。

だが、人々の隙間から聞こえてきた声に足が止まる。

歌声だった。

透き通るような、柔らかくて、優しい声。

クルルは目を見開く。

その声に聞き覚えがあったから。

人混みの向こう。

その中心にいたのは、シャルロットだった。


「……あ」


思わず声が漏れる。

シャルロットは広場の噴水のそばに立っていた。

周囲には子供たちが集まっている。

五人。

六人。

いやもっとかもしれない。

子供たちは目を輝かせながらシャルロットを見上げていた。

シャルロットは歌っていた。

楽しそうに。

微笑みながら。

風が吹く。

はちみつ色の髪が揺れる。

今のシャルロットは、王都にいた頃の豪華なドレスなど持っていない。

着ているのは田舎町の娘でも着るようなシンプルなワンピースだった。

飾りもなく、宝石もなく、化粧もしていない。

それなのに。

なぜだろう。

目が離せなかった。

光を浴びる姿があまりにも綺麗だった。

子供たちは歌に合わせて手を叩く。

シャルロットが笑う。

すると周囲まで明るくなる。

そんな気がした。

クルルはふと昔を思い出す。

社交界。

舞踏会。

煌びやかなシャンデリア。

豪華なドレス。

公爵令嬢シャルロット・シッティン。

誰もが振り返る令嬢だった。

けれど、今の彼女は何も持っていない。

家も。

地位も。

財産も。

記憶すら、失っている。

それなのに、昔よりずっと輝いて見えた。


「……やっぱり」


クルルは小さく呟く。


「公爵令嬢なんだな」


服装の問題じゃない。

宝石の問題でもない。

立ち振る舞い。

笑顔。

人を惹きつける何か。

それが彼女にはあった。

広場を通る人々も足を止めている。

老人も、母親たちも、商人も。

みんな自然と彼女を見ていた。

シャルロット自身は気付いていない。

ただ子供たちと楽しそうに歌っているだけだ。

クルルはその光景に見入っていた。

迎えに来たことも忘れて、声をかけることもできずに、ただ眺めていた。

あまりにも綺麗だった。

胸が少しだけ苦しくなる。

理由は分からない。

けれど、山小屋で死にかけていた少女と、目の前で笑う少女が同じ人間だとは思えなかった。

歌が終わって、子供たちが歓声を上げる。

シャルロットが少し照れたように笑ったその時、不意にこちらを向いた。

目が合う。

シャルロットの顔がぱっと明るくなった。


「クルルさん!」


大きく手を振る。

その笑顔に、クルルはようやく我に返った。


「……見つかった」


思わず笑う。

そしてゆっくりと広場へ歩き出した。

午後の日差しの中、シャルロットは楽しそうに子供たちへ何かを話していた。

その姿はまるで、長い冬を越えて咲いた花のようだった。



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