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〜最期のとばり〜  作者:


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3/3

3

春の風に紛れた


『ってことで終わる予定だったんだけど…前が揉めてるみたいでさ。これは、その書と同じ戦の"忍が滅した世に残らない記録"ってやつ。興味ある?…だと思った。ちょっとさ、読んで待っててよ』




戦の褒美代わりに略奪され焼かれた田畑。蜘蛛の巣が張られ、朽ちた板塀がかすかに軋む様子から、随分と前から人気(ひとけ)の無いと分かる廃村。そこに佐助達は居た。


「ま、与えられた仕事は最後まできーっちりってこったよな」


廃村の両側には人の入れぬ黒霧の山があり、北側は緩やかに獣道へと細く続き、南の開けた段畑側から織田勢が迫っていた。


「与えられたのかい?アタシャ長が勝手に始めたんだと思ったがねぇ」


佐助の言葉に鎌之助は呆れた顔で鎌の先を磨く手を止める。武田領の出城が落ちた原因は、仲間割れか、あるいは真田の謀反か。そう噂する者もいた。


「織田にて我が主に謀反の疑いと嘯く者有らば根絶やすは当然」


主に良からぬ噂が有ると聞けば動くのは妥当と才蔵が竹簡を囲炉裏の火にくべた。


「謀反?旦那がかい?…旦那の親父(真田昌幸)じゃあんめぇし」


言葉とは真逆のような男を相手に何をお言いだいと鎌之助が大袈裟に目を見開く。


「嘘とはいえ広まらば何が火種になるや分からぬ世」


領地が近い真田家次男・真田源次郎信繁の仕業と理由付け、今この廃村に織田の小隊が迫っていた。


「少しでも手柄取り立てて欲しいんだろうけど。ま、嘯いてんなら…その口噤んでもらうしか無いんじゃねぇ?」


勿論通ることを予測し佐助達は先回りで此処にいた。佐助の言葉に才蔵が答える前に、廃村の外れで火の手が上がる。


「…様子がおかしい」


廃村から細く昇る煙に残党が居ると気付いたならば、存在を見せ付けること無くまずは斥候が動く筈と才蔵が呟く。


「確かに。人数も報告より多いな」


佐助は両目を閉じ、冷たい風の流れと空気の濁りを感じ取りながら、才蔵に同意するよう眉を寄せる。


「こっちゃぁ先からずぅっと三人だろぉさね」


絶望とも思える程の敵の数に対し圧倒的不利と悟るも、今からの救援は難しい。それを分かっても尚、取り乱すこともなく、今更だろうと鎌之助が笑う。


「そんじゃ、さっさと終わらせて帰ろーぜ?じゃねぇと俺、また隣のおっかねぇのにどやされちまうかもしんねぇし」


佐助は長屋の隣人、滝を思い出すと眉を下げ溜息を漏らした。


「無駄口を…来るぞ」


才蔵の言葉に、三人は闇に溶けた。


「っ、どこだ!?」


佐助は南側の路地影、鎌之助は中央の空き家跡、才蔵は北の山手へと散った後、細く煙を出していた家が火に包まれガタリと崩れた。兵達が追い詰めた筈の忍を探す。


「探せ!忍とはいえ数は三」


「ひ ガハッ」


闇からヒュ、と音がして一人が喉を裂かれ倒れた。兵の喚きが夜気を裂く。


「ひっ…今の誰だ!?くそっ見えねぇ!」


「松明を!明かりだっ火矢を放て!」


「そんじゃあ…明るくしちゃいますかねっと」


油断と混乱の声が入り混じる中で異質な声が響くと、仕掛けていた火薬が次々と爆ぜた。


「ぎゃぁぁぁ」


作戦外の爆発に巻き込まれた兵が逃げ惑う。焦げ臭い煙が廃村の狭い路地に渦を巻き、踏み荒らされた泥混じりの雪が、火の明滅で赤黒く照らされた。


「何が起こっている?!相手はたった三人だぞ?!」


敵の怒号の中、更なる攪乱と全体把握のため、才蔵は印を結び霧を広げる。湿った冷気が廃村の路地、焼け残った家々の隙間、裏手の山にまで這う。


《長、右三十。廃村裏手の山より》


その霧の流れ、密度のわずかな揺れが図のように感じ取れる才蔵は、三人の位置、敵兵の足音、弓の待機列、燃え広がる火の向きまで掌握し指示を出す。


《ちょ、数が多くねぇ?!》


文句を言う余裕を見せ、佐助が背後から一人を斬り倒す。夜霧に暗器が閃く度、落ちた兵の血が雪を染め、じわじわと吸われていった。


「な、なんでだ…!三十もいたはずが、」


圧倒的優勢に余裕だった兵達は不安と恐怖に駆られ、不気味な闇と赤黒い空に視線を泳がす。


「落ち着け!押し切れ!数はこちらが上だっ!」


そう怒鳴った兵士の首元から、すっと一筋の線が走り、血が噴き出した。


《山手より更なる援軍》


更なる増援に才蔵は頭部を覆う布を外し、人族では拾えない遠くの音まで逃さぬよう耳を立てた。


「イィーヒヒヒッ…愉しいねぇっ!」


鎌之助が朱殷を纏い、舞うように鎌を振るう。漆黒の中に緋色が飛び散り、踏み荒らされた泥混じりの雪に染みを作る。


《血に獣が下りて来ている。長、如何する》


《如何もなんも此のまま続行するしかねぇだろっ。俺ぁ鎌止めてくるっ》


敵を斬り伏せ進む佐助は、浴びた血か自らの血かべたりと張り付くそれを拭い、痺れる腕を振り続け、鎌之助に近付いた。


《って鎌っお前、俺まで斬ろうとすんなってっ》


味方だろ?!と佐助は怒鳴りつつ顔を顰めた。闇の中、鎌之助は蒼白い顔でニタリと綺麗に笑う。


「俺に、着いて、たみてぇだっ! 悪ぃ…っな、長」


警戒はしていたが、と鎌之助は密偵に全く気付かなかったことを悔いるように言い、鎌を大きく振るい敵をなぎ倒す。


「こ、こでっ食い止めねぇとっ…旦那ん、と、こっ」


鎌先を山手へ向けた鎌之助は既に限界のようで肩で息をしながら途切れ途切れ、それでも己の失態が主を危険に晒すと焦燥を声に滲ませる。


「くそっ 山焼いて我が主のとこまで行くってか?」


鎌之助の指す方を振り向いた佐助は、火薬壷の数と敵の迂回路に気付き、顔を顰める。


≪山手の獣と火薬は此方で処理する≫


≪さっすがぁ。そんじゃあそっちは任せるわ≫


佐助が軽く言うと、才蔵は風を纏い駆けながら静かに笑みを浮かべた。


≪承知≫


短い言葉を最後に、才蔵の気配がふっと途切れた。


「才蔵っ!」


黒霧の山から咆哮が響いた、直後、地を揺るがす爆音が廃村を飲み込んだ。ぬかるんだ大地が震え、焦げ臭い風が吹き抜ける。


「っぶないねぇ…余所見してるんじゃあ無いよ」


「鎌っ」


矢が佐助の眼前を掠め飛び、その直後、鎌之助がふらりと佐助の前に倒れた。


「捨て置きなぁよ…邪魔だろぉ?」


「邪魔にならねぇよう黙っとけっての」


倒れ込んできた鎌之助をそのまま担いだ佐助は、燃え残った家屋の影へと滑り込んだ。


「アタシャ獣族って、ぇのが苦、手でね」


朽ちた壁に寄り掛からせ、傷を確かめようとした佐助は短く息をのむ。


「ほぉれ、鼻利く奴等、が来ちま…うよ?」


赤黒い布を外すと、噛み裂かれた肉の溝が幾筋も覗いた。 佐助は流れる血に手拭いを押し当てる。


「なぁお前さぁ、死にそうになってて笑う癖なんとかしろ」


「何でぇな…グ…愉しいだろぉさ…ね」


血を吐きながらも笑みを崩さない。伸ばされた手は、追い払うように弱々しく揺れた。


「俺もさっき庇われたから、貸し借りなしな?」


佐助は立ち上がると鎌之助を振り向かず、近付く無数の気配に忍刀を構える。


佐助の背が霞む。鎌之助の瞼が静かに閉じると、伸ばしていた腕はだらりと力無く鎌之助の上に落ちた。



夜明け。


血と泥、悲鳴と怒号が交錯した廃村は、空が白む頃には朝焼け色の静寂に包まれていた。風が吹けば土と血の混じった布がはためき、唯一の音を立てる。


日が昇りきった後。その静寂に、ずり、ずりと土埃を上げながら進む才蔵は、屋根の無い家の中に寄り掛かり座る鎌之助を見付けた。


「最後まで尻拭いか」


才蔵はその場に座り、佐助の忍刀を背から下ろし、血に濡れたその刃を拭うと静かに地に突き立てる。


忍は何も語らず、何も残さず


才蔵は忍らしからぬ奇声を上げていた男をチラと見て、目の前の光る刃にヘラヘラ笑う顔を思い浮かべると、堪えきれずに深く長く息を漏らした。


「あーっ、それ、俺のだろ?」


才蔵が顔を上げると血塗れの佐助が忍刀の側に屈む。


「喉元に突き立てられたまま置かれていた。忍刀等、忍と特定さるる物を捨て置くな」


「いやー、途中から腕が付いてんのか無ぇのか分かんなくなっちまってさ?あんがとよ」


佐助は途中で拾った短刀を固定していた布を腕から外しながら、慣れた道具の方が良いよなと笑う。


「鎌、も…無事か」


佐助の手から離れた、刃こぼれの酷い短刀は地に刺さらず黒ずんだ布と共に地面に落ちた。


「はぁぁぁぁぁ…くたびれた」


鎌之助の弱く動く胸元を確認し、佐助はその場に突っ伏す。


「死んだか」


ドサッと音と共にあがった土埃が落ち着いても、微動だにしない佐助の背に才蔵が声を投げた。


「…死んでねぇ。けど、死にそう」


ごろりと仰向けた佐助は、爛れた腕をぎこちなく動かし、同じく爛れた顔と焦げて縮れた頭に布を巻いている才蔵を見て、お前の姿の方が死に損ないだろうと小さく笑う。


「して残党は」


《居たら戻って来ねぇっての。此れで我が主の憂いは無ぇ、よ…な?》


もう声も出せないのか佐助は両目を閉じる。屋根から垂れ下がる細い蜘蛛の糸が、風に震えながら二人の間を横切った。糸に反射した光に才蔵は顔を上げる。崩れた屋根の端から細き糸が垂れていた。


願わくば


その糸に縋りつくように、蜘蛛の身がゆるりと揺れる。才蔵はぼんやりとそれを見ながら、もし目覚めることがあれば今度こそ配置換えを願おうと目を閉じた。


焦げと血の匂いを含んだ風が吹き込むと糸が緩み、地が迫り、視界が反転する。落ちながら揺れる視界の端、三つの影が映り、光が細く揺れ


──ぷつり


闇が落ち、すべてが途切れた


 


『え?あの忍達がどうなったか?そんな気になる?いや、けど続きなんて無い無い。死んだらその先なんて見られないから。あ、そろそろアンタが上に行くか下に落ちるか、最後の審判ってのが始まるよ』


声の主は、光の筋が暗闇に描いた線を指す


『ここ真っ直ぐ歩いてって。え?全く事実と違う?そりゃそうだ。此れを見てたのはアンタじゃない。言ったろ?これは忍のお話しだって』




土に還ろうとも、記憶は冥き底で形を保つ


ここで語らるるは、その者達が最後に見た光景の継ぎ目




『さあ、今度はアンタの番だ。アンタが見て感じた事をどうぞ』

誤字修正いたしました。お読みいただきありがとうございます。

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