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いちかちゃんは今日もかわいい

作者: 夜空タテハ

 中原かりん、高校二年生、女子。趣味は、小野瀬いちかというアイドル声優を追いかけること。

 という自己紹介をしたいけれど、それを周りに打ち明けることが恥ずかしくて、学校ではたまにアニメを見ているくらいですという感じで通している。

 北海道の田舎に住んでいるので、アイドル声優を追いかけると言っても、大したことはできていない。出演されているアニメを見られるものはとりあえず見て、パーソナリティをされているラジオを聞いて、たまに感想メールを送る。それに、楽曲が発売されたらCDを買う。ライブ活動もされているのは知っているが、北海道の田舎から東京のライブイベントに行くのは並大抵のことではない。でも、いつか行ければいいなと思っている。

 いちかちゃんは、年齢は私の一つ上。それくらいしか年齢差はなくて、声優アイドルとして活躍されている姿に、憧れる。

 というか、できることなら、声優になって同じ舞台に立ちたい、という願いがある。アイドルになって、とは言えないのは、自分の容姿や歌声などに自信がないから。でも、声優にも容姿や歌声は求められているので、やっぱり、そこに自信がなければどうにもならないかもしれない。そもそも、どうすれば声優やアイドルになれるのかわかっていない。オーディションを受けるとか、そういう学校もあるらしいとか、一応の知識はあるけれど、北海道の田舎で生まれ育っているという事実。都会に出ていくのは、とても難しい。親に納得してもらえなければ、そんな道には進めない。高校二年生ともなれば、進路を考える時期だけど、親にそんな夢は話せず、無難にどこかの大学に行くか、地元で就職するかの二択。

 そんな悩みもある中、今日もいちかちゃんがパーソナリティを務めるラジオを聞いている。スマートフォンのアプリから、いちかちゃんの元気な挨拶が流れ、軽快なトークが進められる。楽曲を流すコーナーでは、いちかちゃんの最新シングル曲が流された。このラジオ番組には、お悩み相談のコーナーもある。そこに進路の悩みを送ってみようかと迷う気持ちもありながら、送るのはくだらないことばかり。

 私はこのまま、何者にもなれずに老いていくのかな、という気持ちにもなる。何者かになりたい、なんて、願うことはできても、実行する強さがないって、逃げてしまっている。

 学校で友達に本当の気持ちを話すことすら、私にはできていない。そもそもそんなに仲のいい友達を作ることもできていない。本当の趣味すらちゃんと話せていなくて、うわっつらの会話を取り繕うことばかりしてしまう。

 いちかちゃんのラジオを聞くのは、今日も楽しかった。楽しいのに、それを友達に共有することさえできないのは、私が弱いからかな、と思う。

 部活は一応、美術部に所属している。顧問は美術のことなんてよく知らない社会科の教師で、ちゃんと指導してくれる先生のいない部活。学校で美術の授業を担当されている先生は、部活の顧問にはならないらしい、私にはその辺りの仕組みはわかっていない。美術部では主に油絵を描いているけど、本気で打ち込むこともできていない。そもそも指導者がいないのだから、技術を向上させるのも難しい。それなりのものを描くことはできているつもりだけど、本気で絵の道に進めるほどでもない。

 進路を考えろ、と言われても、私にはなにができるんだろうか、なにがしたいんだろうかと、決めることさえできない。

 いちかちゃんの出演されているアニメを見て、楽しんで、おもしろくて、こんな風になれたらいいのにな、と思う。私はこんなにかわいくないから、私にはこんなことはできないと考えてしまう。

 ラジオを聞いて、楽曲を聞いて、いちかちゃんは今日もかわいくて素敵で、最高だなぁと思う日々。こんな日々がずっと続くのも、悪くはないかもしれない。いちかちゃんは今日もかわいい。いちかちゃんが生きている世界で生きていられるだけで幸せ、そんな風に思う。

 高校二年生の日々はあっという間に過ぎ去って、気が付けば高校三年生になろうとしていた。私の生活は、なんら変わらないのに、年齢を重ねていく。年齢を重ねることに、少し焦る。なにもできないまま、日々が過ぎてしまう。

 いよいよ進路をはっきり決めなくてはいけない時期が迫っていた。

 両親は、私にはあまり進路のことを深く話そうとしない。家庭は裕福ではないけれど、私が大学に行けるくらいの余裕はあるはずで、でも、地元で就職してしまう方がいいのかもしれない。思い悩み、自分には決断ができなくて、私は思い切って、いちかちゃんのラジオに進路の悩みを投稿することにした。

「ラジオネーム、りんかん。私は高校三年生で、北海道に住んでいます。地元を離れて都会の大学に進学するか、地元で就職するか迷っています。いちかちゃんならどうしますか?」

 何をどこまで書くべきなのか、迷いに迷って、結局はそんな文章にした。ラジオで読んでもらえるのかもわからない、つまらない悩みだと我ながら思う。

 ラジオが放送される日、読んでもらえるかどうか、とてもドキドキしながら待機していた。お悩み相談のコーナーが始まって、二件目のこと。私の投稿が読まれた。

「進路って大事なことだよね。りんかんさんはきっとすごく悩んでるんだと思う。自分のやりたいことやるのが一番だよ、って言っても、多分、自分のやりたいことがわからなくなってるのかな? 私が大学に行くべきだよって言っても響かないんじゃない? 難しいことだけど、自分の中で納得できる答えを探すしかない気がする。解決できたかわかんないけど、どうするか決めたら報告メールしてくれたら嬉しいな! メールありがとう!」

 いちかちゃんは、とても真剣に答えてくれた。確かに悩みを解決するには至っていない答えだったかもしれないけど、私にはすごく嬉しい答えだった。

 でも、ますますわからなくなってしまった。私のやりたいことってなんだろう。いちかちゃんに憧れる気持ちはあるけど、憧れるだけではダメな気がする。本当に本気でやりたいなら、しっかり親に話して納得してもらうのがいい。でも、本当にそれがやりたいことなのかな、と、迷う気持ちもある。

 こんな時、真面目に本音を話せる友達がいたら、よかったのかもしれない。真剣に悩みを打ち明けられるような友達を作ってこなかったことを、後悔してしまった。

 自分の中でやりたいことがしっかり決められなくて、もし大学に進学しても、ちゃんとやっていけるのか自信がない。大学でも本音をちゃんと話せる友達が作れないかもしれない。それに、大学に進学するとしたら、家を離れて一人暮らしをすることになる。大学に進学するという名目があれば、東京に引っ越して、ライブイベントに行くこともできるかもしれない。でも、東京で一人暮らしなんて、私にできるんだろうかと自信がない。

 家を離れずに、地元で就職するという選択肢もある。一人であれこれ想像していても、「かもしれない」可能性ばかり浮かんできて、悩んでしまう。やっぱり、どうするにしても、親に本心を話すことが必要な気がしていた。それができる勇気がないから、うじうじ悩んでしまっている。

 そもそも、大学受験をちゃんとするなら、もう決めるには遅い時期かもしれない。何がやりたいのか自分でわからないから、受験をするにしても、どこの学校でなんの学部に行くのか、それも決められない。漠然とただ東京に行きたいという願いだけはあるけれど、それだけだ。

 私って、何もないな。そんなことを思ってしまった。漠然とした憧れだけで、やりたいことなんて、ないんだ。私ってなんて空虚なんだろう。

 私の中に何もないなら、私は、どうしたらいいんだろう。そう考えてみて、頭に浮かんだのは、いちかちゃんのことだった。いちかちゃんを応援したい。その気持ちだけは、はっきりと自信を持って言える私の中にある感情だ。だったら、私はとことんいちかちゃんを応援してみよう。そのために私にできそうなことはやってみよう、と、決心した。

 そのためには、東京の大学に進学して、東京に引っ越して一人暮らしをして、ということも必要だ。だったら、学部とかはこの際なんでもいい。私の学力で合格できそうで、親に反対されないであろうところだ。

「私、東京の大学に行きたい」

 親にそう告げると、東京に行って大学で何をしたいのかと聞かれた。

「何をしたいかはまだわからないけど、わからないからこそ、大学に行って色んなことを学びたいんだ」

 それは半分くらい本心だけど、心からの本音なのかはわからない言葉だった。でも、親はそれで納得してくれたらしい。

 私はいちかちゃんのラジオにメールを送ることにした。

「ラジオネーム、りんかん。この前はお悩みに答えてくれてありがとう! いちかちゃんのおかげで、決心が付きました。東京の大学を目指すことにしました」

 もっと色々と私の気持ちを書くか迷ったけど、簡潔な方がいいだろうと思って、そんな文章にした。そのメールは、次のラジオの放送、終わり際に読まれた。

「報告してくれてありがとう! りんかんさん、大学受験がんばってね。応援してるよ!」

 私はいちかちゃんを応援したいのに、いちかちゃんに応援されてしまった。

 それからの毎日は、簡単なものではなかったけど、いちかちゃんからの応援の言葉を思い出すと力が湧いた。なんでもがんばれるような気がする。


 月日が過ぎて、私は大学に合格した。そのこともいちかちゃんに報告しなければ、と、ラジオにメールを書いた。

「ラジオネーム、りんかん。いちかちゃんからの応援のおかげで、大学に合格しました! 本当にありがとう。東京に引っ越したら、いちかちゃんのライブに行きたいです」

 次のラジオの放送で、いちかちゃんがそのメールを読んでくれた。

「りんかんさん、本当におめでとう! 私のおかげって言ってくれるけど、りんかんさんががんばったからだよ。ライブに来てくれたら嬉しいな、待ってるね!」

 いちかちゃんのその言葉で、ぐっと元気が出た。いちかちゃんはすごい。本当に元気を貰える。私は幸せだなと思った。


 東京に引っ越して、生活が整ってきた頃、いちかちゃんが大きなフェスに出演されることが発表された。私にとって初めて行くライブが、フェスというのは、少し不安もあった。いちかちゃん以外の出演者もたくさんいて、お客さんも色々なファンの人がいる。でも、せっかく東京に引っ越してきて、ライブイベントに行けるようになったんだから、足を運んでみたい。私は少し悩みながら、いちかちゃんのラジオへメールを送ることにした。

「ラジオネーム、りんかん。いちかちゃん、フェス出演決定おめでとうございます! 私は東京に引っ越してきて、少しは生活が落ち着いてきたので、フェスに行ってみたいなと思っています。でも、ライブに行くこと自体が初めてで、フェスのルールもよくわかっていないので、ちゃんと楽しめるのか不安です。いちかちゃんから、気を付けた方がいいことや楽しむポイントなどありますか?」

 次の放送日に、そのメールが読まれて、私はドキドキしながらいちかちゃんの言葉を待った。

「りんかんさん、メールありがとう! 初めてのライブ、不安だよね。フェスのルールは、出されてる注意事項をしっかり確認してくれたらオーケーだよ。そんなに難しく考えなくて大丈夫! りんかんさんが楽しめるように私がめいっぱいがんばるから、見てて!」

 いちかちゃんの言葉が、私の胸を打った。


 初めてのフェス、初めてのライブ。初めていちかちゃんの歌声を生で聞ける機会に、私はとても緊張していた。すごくドキドキして、心臓が張り裂けそうになる。でも、開演したらあっという間に時が過ぎて、いちかちゃんのステージは、本当に心の底から楽しかった。もちろん、いちかちゃん以外の出演者もすごい人ばかり。でも、いちかちゃんが本当に圧倒的に輝いていた。いちかちゃんのこと、大好きだって、改めて感じる。私はとても興奮しながら、いちかちゃんのラジオ番組にフェスの感想メールを送った。

「ラジオネーム、りんかん。いちかちゃん、フェスお疲れ様でした! 私にとっては、初めてのライブでした。すっごく楽しかったです! いちかちゃんがとてもかわいくて圧倒的なステージで、本当にすごかったです。月並みな言葉しか送れませんが、改めていちかちゃんが大好きです。これからも応援してます!」

 その次の放送日には、たくさんのリスナーからのフェスの感想メールが読まれた。私のは読まれないかもな、と思っていたところで、私のメールが読まれた。

「りんかんさん、ありがとう! 初めてのライブ、楽しんでもらえてよかったよ。大好きって伝えてくれるのもすごく嬉しい! これからも応援よろしくね」

 いちかちゃんにそう言ってもらえて、とても嬉しかった。私は改めて、これからもいちかちゃんをめいっぱい応援していこうと心に決めた。


 それから少し経って、私は、学生生活もおろそかにはならないようにしながら、いちかちゃんへの応援に力を注いでいた。いちかちゃんは声優としてもアイドルとしても成長していて、本当にすごい。いちかちゃんは今日もかわいい。それだけで、私はとてつもないエネルギーを貰える。そして私は今日も生きていく、いちかちゃんへの愛を胸に抱えて。


〈了〉

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