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月夜の恋情

作者: 花宮椿妃
掲載日:2025/11/03

月夜の恋のお話。

夜空に一番星のシリウスと月が美しく輝きを放つ。

今夜の雰囲気にぴったりな心地良い夜風に当たりながらひとりで歩く。歩きながら思い起こす。

出会った頃の事や、知りたくて会いたくて何度も会社帰りに店に寄った時のことを。

自分の恋心にスイッチが入る瞬間を昨日の事のように覚えている。

彼女が待つ場所に近づくに連れて鼓動が早くなるのが分かり、落ち着かせるために深呼吸をして空を眺める。

『星が綺麗だな…』夜の藍色の澄んだ空気感と、ほんのり甘さを感じる雰囲気の月夜は優しい彼女に包まれてる感じがする。

 ここの所、僕は苛立ちが凄かったが…彼女と出会ってから苛立ちが治った。

空を眺めるという余裕も出てきた。

今の気分を色で例えるなら、夜の藍色でも白でも黒でもない。今の気分はピンク。

夜の藍色がピンクに変わる。

『好き』と早く伝えたくて、伝えたらどんな表情を見せてくれるだろうか……想像するだけでドキドキして顔がほころんでしまう。

街灯のオレンジ色の光の中にある約束した店に到着すると、先に到着し窓際に座ってるキミがいた。

こちらに気がついていないキミに柔らかい視線を送る。店のクラシカルな雰囲気の中で本を読むキミは、物語に出てきそうなくらい魅力的。

月明かりのシナジー効果でひときわキラキラと光芒を放つ姿は美しくて、時間を忘れてしまうほど暫く見つめていたい。

『やはり彼女は見ているだけで安心する。』

好きになった理由を再確認できて、色褪せる事のないその魅力に引き込まれる。

こちらに気がついたキミは本を閉じて手を振りながら微笑んでくれた。ボクも笑顔で手を振って応え、急いで店の中へ向かう。

これから伝えるよ、心の全てを……。




 店のドアに手をかけ開くと…ドアベルがカランコロンと鳴り、外の街灯と同じ温かなオレンジ色の光に包まれたアンティークの空間が出迎えてくれる。

ここは”café Yorumachi”

 今から数ヶ月前、仕事で嫌なことがありイライラしていた僕は真っ直ぐ帰宅したくなくて帰り道を遠回りしていた。

初めて通る道は新鮮でその時も時間帯は今と同じくらい。

街灯に照らされた煉瓦作りの外観の店が妙に気になって入ってみたら、店内は壁一面が本棚になっており古い本が並んでいる。

アンティークの家具やステンドグラス、照明が何個も飾り付けられいて時間を忘れさせてくれるような雰囲気に見惚れてしまったのを覚えている。

『シヅキくん、いらっしゃい。お待ちになられてますよ。』ロマンスグレーのオーナーが出迎えてくれた。

『こんばんは。』と会釈をしてから窓際の彼女に視線を向けると、笑顔を見せてくれた。

『待たせてしまってごめんね。』上着を脱ぎながら椅子に座る。

 彼女と知り合ったのは、この“café Yorumachi”で。初めて訪れた日に出会った。

その時もこの窓際の席で彼女は本を読んでいた。

揃いのティーポットとティーカップ&ソーサーで紅茶を注文するのが彼女の定番らしく、今夜も同じメニューだ。

『シヅキくんは何になさいますか?』オーナーが押し花のコースターを置いてからお水を出し声をかけてくれる。ブレンドをボクは注文をした。

緊張していたのが伝わったのか、オーナーは微笑みながら『お好きなカップを選んでくださいね。』と続けてくれた。

そう、このカフェでは好きなカップを選ぶことができるのだ。

その時の気分によってカップを選ぶ事ができるのは有り難い。

『その綺麗な瑠璃色の葡萄の描かれたカップでお願いします。』今の季節と目の前にいる彼女の雰囲気に合いそうなカップにした。

 紅茶を美味しそうに飲んでいる彼女はカホという名前で、栗色の長くて柔らかな髪に伏せ目になった時のまつ毛の長さが美しく、濃いブルーのカメオが施されているティーカップと揃いのティーポットがよく似合っていた。

瑠璃色のカップを選んだのは、彼女が選んだカップに似た色にしたかったのもある。

そのカップは彼女のお気に入りなのか…知り合った日も同じティーセットで紅茶を飲みながら本を読んでいた。

その姿に見惚れてしまい一瞬で恋に落ちた。

店の雰囲気が気に入ったのもあるが、名前を聞くことがなかなかできなくて彼女に会う為に何度も店に来てしまい、やっとの思いで聞く事ができた時の喜びは…とてつもない嬉しさでいっぱいだった。




 珈琲豆の焙煎された芳醇な香りが店中を漂い、アルコールランプの火でサイフォンのフラスコ内のお湯がコポコポと沸く。コーヒーの粉が入ったロートに蒸気圧でお湯が一気に上り珈琲色に変わる。

オーナーが丁寧にロートの中の珈琲をヘラでかき混ぜてアルコールランプの火を消すと、またフラスコに戻る。

オーナーが温めておいたオーダーしたカップに香り高き珈琲を注いで、瑠璃色と珈琲色が相まって今夜という日を彩ってくれる。

彼女とボクはその一連の珈琲を淹れる作業工程を見るのが好きで、一緒に眺めていた。

『お待たせいたしました。』テーブルまで届けてくれたオーナーに一礼をすると、オーナーがにっこりと微笑んでくれて『ごゆっくり。』と返してくれた。

 『いつもそのティーセットで紅茶を注文してるよね?』と訊ねたら、『この時間に来る事が多くて、夜の色に似てる色のカップだったから。』にこやかに答えてくれ、『シヅキくんは今夜選んだカップはどうして?』と質問してくれる。

『ボクは…カホちゃんがいつも選んでいるカップに似ている色にしてみたよ。』…本当は彼女の雰囲気に合った物を選んだと言いたかったが…それでも伝えた理由はあからさまだったかもしれない。

恥ずかしい気持ちと好きな気持ちがバレそうになってるが、今日は彼女に気持ちを伝えるために来たんだと緊張から汗ばんだ手をぎゅっと握る。

『その葡萄が描かれたカップも素敵よね。今の季節にぴったり。次に注文する時は、そのカップにしようかな。』はにかみながら彼女が伝えてくれて、その表情が愛らしくて見つめてしまっていた。

『シヅキくん?』覗き込むように名前を呼ばれる。

はっ!と我に返ったボクは慌てて珈琲を飲むが…『あつっ!』熱さを忘れて飲んだせいで更に慌てた。

その姿を見られてしまい罰の悪そうな表情をしていたら、『シヅキくんは楽しい人ね。表情が豊かでそういう人好きです。』クスクスと彼女は笑いながら言った。

面を喰らってしまった。

……好き!?ボクを好き!?…落ち着け。落ち着け。彼女は表情が豊かで好きと言っていてボクではなく“表情が豊か“が好きと言ったんだ。ボクのことなんかじゃない。いや、でも、待てよ?ボクの事を好きとも取れる。ボクへの好意と考えても良いのではないか?もう少し話をしてから切り出そうと思ったけど、今、切り出すべきじゃないか?

…ボクの心の中は自問自答でいっぱいだったが、手にかいた汗を拭いてからもう一度強く握り意を決して本題に入る事にした。




 『カホちゃん。聴いて欲しい話があるんだ。』ボクは彼女に気持ちを伝え始めた。

『初めて来た時、ボクは仕事が上手く行かなくて悔しくて…道草をしていたらこの店を見つけたんだ。煉瓦作りなのも気になっていたし、入ってみたらアンティークがいっぱいで物語の中にいるみたいで驚いたんだ。そしてカホちゃんがこの席に座っていて、今夜みたいにそのティーセットで紅茶を飲みながら本を読んでいて…すごく綺麗な子だなって思ったんだ。』

真っ直ぐボクを見て聞いてくれる彼女に『仲良くなりたくて、名前も知りたくて…この店に通うようになったんだけど、オーナーさんも温かくてカホちゃんに会えるのも嬉しくて、仕事帰りに立ち寄るのが日課になったんだよ。そのおかげで仕事を今まで以上頑張ることができてるから…知り合えて感謝してるんだ。ありがとう。』そんな…と言いながら頷く彼女に伝われ!と願いながら続けた。

『聡明な貴女の事が憧れでもあり、カホちゃんの事が好きです。大切にしたい人なのでボクと付き合ってください。』頭を深々と下げ伝えた。

言った…伝えた…伝えられた…が、返事が怖くて顔を上げる事ができない。

時計の秒針がカチカチと鳴る音とオーナーがカップをキュキュッと拭きあげる音が鳴る…彼女からの返事はない。

すごく時間が長く感じる。もう1ヶ月もここでこのままの姿勢で過ごしているかのように長く感じる。

やはりさっきの好きはボクを好きという意味ではなくて、表情が豊かの部分だったんだ…。

ボクの恋は終わった。

せっかく名前を知れて仲良くなれたのに。もう、この店へ来ることも無くなるのか…もう、彼女に会う事ができなくなるのか…そうか…焦ったかな、焦ったな、早まったよな…早まったな…もっと時間をかけなきゃいけないよな…

『ありがとう。……宜しくお願いします。』

あぁ、やっぱりダメだったか…ありがとう言われたしな、そりゃ無理だよな…

……ん?そのあと、なんて!?なんて言ってくれた!?え!?!?宜しくお願いしますと言った!?

顔を恐る恐る上げたら、カホちゃんは満面の笑みを浮かべてくれてもう一度『宜しくお願いします。』と頬を赤らめながら伝えてくれた。

その時の空気感はまさにピンクで、それも優しいピンクで、ボクの今夜の気分と同じだった。

気持ちが通じ合った瞬間は素晴らしいと思えるほどの幸福感を味わえてる時間で嬉しい。

僕はテーブルの下で小さくガッツポーズをしてしまっていた。




 オーナーが『シヅキくん、カホちゃん、おめでとう。二人の大切な時間に立ち会う事ができて嬉しいですよ。ありがとう。これは私からのささやかなプレゼントです。』と、テーブルにイチゴのショートケーキが二個並んだ。

ずっと静かに見守ってくれていたオーナーの気持ちが嬉しい。

ボクの恋人になってくれたカホちゃんと初めて一緒に食べるショートケーキのクリームはとてもミルキーで苺の甘酸っぱさが絶妙にマッチしていて、珈琲とのペアリングも素晴らしい。

今日の珈琲とショートケーキの味は忘れられない味になったし、“café Yorumachi“も僕たちにとって大切な場所になった。

『月と星の天体繋がりのお二人はお似合いですよ。』とオーナーから言われ、驚いた。

ボクは詩集の詩に月で詩月シヅキという名前だけど、カホちゃんは?と思い彼女の顔を見たら『花に星と書いてカホと読むの。』と教えてくれた。

本当だ。天体繋がりだ。月と星の繋がりなんて、なんて素敵なんだ。彼女との距離が近くなった感じがして嬉しい。

“café Yorumachi“の上には満天の星たちが…その沢山の星の中で今夜ボクは目の前に座るとても美しい星を大事にし守ろうと心に誓う。

その星はボクが知る星の中でも、より一層の美しさで今までで1番美しい。

『キミはボクの大切な人だから大事にするからね。約束するよ。』

ボクはテーブルの上に手を差し出して、彼女の手を取り目を見て伝えた。

これからお互いがお互いの輝きを増すような関係を築いていこうと手を繋いだまま微笑み合う。

“café Yorumachi“の窓から見えるシリウスが夜空に輝く。

私が初めてショートショートを書いた作品です。

noteに同名のショートショートが投稿されていますが、作者名は花宮椿妃名義ではありません。

翠玉という作者名ですが、翠玉と花宮椿妃は同一です。

決して転載ではございません。

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