第1話 グラナダ制圧
カタパルトデッキに、警報灯の赤が明滅する。重力ブロックを震わせる駆動音の中、四機のモビルスーツが射出位置に固定された。
「エリオ・グランツ! ファントム、出る!」
「ハル・ブレーメン! ファントム出ます!」
「サクラ・ニシミヤ! ドム、出ます!」
「リベア・エドウィン! ファントム、出る!」
号令と同時に、カタパルトが白い蒸気を吹き上げた。――射出。
四機の機体が、アルケリア連邦軍オルタ級強襲巡洋艦の艦首から宇宙へ叩き出される。後続して、六機の量産機イージスレイが次々と飛び立った。
ARN/PIT-09《ファントム》。ARGM-08《ドム》。
灰色の月面を眼下に、三機のファントムは即座に巡航形態へ変形する。鋭利なシルエットへ移行した機体が推進炎を引き、ドムは背部のウィングフライトシステムを展開。大型ブースターが火を噴き、編隊後方へ回り込む。
目標は月面都市グラナダ。
ノヴァコロニー自治連合のゲリラ部隊に占拠された都市の奪還。そして、建設中の戦略兵器の破壊――それが今回の任務だった。
「いいか、射出ポイントに入ったら全弾撃ち込め!」
エリオの声が通信回線を震わせる。
「了解!」
都市全域を覆う防御Iフィールド。通常兵器では突破不能とされたその障壁を破るため、全機に搭載された特殊弾頭――中和Iフィールド弾が用意されていた。
作戦の成否を握る、一撃。
「五……四……三……二――」
カウントが止まる。
「今だ! 撃てぇッ!!」
瞬間、十数発のミサイルが一斉に放たれた。
白い軌跡が宇宙を裂き、グラナダ上空へ殺到する。直撃。都市を覆っていた青白い障壁が赤熱し、不安定な光を放ちながら歪んだ。
そして――砕け散る。
「Iフィールド消失確認!」
「ファントム・ドム隊はセラフィムブラストを叩くぞ! イージスは援護!」
「了解!」
サクラのドムがイオンミサイルを連続発射する。爆炎の尾を引いた弾頭が施設上空へ降り注ぎ、続いてファントム隊のファンネルグレネードが展開。無数の小型弾頭がアンテナ施設へ突き刺さった。
セラフィムブラストの中継アンテナ群が火柱を上げて崩壊する。
「第一波、直撃!」
「第二波射出急げ!」
だが、その瞬間だった。
宇宙を裂くような閃光。
後方にいたイージスレイ三機が、ほとんど同時に爆散した。
「なっ――!?」
「セラフィムブラスト後方一二〇キロに機影確認! 識別出ました――サイコガンダムです!」
通信席の叫びに、空気が凍る。
巨大な黒い影。通常MSを遥かに超える巨体が、瓦礫帯の向こうから姿を現した。単眼センサーが不気味な赤を灯し、全身のメガ粒子砲門が光を帯びる。
「総員、一時待避! 一度引いて立て直す!」
エリオの号令と同時に、巨大な光条が宇宙を薙いだ。
ファントムが機体を捻り、ビームの脇を掠める。後方ではイージスレイが回避しきれず蒸発した。
「ビーム兵器だ! デカいのだけじゃないぞ!」
「敵増援確認――ゲルググです!」
さらに新たな警報。
「セラフィムブラストの起動を確認!」
「なんだって!?」
「照準対象は……オルタ級です!」
ブリッジに沈黙が走る。
このままでは旗艦が消し飛ぶ。
「クソッ……! なんとしてでも起動を止める!」
エリオが操縦桿を叩く。
「ハルはデカいのを! サクラと俺でセラフィムを止める! 他は雑魚処理だ!」
「了解!」
二機のファントムとドムが月面施設へ急降下する。
すでにセラフィムブラストの射出口は展開され、内部では量子加速リングが眩く発光していた。
「エリオ!」
「熱核融合炉を撃ち抜けば誘爆する! やるしかない!」
刹那、閃光がエリオの左を掠めるように過ぎ去っていく。
「チッ……サイコガンダムか!」
極太のメガ粒子砲が二機の進路を焼き払う。
「エリオ中尉! これを!」
後方から、オルタ級がコンテナを射出した。
高速で飛来するそれを、ファントムのマニピュレーターが掴む。
ハイファイ=レールガン。
艦載級火器を、エリオは強引に構えた。
「サイコ野郎は俺が相手してやんよ!!」
ハルのファントムが死角へ回り込む。十二基の誘導弾が展開され、一斉発射され爆ぜる。
サイコガンダムの姿勢制御が乱れた、その一瞬。
ハルは至近距離からビームライフルを撃ち込む。
閃光が巨体を穿った。
「今だ、エリオ!!」
セラフィムブラストの砲口が完全展開する。
臨界。
発射直前。
「これで終わりだァァァァァッ!!」
引き金が引かれた。
レールガン弾頭が光速に迫る勢いで射出される。ほぼ同時に、セラフィムブラストの主砲が発射された。
白と蒼。
二つの奔流が正面衝突する。
空間が軋み、重力すら歪むようなねじれが発生した。
わずか〇・四秒。
だがその誤差が、戦場の運命を変えた。
セラフィムブラストの照準が逸れる。
主砲はオルタ級の脇を掠め、遥か宇宙の彼方へ消えた。
そして――。
レールガン弾頭が、熱核融合炉を貫通する。
一瞬の静寂。
次の瞬間、月面都市を揺るがす巨大な爆炎が咲いた。
「セラフィムブラスト、沈黙――!」
通信士の声がブリッジに響く。
「エリオ小隊は帰艦してください! ここからは地上部隊に任せます!」
若い女性オペレーターの声が通信回線越しに飛び込んできた。
エリオは操縦桿を握ったまま、荒い呼吸を繰り返す。
「はぁ……はぁ……」
コクピットの警報灯がまだ点滅している。機体各部には損傷警告。レールガンの反動で右腕フレームも悲鳴を上げていた。
「やったよ! エリオ!」
サクラの弾んだ声が耳に入る。
その声でようやく、エリオは我に返った。
終わったのだ。
「――エリオ小隊、帰還する!」
ファントムが変形機構を展開し、巡航形態へ移行する。蒼白い推進炎を引きながら、機体はオルタ級へ進路を取った。
後続して、ドム、ファントム各機、残存したイージスレイも帰還を開始する。
それと入れ替わるように、輸送船が月面降下を開始した。
護衛にはファントム二機。
《リディ》内部には武装歩兵六〇名、さらにドムトローペン六機が収容されている。グラナダ制圧の最終段階を担う地上制圧部隊だ。
格納庫へ帰還したエリオたちは、整備班に囲まれながらもコクピットから降りようとはしなかった。
誰もが次の出撃を想定していた。
もし敵残党が反攻してくれば、すぐ再出撃できるように。
格納庫には、緊張した空気だけが流れていた。
そして、一時間後。
「月面都市グラナダ、制圧完了。敵勢力の掃討を確認しました」
通信が流れた瞬間、艦内を覆っていた張り詰めた空気が、ようやく緩む。
誰かが深く息を吐いた。
整備兵たちが肩の力を抜き、パイロットたちは無言のまま天井を見上げる。
エリオは格納庫の床へ腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。
戦いは終わった。
だが、火薬と焼けた金属の匂いは、まだ艦内に残り続けていた。
グラナダ地表では、戦闘の余韻がまだ色濃く残っていた。各所で黒煙が立ち上り、破壊された施設の残骸が月面へ散乱している。炎上したモビルスーツの消火作業、負傷者の搬送、捕虜の確保。さらに、墜落したサイコガンダムの回収まで加わり、現場は完全な混乱状態に陥っていた。
「あと三〇分で終わらせろ!」
怒鳴り声が響く。現場監督のシディ・ローだった。
「んな無茶な……」
誰かが小さくぼやく。だが、シディは聞こえないふりをした。
クレーン車両がサイコガンダムの残骸を牽引し、作業員たちが破損した装甲を切断していく。巨体のあちこちからは、まだ火花が散っていた。
シディはヘルメット越しにその光景を見つめる。
かつて、自分もモビルスーツ乗りだった。前線で戦い、敵を撃ち、仲間と肩を並べていた。
だが――ある戦場で、それは終わった。
目の前で、友人が撃墜されたのだ。
爆発するコクピット。途切れた通信。何もできず、ただ見ていることしかできなかった。
その瞬間から、自分はもう前線には立てないと悟った。
恐怖ではない。だが、引き金を引く覚悟が、二度と戻ってこなかった。
だから今、こうして後方で作業指揮をしている。
部下の前では明るく振る舞う。怒鳴って、笑って、冗談も言う。だが、静かな時間になると、脳裏にはあの日の爆炎が焼き付いて離れない。
「シディ班長! こっち、フレーム歪んでます!」
「あぁ!? だから先に固定しろって言っただろ!」
怒鳴りながら駆け寄る。その姿は、周囲から見ればいつものシディ・ローだった。
けれど彼自身だけは知っている。
自分はもう、“戦場に立つ側”の人間ではないのだと。
* XFA-01A ファントム
アルケリア連邦軍が開発した可変高機動MS。航空戦闘機形態への変形機構を持ち、大気圏内外を問わず高い制空能力を発揮する。高コストゆえ少数配備に留まるエース専用機。
* ARX-09 イージスレイ
アルケリア連邦軍主力量産MS。高い汎用性と整備性を重視した設計で、宇宙・地上双方に対応。連邦軍の象徴とも呼ばれる制式機であり、多数の派生機が存在する。
* MS-14A ゲルググ
重装甲と高機動を両立した高性能量産MS。大出力スラスターによる突撃戦を得意とし、エースパイロットから高い評価を受ける。後期型はウィングユニット装備型へ発展した。
* ZGMF-09D ドム
重火力強襲型MS。大推力ホバー機構とウィングフライトユニットにより高機動戦闘を実現した。近距離制圧能力に優れ、都市戦や突破戦で猛威を振るう。
* ZGMF-09D ドム・トローペン
ドムの陸戦特化改修型。砂漠・森林・廃墟都市など過酷な環境下での運用を想定し、防塵処理や冷却性能を強化。ツインアイ・センサーによる高索敵能力を備える。
*MRX-009 サイコガンダム
ノヴァコロニー自治連合が極秘裏に開発した超大型戦略機動兵器。高出力サイコミュシステムと多数の拡散兵装を搭載し、単機で艦隊戦力に匹敵する殲滅能力を誇る。搭乗者への精神負荷が極めて高く、実戦投入には多くの問題を抱える。
* オルタ級強襲用戦略突撃艦
アルケリア連邦軍宇宙艦隊の主力大型艦。高火力粒子砲と多数のMS搭載能力を持ち、前線制圧および軌道強襲作戦を主任務とする。高機動戦闘を想定した鋭角的艦首形状が特徴。




