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第二十九話 死なせるものか

 

 クルルは、草陰から全てを見ていた。


 山小屋の中で、シャルロットとセシリアが向かい合っている。


 風が吹き込む音。


 途切れ途切れの会話。


 聞き取れない言葉。


 そして。


 セシリアの悲鳴。


「――っ!」


 クルルの身体が反射的に動きかける。


 だが。


 次の瞬間。


 ひゅう、と空気を裂く音がした。


 矢。


 シャルロットが崩れ落ちる。


「……は?」


 頭が真っ白になる。


 何が起きた。


 誰が射った。


 どういうことだ。


 クルルが混乱している間にも、状況はどんどん進んでいく。


 遠くから馬の足音。


 怒鳴り声。


 ルカスだった。


 大勢の部下を引き連れて、山小屋へ飛び込んでくる。


 セシリアの泣き声。


「ルカス様……っ」


「大丈夫か!?」


 必死な声。


 救われていくセシリア。


 そして、山小屋から、シャルロットは出てこなかった。


 クルルは草陰で唇を噛む。


 なんで、なんで誰も。


 シャルロットを見ない?


 いや、違う。


 見られないんだ。


 セシリアを刺そうとした人間だから。


 加害者だから。


 だから、誰も助けない。


 でも。


 でもあいつ、明らかにおかしかっただろ。


 あんな顔で。


 あんな身体で。


 あんな――壊れたみたいな目で。


 クルルは爪が食い込むほど拳を握る。


 やがて。


 ルカスたちはセシリアを連れて山を降りていった。


 馬の足音が遠ざかる。


 静寂。


 風だけが木々を揺らしている。


 クルルはしばらく動けなかった。


 心臓がうるさい。


 嫌な予感が、最悪の形で当たってしまった。


「……っ」


 クルルは草陰から立ち上がる。


 ゆっくり。


 警戒しながら。


 山小屋へ近づく。


 扉は開いたままだった。


 寒々しい室内。


 上部の窓から、冷たい風が吹き込んでいる。


 そして。


 床に。


 シャルロットが倒れていた。


「……!」


 クルルの目が見開かれる。


「おい!」


 駆け寄る。


 膝をつく。


「おい、シャルロット!」


 返事はない。


 ドレスの肩口には矢が刺さっていた。


 血が広がっている。


 白い肌。


 冷たい指先。


 息が止まりそうになる。


「おい、おい……!」


 触れた身体が、嫌になるくらい軽い。


 クルルは唇を噛んだ。


 なんだよこれ。


 なんなんだよ。


 社交界で一番綺麗だった女が。


 いつも背筋伸ばして、


 完璧に笑ってた女が。


 どうしてこんな場所で、一人で転がってるんだ。


「……くそっ」


 クルルは震える手で矢を掴む。


 深い。


 でも、抜かなきゃ運べない。


「我慢しろよ……!」


 返事のない相手へ言いながら、矢を一気に引き抜いた。


 血が溢れる。


 クルルの顔色が変わる。


「っ、ぅ……」


 微かな呻き声。


 生きてる。


 クルルは息を呑んだ。


「……生きてる」


 その瞬間。


 胸の奥で、何かが切り替わった。


 助けなきゃ。


 絶対に。


 クルルはシャルロットを背負い上げる。


 軽い。


 軽すぎる。


 骨ばっていて、まともに食事をしていなかったことがわかる。


 怒りが込み上げた。


 皇太子。


 ルカス。


 社交界。


 全部、全部こいつを壊した。


 いや。


 自分もだ。


 見て見ぬふりをしていた。


 異変に気づいていたのに。


 皇太子の側にいながら、笑って誤魔化して。


 結局、助けなかった。


「……っ」


 息が苦しい。


 山道を走る。


 シャルロットを背負ったまま。


 足場が悪い。


 転びそうになる。


 それでも止まれない。


「はっ……は、っ……!」


 肺が痛い。


 腕が痺れる。


 でも、背中の体温が、どんどん冷たくなっていく気がして。


 怖かった。


「おい」


 返事はない。


「おい、シャルロット!」


 叫ぶ。


「死ぬなよ……!」


 息を切らしながら、クルルは山を駆け下りる。


「お前は、善人じゃ、なかったよ」


 掠れた声しか出ない。


「でも……っ」


 喉が震える。


「こんなところで死んでいいような人じゃ、ないだろ……!」



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