ヒルベルト商会
星や星系の構成は、わずかな質量の違いや近隣の惑星や恒星との距離により全く異なったものになる。
この星系にも、天文学的確率の壁を越えて生命が存在できる環境の惑星が、ほぼ同時に3つ誕生した。
この世界では、テラ・マールス・ウェヌスと呼ばれるそれらの星は、各惑星内で独自の生命体を宿し、絶滅や進化を繰り返して成長していく。
やがて知的生命体が発祥すると、それらは言葉を話し、火を使い、文字で記録を残していった。狩猟採集から農耕・牧畜へと変わり定住生活が始まる。
定住により国を作り、文明を築き、国家を形成し、衝突による略奪・戦争を繰り返していく。 惑星内では、戦争と負の側面から科学力の向上という果実が実っていく。
そんな中、望遠鏡の発明等、遠方を確認できる道具の発明により自分達以外の惑星の存在を知ることになる。以降、宇宙や自惑星外への探求心が高まっていく。
しかし、他惑星への探求心以上に各惑星の住民は、自身の惑星内での地位を高めることに固執していった。結果、惑星内の戦争を通して、科学力が向上していくと同時に戦争での被害を一層悲惨なものへと変えていく。
被害は拡大の一途であり、自らを焼くほどの火力を持っても戦争をやめようとしなかった。 激化する大戦・大規模な事故等の結果により、各惑星内は、内包する人口の多くを失う事態、が発生する。
そして時代は、ポスト・アポカリプスに突入する。
疫病。飢え。寒さ。そして荒廃。
それらを起因とした、文明の停滞からの後退。 人口の減少。 環境悪化。
ポスト・アポカリプスの名の通りの過酷な時代が始まる。
しかし、各惑星の人類は滅びなかった。その過酷な環境を耐え、次の時代に歴史を文明を再構築し進んでいく。
過酷な時代であれば、人類も互いに支え、いつくしむ時代が来ると思われたが、状況は真逆に動く。少ない資源の取り合いなどにより、過酷な環境な中においてもしばらく争いは止まることはなかった。
人類全体が危機に瀕していても自分達の業を欲する人類。
同じ惑星の人類の行動に疲弊し、諦めていく中で徐々に惑星の外へと目を向け始めていく。
事態が動くのは、いつも些細なきっかけからである。
一人の天文家マニアが、自分たちの星の状況を文章と画像を添付して他の惑星に送信したのだ。 そして受信したのが、ある都市国家の長となる人物であった。
彼もまた、宇宙に魅せられた一人の人物であり、その内容に興奮し喧伝したのが事の始まりである。
アポカリプス前から政府機関を通しての宣伝のような、やりとりは行っていたが、個人でかつ私的な情報のやり取りは、稀であった。
まだ、統一言語が、開発される以前の時代であり、民間レベルでは文章は理解できず四苦八苦しながら翻訳し、画像から状況を判断する程度であった。
しかし、他の惑星の文化を一般市民から得たことで、文化・風景・文明を直に知ることになる。 その頃から、星系の人類達は、惑星内の争いから希望を宇宙に見出していく。
そして、今までの惑星内の戦争で培った科学力を用いて宇宙へと進出していく。
宇宙に進出したことで星系人類は、他の惑星に憧れを抱き、一層のリソースを費やすことになり、結果として、惑星内の各地での衝突が、小規模になっていった。
各惑星は、開発していた大規模エネルギー発生機関・空間削孔技術・ワープバブルの制御技術を持ち寄ることで空間跳躍航行システム技術を確立させていった。
惑星間の航行が身近になり、人の往来により相互理解が生まれていくことになる。
地球暦3395年に貿易や人的交流の法律など制定した惑星間協定が各惑星間同士で締結された。
この年を惑星暦元年とし、各惑星間の往来がより活発になっていく。
それから、1400年近い時が経過した。
統一言語が普及により言葉の壁も感じなくなり、各惑星の住民は、互いの星に往来や定住し、惑星間の交易は盛んになる。
惑星内で争いはあるものの大きな戦争もなく、表面上の平和を謳歌した時代、パックスソラリスが続く。
ここはテラ宙域の外れ、テラ・マールスポータル近くである。 そこに一隻の|宇宙船が、ポータルに向けて進んでいる。
宇宙船の名は、ラッキースター号。 その船の乗組員は、ダイゴ、鄭、アリエフ、バルティスの4名である。 全員男性でむさくるしい。
大和日高見国で発生した東西動乱によりラッキースター号のオーナ―兼ヒルベルト商会の社長ダイゴの妻、ミーナが死亡。
その息子のタツマは、テラ・マールスポータルコロニーの孤児院に預けながら、ダイゴは惑星間貿易商を営んでいる。
船の中の雰囲気は重く、沈んでいる。 ミーナは、ヒルベルト商会のかつてのムードメーカであり、ここにいる全員が絶望の淵にあってもその言動や雰囲気で助けられてきた。
彼女は子育てのため、船を降りて彼女の実家があるテラの大和日高見国に身を寄せていたが、その際に発生した東西動乱に巻き込まれた形になる。
惜しい人どころではない人間の死は、乗組員にも少なからず影響がある。 しかし、労働をしなくては、食べていけない。
乗組員も悲しみを乗り越えながら、船を動かしている。
「ダイゴ。 お前。 少し自室で休んだ方がいいんじゃないか? 」
副社長のバルティスが、声を掛ける。
デッキには、テラ・マールスポータルコロニーを出航したばかりということもあり、ヒルベルト商会の全員が揃っている。
「いや。いい。 ここにいればミーナとも一緒にいられるし……な」
そう言って、ラッキースター号の ※1電算室内に入っていく。
「……」
残された3名の沈黙が、デッキに漂う。
その重い沈黙を破るかのように、バルティスが口を開く。
「俺達は、こんなことになる為に、リスクを冒して奴らのモルモットになり下がった訳じゃないんだがな」
「……しかし、4名でこれだけの船を操れるのは、あのAIあって恩恵でもありますよ」
操舵手のアリエフが、反論する。
「だからといって、ミーナさんをあんな形で利用するのは、違うだろ! 」
「俺はいいと思うぜ。 信頼がおける奴らだけで、今の航行ができるのもミーナさんのお陰だ」
鄭は、アリエフの意見に賛成のようだ。
両名からの指摘により、バルティスもこれ以上の不満は飲み込む。 しかし、皮肉も忘れない。
「既に死んだ人間までに頼るか……」
「死んでいない。 生きているのは事実だ。 本人でないだけさ」
「死んでいると思うがね? 」
最近のヒルベルト商会の内輪もめの半分以上はこの話題である。
「バルティス。 いい加減にしないか? 少なくとも、※2完全有機AIのセレンのおかげで、俺達はこうして少数でも惑星間貿易商なんて組織が維持できているんだ」
鄭が、諫める。
「……セレン。 セレン。 セレン。 何かにつけてセレンだな。 クソが!」
バルティスが、有機AIへのフラストレーションは、それなりにあるようだ。
「……」
アリエフは、操舵席で黙ってバルティスの癇癪を聞いている。
「それに人は強くない。 テラ宙域を暴れたバレッツバルガスであってもだ。 現実から逃げたい時もある」
鄭は、バルティスをなだめている。
「しかし、ミーナさんが居なくなって5年だぞ! 加えて一人息子も5年近く孤児院に押し込めている。 まったくあいつは、いつまで逃げ続けているんだ 」
「バルティス。 お前あのタツマとか言う息子を見たか? 」
「……いや。 プライベートはあまり詮索しないようにしている」
「俺が見ただけでも相当だぞ。 もう12歳近くだが、身体能力といい、判断力、戦闘力、 そして頭脳からして、何かの人工創造物かと思うくらいの才能を持っている」
「ギフテッド? 」
「さぁな。 しかし、それら才能は、多重人格者によって引き起こされていることだ。 あれだけ不気味な奴とどう接していいかも分からないんだろ」
「……かつては、闘争のバレッツバルガスが、随分な体たらくだな」
「妻の死を受け入れ、厄介な子供の養育の両立は難しい。 逃げられる場所があれば逃げたっていいだろう」
「鄭……お前意外に甘いんだな」
「まぁあな。 誰だって逃げたいことの一つや二つあるだろう。 そして、ダイゴさんは強い。 きっと時間が解決してくれる。 俺はそう信じている。 だから俺は、ダイゴさんを見捨てないぜ。 俺の命の恩人だからな」
「私もです」
アリエフも同意する。
「まったく貧乏くじばかり引く奴らしかいねーのかね」
そう言いながらバルティスが、頭をかいている。
結局バルティスもダイゴに救われているため、あの男を見捨てることは出来ない。 義理固い人間ばかりの中小企業ヒルベルト商会が、本日もマールスに向けて、航行中になる。
セレンからの放送が入る。
≪ポータルより空間跳躍を開始します。ポータルより空間跳躍を開始します≫
さてさて|マールス宙域まで一気に駆け抜けるか!
目の前のテラ・マールスポータルに飛び込むラッキースター号。空間跳躍によりマールス、テラ間の距離は著しく縮められている。
*
惑星間貿易商。 この世界では、マールス、テラ、ウェヌスも人類の活動範囲に入っており、各惑星に人が住んで生活している。
空間跳躍技術の発展により各惑星間は縮められ、そして人や物が行き交う世界。 それら物流を担うのが宙域・惑星間貿易商になる。
その中でも惑星間貿易商は、重武装で臨検なく他の惑星に行ける唯一の組織である。 民間の準外交官としての地位を確保している。
続々とポータルからワープアウトした船が、出てくる。 ここは、マールス・テラポータルになる。現在の場所が前で行先が後ろに続く呼称になっている。
≪ワープアウト。 自己診断に入ります……≫
「これ一々放送しなくてもいい気がするが? 」
鄭から指摘が入る。
「まー音消しも可能なので、問題があれば画面にでますからね。 フロー呼称は、人の手で制御御を行っていた名残りですよ」
アリエフが応じる。
「それで、今回の荷役は、マールスのティファ―大陸のベルナールか……」
鄭が、確認する。
「ああ。 速達直送でのご要望だ。 金もそれなりに積まれている」
副社長のバルティスが回答する。
「タニア連合王国か? あそこはいま内乱の真っ只中だろ? ガラスの雪だっけ? 」
「だから我々にお鉢が回ってきた。 納入先はタニア連合王国のベルナール前線司令所だ」
「住民殺戮の手伝いをしろと? 気分が悪いわ! 」
鄭が愚痴る。
「軌道降下配送でいいんじゃないですか? 」
アリエフが、会話に入ってくる。
「いやそれがダメとのことだ。 対峙している相手に撃ち落とされたり、横取りされる恐れがあるとのことだ」
「中身は? 」
「お客様の積み荷の中身は覗くことができないが、精密機械となっている。 因みに※3カナベラルロボテクス社からだ」
「100%兵器じゃねーか! 」
鄭が叫ぶ。
「しかし、それなりの金を貰っている以上任務を果たす。 それが我々宇宙の運び屋。 惑星間貿易商だ」
「……」
「もちろん他の運搬物もある。 テンペ大陸のフォーチュナやパボニスだな。これらの配達が終わり次第最難関の配達を実施する」
「因みにその2都市国家の配送は? 」
「医療品が多いな」
「分かりやすい状況だな! 」
*
マールスまでの道中に障害はなかった。 本来であれば宇宙海賊の襲撃もあるが、今回の航海は行ったって平穏に過ぎている。 嵐の前の静けさなのだろうか。
他2名は自室に戻り、デッキにはバルティスが、運航管理と滞在している。
「ドンパチが無いな」
バルティスのつぶやきに、セレンが、反応する。
『いい事です。 これから起きるのですから今はゆっくり平穏を楽しむべきです』
声の主は、セレンになる。 このAI何かにつけて高性能であるため、巡行中一人であっても会話の相手がいなくなることが無い。
バルティスは、セレンに多少の嫌悪感があるが、それでもこの船の運行に欠かせないシステムであり、宇宙海賊との戦闘においても命を救われているため無碍にはできない。
といっても、相手のセレンは、こちらを乗組員の一人としてか認識していないだろう。 嫌悪感が伝わらないのが、人間と大きな違いで仕事もし易い。
「あのなー」
『事実ですから。 武装は第七世代です。装着に難がありますが、性能には定評があります』
「まったく。コンバットスーツ装備の配達か」
『はい。 命を賭けるため、高額配送になります。 これが成功すれば、ヒルベルト商会のバランスシートも大きな改善が見込めます』
命と金の天秤。 この商売はよくよくそれを考えさせられる。
「それに地上戦か……」
バルティスが虚空を仰ぐ。 思うところがあるようだ。
『バルティスであれば宇宙でも地上でも問題ないと判断します』
彼は、登録しておりそこから判断しているようだ。
「まったく……まぁいい配達場所のデータや地形はまとまっているんだろうな。 それと現地の足もだ」
『滞りなく』
「それは、結構」
そんな会話をしているとダイゴが部屋から電算室から出て来る。
「……交代時間だ」
ダイゴから挨拶代わりのセリフが、吐かれる。
「ああ」
そう言いながらバルティスが、デッキの中央コンソールエリアを離れる。 そしてダイゴがその地位に代わるようにすれ違う瞬間、バルティスが腕を出し、ダイゴの行く手を塞ぐ。
「お前さーこの際だからいっておく。 そろそろ現実に向き合ったらどうだ」
「……」
「お前の気持ちも分からんでもない。 俺もここに来る前に色々あった。 鄭もアリエフもお前に恩があるからまだ見捨てないと言っている。
それに今のところ業務に支障もないからな。 でもな、いい加減目を覚ませよ。 このまま一生その調子で生きていくのか? もう5年だろ! 」
「……」
「この船になってから、セレンによる艦砲射撃やドローン戦闘機の制御は飛躍的に上がっている。まさに一騎当千の働きだ。 艦内の白兵戦もAIのお陰で、トークンを制御して凌ぎきっている。
しかし、今度は地上戦だ。 マールスに下りたらセレンの性能は、間違いなく落ちる。
ホームアドバンテージが無くなった時、白兵戦で、お前、仲間を助けられるのか! 」
「……」
「因みに、次の配達先は知っての通り、ベルナール。 タニア連合王国の内戦の最前線だ。 どうする気でいるんだ」
「ああ……そこは安心してくれ。 社員だけを危険地帯に向かわせることはしないさ」
「社員だけを危険地帯に向かわせるねー。 お前が足を引っ張ったり、自殺未遂みたいなことをして、お前を慕っている奴らを死なせないかを聞いているんだ! こっちは! 」
「……」
「知っているだろう! 戦場の厳しさを! 」
「それは大丈夫だ」
「その言葉を信頼できると? 」
「大丈夫。 お前達だけは命に代えて守る」
「俺はみんなで帰還することを望んでいるんだ」
「……」
「……まぁいい。 時期に戦場だ。 まずは荷下ろしのドキュメントを用意しておけ。それは、社長の仕事だからな。 マールスのスペースステーションに到着したら必要になるからな」
その言葉を残してバルティスはデッキから出て行く。
残されるダイゴ。 デッキのモニターに映るマールスが徐々に大きくなってくる。 幾度と見た光景であり、テラ生まれのミーナと最初に来たのもこのマールスであった。
子供が生まれる前は、ミーナにはこの船の船員として会計をやってもらった。 そうして仲間が増え、大きな仕事をこなし、運もありつつがむしゃらに働いてここまで来た。
全ては彼女の喜ぶ顔が見たかった。 少しでも海賊崩れの自分を誇って欲しいと思ったから、彼女の実家にも尊敬される漢として見て欲しかった。それだけだった。
しかし、あの惨劇からこの5年間何も進んでいない。 働く意味もなくなり、まるで止まったかのようだ。
息子の孤児院にもかなりの寄付をしているが、まさに金だけ渡している状況である。
状況は聞いている限り、我が子ながらかなり恐ろしい状況が判明している。 拳銃を持った強盗を自身の身体能力をだけで行動不能にし、勉強の理解も常人のそれを上回っている。
12歳にして、すでにハイスクールの内容を理解しているようだ。 自分のように馬鹿じゃないのが救いだが、それでもその知識を悪用し、自身の勢力を広げているとのこと。
「こんな奴とどう向き合えばいいんだよ……」
自身の思考に言葉が洩れる。
孤児院が見放さないのも、ダイゴからのそれなりの寄付金があるためであり、それが無ければ、とっくに放りだされてもおかしくない。
問題児中の問題児であり、その原因も多重人格の症状よるものとの説明も受けている。
おそらく目の前で母親が爆殺されたことによる精神的衝撃を緩和させるために作り出した人格とのことだが、それが息子の潜在能力を引き出しているとの見解のようだ。
「逃げている……わかっているさ。 俺らしくないことも。 よくないことも。 しかし一体どう変わればいいんだよ。 セレンどう思う? 」
絞る声でAIに助けを求める。
『どう変わりたいが不明です。 どう変わりたいかを明示してから質問してください』
しかし、今のセレンに出せる回答は、この程度になる。
「すまない。 曖昧過ぎたな」
こんな自問自答をもう5年も続けている。
「全てを諦めて隠居でもするかー」
『契約上それは不可能です』
財団との契約は、何よりも優先される。 途中下車はできない。
「悪魔の契約は……つらいものだな」
そんな言葉を吐き自嘲気味に笑うことしか出来ない。
※1電算室:ラッキースター号の中央制御室。 ここにこの世界ではまだ存在しない数世代先のオーバーテクノロジーである完全有機AIが設置してある。
※2 完全有機AI:有機体による情報処理機構。知的生命体のような柔軟な思考的演算と出力を可能とする。 ただし、現存しているAIOSであれば、計算スピードは無機物で作られたものより劣る。
ヒルベルト商会が所有している有機AIには、数世代先の有機AI用に開発された基本ソフトAIOSを用いているところが大きい。
※3カナベラルロボテクス社:テラのユーラメリカ地域にあるユーラ連合国。そこのニューフロリダに本社を構える重工業企業になる。 宇宙船からトークン・コンバットスーツなど宇宙関連の製品から武器まで扱う巨大コングロマリットになる。




