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  作者: 木々


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一歩

[登場人物]

富野瑛亮(18)高校三年生

小和瀬薫(19)高校三年生

三家蒼太(19)高校四年生

薫の言葉にハッとさせられた。自分ひとりで生きていけば、誰に迷惑をかけることもない。自分の選択で、母を煩わせることも、悲しませることもない。自立することは、母を守ることにもなる。自分の存在から、すぐにでも母を解放してあげたくて、スマホに送られて来ていたURLを開く。

「でもさぁ、瑛亮。孤独になっちゃだめだよ。」

「えっ?」

薫は真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「瑛亮ってさ。自分のことより、ひとのこと優先してそうだから。自立したって、大人になったって、たまには周りに迷惑かけてでも、自分のこと優先していいんだからね。」

「ああ……うん。」

咄嗟にそう返事はしたものの、薫の言ったことをよく分かっていなかった。自分の中に、周りに迷惑をかけてまで優先しなきゃいけないことなど、何も思いつかなかった。

帰宅して部屋に荷物を置くなり、すぐに教えてもらったアプリを開く。アルバイト先の工場の近くで部屋を検索し、家賃の安い順に見る。工場までが徒歩圏内じゃなくてもよかったし、もちろん駅からも遠くていい。ひと通り部屋を見て家賃相場を知ってから、一人暮らしを始めるのに必要最低限の金額を調べて計算する。それが出揃ったところで、隣に通帳を並べ、自分の貯金額と見比べた。今の時点でも、なんとか最低限は揃いそうではあったけれど、薫の言った通り、月々のアルバイト代だけでやり繰りしていくとなると、あまり現実的ではない。部屋を借りるにも審査があるらしく、これを親に何も言わず、学生のうちに一人でやるのは難しい。そうやって、色んなことを考えているうちに、すぐに家を出られるわけではないことを悟った。

溜め息をつき、必要金額を計算したメモ用紙を、通帳と一緒に引き出しへしまう。しかし、この結果に案外がっかりすることはなかった。今できないというだけで、ずっとできないわけじゃない。これに向けて、逆算して生活をしていけばいい、と前向きになれた。今まで、火曜日はスクーリングがあるという理由で出勤していなかったところを、四月からは日曜日だけで単位が取得できるように授業を組めば、平日は五日間とも出勤できる。今の工場で社員になって、月にどれくらい給料がもらえるのかも今の自分には分からないが、この選択が先延ばしになったとしても、誰かに迷惑をかけるわけじゃない。焦る必要は無いのだ。こうやって、自分から何かをしようとして、一人で考えたのは記憶にある限り、初めてのことだった。いつか実現できる目標への一歩だと思うと、それだけで達成感があった。

心の支えだった、葛西と一緒に生きている感覚は失ってしまったけれど、それを背負って生きていくことが、自分にとっての償い。たとえ、葛西に恨まれていたとしても、自分が葛西を思う気持ちは変わらない。彼に対する懺悔と同じくらい、今も彼のことが好きだった。

「蒼太くん、黄色とかオレンジが好きだったと思うんだよね。」

三月。先輩たちの卒業式の当日。会場へ行く前に、花屋で薫が花束を選ぶのを、後ろで見ていた。

「流樹くんは……青系でいいかな?好きな色とか分かんないけど、見て!この青い花、すっごい綺麗だし!なんか珍しくていいよね。」

「うん。」

「ねー、瑛亮、ちゃんと聞いてる?テキトーに返事しないでよ。今日渡す花束は、思い出の写真全っ部に写るんだよ?」

「あ……ごめん。」

卒業式は学校の近くの会館で行われ、卒業生以外は出席する必要はないが、在校生は学生証を提示すれば、会場のホールまでは入ることができた。今年は薫と二人で、三家先輩たちの卒業を祝う。卒業式が終わって、会場から出てきた先輩たちに薫が手を振り、三家先輩が手を振り返す。

「卒業おめでとう!」

薫が花束を渡すと、三家先輩は笑顔で受け取り、流樹先輩は言葉は発さず、深々とお辞儀をする。二人とも、見慣れないスーツ姿で、格好よく着こなしていた。

「ありがとう!薫、富野も。」

「もうみんな学校来ることなくなっちゃうんだね。寂しくなるなぁ。」

「別に毎日会ってたわけじゃないんだし、そんな寂しくもないだろ。」

「えー、寂しいよ。」

「いやいや嘘だね。」

「嘘じゃないよ!ね、一緒に写真撮ろ?」

薫がスマホを構えながら三家先輩の隣へ行って、写真を撮る。薫が何枚も続けて撮るから、途中で三家先輩が笑っていた。

「写真何枚撮んだよ。薫。」

「だって、スーツとかレアじゃん!ねー、流樹くんも!」

薫が手招きして流樹先輩を呼び、写真を撮っている様子を隅で見ていた自分を三家先輩が呼ぶ。薫のスマホに写るひとが、どんどん大人数になって、画面に入り切らなくなると、薫はスマホを三家先輩に渡した。

「全員入らない!蒼太くん撮って。蒼太くんのが腕長いから。」

「よし、これでみんな入る?じゃあ撮るよー。」

皆で撮った写真に写る自分は、硬い表情ながらも、きちんと笑えていた。写真を撮るのなんていつぶりだったのだろう。中学の卒業式には参加しなかったし、入学式でも撮らなかった。ふと、中学の同級生を思い出そうとして、気づく。あのころ同級生だったひとたちはもう、今年で卒業だ。自分にはまだ一年あるけれど、同級生の大多数は、この四月から大学生や社会人になる。これから先、彼らとは節目が一年ずつずれていく。あの日から徐々に広がっていた「普通」との溝が、ついに一年になった。自分はもう、「普通」に固執することも「普通」に追いつこうと、焦ることも無くなっていた。

[次回更新]3月20日 金曜日 23時予定

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