第十三話 壊された誇り
シャルロットは動いた。
必死だった。
もう後がなかったから。
「……セシリア嬢は少々軽率なところがおありですわ」
舞踏会でさりげなく噂を流す。
「最近、ソナライド公爵家の使用人たちも困っているとか」
曖昧に。
でも悪意だけは伝わるように。
ルカスの屋敷の使用人にも近づいた。
「セシリア様って、随分自由なお方なのね」
柔らかく笑いながら。
まるで世間話みたいに。
本当はやりたくなかった。
自分でも醜いと思った。
でも。
シッティン家が頭から離れない。
父の疲れた顔。
減っていく使用人。
静まり返った屋敷。
全部、自分の肩に乗っていた。
だからシャルロットは、自分の良心を押し潰した。
だが。
何をしても意味はなかった。
セシリアは愛されていた。
ルカスに。
そして周囲にも。
「少し天然だけど、良い子よね」
「ルカス様、本当に大事にしてらっしゃる」
噂は広がりきらない。
むしろ、シャルロットの方へ冷たい視線が向き始めていた。
――まだ未練があるのね。
――見苦しいわ。
――婚約破棄された腹いせ?
その言葉が胸に刺さる。
でも否定できない。
だって本当に、未練があった。
ある日。
王都中へ大きな知らせが広がる。
ソナライド公爵家嫡男ルカスと、セシリア・アーヴェル伯爵令嬢の婚約正式発表。
舞踏会では祝福の声が飛び交った。
「おめでとうございます!」
「本当にお似合いですわ!」
セシリアは幸せそうに笑っている。
ルカスも、彼女を見る目だけは柔らかかった。
シャルロットはその光景を遠くから見ていた。
――終わった。
胸の奥が静かに崩れる。
十年。
ずっと好きだった。
でも結局、一度も振り向いてもらえなかった。
その日の夜。
シャルロットは再び皇太子に呼び出された。
王城の一室。
けれど今日は、空気が違う。
ぴりぴりと張り詰めている。
皇太子は窓際に立っていた。
振り返った顔を見た瞬間、シャルロットは息を呑む。
苛立っている。
そして焦っている。
隠しきれていなかった。
「……殿下」
シャルロットが震える声で呼ぶ。
皇太子はゆっくり近づいてきた。
「お前は、俺の命令を果たさなかった」
冷たい声。
シャルロットの肩がびくりと揺れる。
「も、申し訳……」
「謝罪を聞きたいわけじゃない」
遮られる。
皇太子の目が冷たく細まった。
「どう始末するつもりだ」
シャルロットの呼吸が止まる。
「お前に何ができる?」
一歩。
近づかれる。
「何を俺に提供できる?」
逃げられない。
怖い。
怖い。
「俺が選んでやろう」
その瞬間。
シャルロットは理解した。
本能的に。
――駄目だ。
逃げなきゃ。
でも身体が動かない。
皇太子の指が顎を掴む。
「っ……」
「せめて役に立て」
その笑みは、人間のものに見えなかった。
その夜。
シャルロットの尊厳は壊された。
どれだけ家が没落しても、どれだけ惨めになっても、最後まで守ろうとしていたもの。
全部。
奪われた。
帰宅した頃には、もう何も考えられなかった。
静かな屋敷。
暗い廊下。
誰にも会いたくない。
自室へ入った瞬間、力が抜けるように床へ崩れ落ちた。
涙が零れる。
止まらない。
でも。
声は出なかった。
以前みたいに泣き叫ぶ元気すらない。
ただ静かに、
壊れたみたいに涙だけが流れ続ける。
鏡台に映る自分がぼやける。
髪も、
ドレスも、全部ぐちゃぐちゃだった。
「……っ」
喉が震える。
でも音にならない。
惨めだった。
苦しかった。
悔しかった。
――どうして。
シャルロットは顔を覆ったまま、朝まで一人静かに泣き続けた。




