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前世から結ばれていた二人のせいで悪役になった令嬢は、記憶喪失になって救われる  作者: 予炉
第一章 捨てられた悪役令嬢は、誰にも救われない
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第十話 失われるもの

 

「……支援が、足りません」


 シャルロットは視線を伏せたまま言った。


 王城の一室。


 以前と同じ部屋。


 以前と同じ紅茶の香り。


 けれど今日は、空気がもっと重かった。


 皇太子はソファへ深く腰掛けながら、ゆっくり口元を歪める。


 まるで、その言葉を待っていたみたいに。


「そうか」


 静かな声。


 でもその目は愉しそうだった。


 シャルロットは無意識に指を握り締める。


 最近、状況はさらに悪化していた。


 融資は減り、領地の収穫も振るわず、使用人もまた辞めた。


 父はもう、ほとんど喋らない。


 もう限界だった。


「情報は渡しているはずです」


 シャルロットが小さく言う。


 ルカスの動き。


 セシリアとの関係。


 舞踏会への出席予定。


 知っている範囲のことは全て話した。


 だが皇太子は穏やかに首を傾げる。


「それだけでは足りない」


 ぞくり、と背筋が冷えた。


 皇太子は立ち上がる。


 ゆっくりとシャルロットへ近づいた。


 逃げ場を塞ぐように。


「お前にはもっと役に立ってもらわないとな」


 シャルロットの喉が小さく鳴る。


 皇太子は微笑んだ。


「ルカスとセシリアの仲を壊せ」


 一瞬、耳を疑った。


「……え」


「簡単だろう? 元婚約者なんだ。入り込む隙くらいあるはずだ」


 シャルロットの顔から血の気が引く。


「そ、んな……」


「できないのか?」


 優しい声だった。


 だから余計に怖い。


 シャルロットは唇を震わせる。


 セシリアは嫌いだ。


 憎いと思ったこともある。


 でも。


 ルカスが幸せそうに笑っていることだけは知っていた。


 あんな顔、初めて見た。


 それを壊せと?


「……少し、考えさせてください」


 やっとのことで絞り出す。


 皇太子は数秒彼女を見つめたあと、柔らかく笑った。


「いいだろう」


 許された。


 そう思った瞬間。


「だが、あまり待たせるなよ」


 その声音に、シャルロットの背筋が凍る。








 帰宅後。


 シッティン公爵邸の空気は異様だった。


 使用人たちがざわついている。


 父が書斎で怒鳴っていた。


「どういうことだ!」


 机を叩く音。


 シャルロットが駆け込むと、父は青ざめた顔で書類を握っていた。


「融資が……打ち切られた」


 シャルロットの呼吸が止まる。


「え……」


「突然だ! 昨日まで問題ないと言っていたのに……!」


 父の手が震えていた。


 シッティン家と長く付き合いのあった商会。


 最後まで残っていた融資先。


 それが、突然手を引いた。


 理由は不明。


 だが。


 シャルロットの脳裏には、あの男の笑みが浮かぶ。


 ――あまり待たせるなよ。


「……っ」


 寒気がした。


 偶然じゃない。


 わざとだ。


 皇太子は最初からこうするつもりだった。


 シャルロットは自室へ戻る。


 鏡の前で、崩れるように椅子へ座った。


 怖い。


 怖い。


 怖い。


 自分のせいで家が潰れる。


 使用人も、父も、全部。


「……どうして」


 ぽろりと涙が落ちる。


 こんなこと望んでいなかった。


 ただ。


 ルカスに愛されたかっただけだった。


 それだけなのに。


 気づけば、自分の周りは壊れていく。


 シャルロットは震える手で顔を覆った。


 そして翌日。


 彼女は再び王城へ向かっていた。


 まるで処刑台へ向かうみたいな足取りで。


 皇太子の部屋の前へ立つ。


 扉を叩こうとした手が震える。


 それでも。


 シャルロットはゆっくり拳を握り締めた。


 ――シッティン家のため。


 その言葉だけを支えにして。

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