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  作者: 木々


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44/46

準備

[登場人物]

富野瑛亮(18)高校三年生

小和瀬薫(18)高校三年生

これ以上、父親と話すのが嫌になって、自分の部屋へ戻った。当たり前のように毎日ここへ帰ってきて、顔を合わせたくもないひとと同じ家にいる。そんな日々を繰り返すくらいなら、この家へ帰ってくる意味など無いのではないか。見渡した部屋の中で、パッと目につく限り、もはや名残り惜しいものなど一つもない。

ポケットの中に入った鍵を取り出し、鍵のかかった机の引き出しを開ける。葛西がくれたリップクリーム、誕生日プレゼント、喫茶店の給料が入った茶封筒、そして通帳が入っていた。毎月入る給料は、食費以外にはほとんど使っていない。つまり、働いた時間のほとんどが、使う予定の決まっていない貯金になっている。

「……これだけ持ち出せれば、他に何も必要ないけどな。」

どれくらいの貯金があれば、自分ひとりで新生活を始められるだろうか。三家先輩は大学をきっかけに一人暮らしをすると言っていたが、自分にはそういう目標もない。それなら高校に通いながらでも、やろうと思えば家を出てしまえるのではないか。そう思うと、急に心の底から、湧き水のように希望が湧いてくる。少しだけ、気が楽になった。

「瑛亮!」

名前を呼ばれて振り返る。学校の昼休み、いつも昼食を食べている場所だった。

「あ……薫、久しぶりだね。今日、授業?」

久々に会った薫は、髪が伸びて少し雰囲気が変わっていた。そのせいか、自分は返事をするのにひと呼吸あけてしまった。

「玲那ちゃんとランチしてさ。この近くのお店だったから、誰かいるかなーと思って寄った!」

「そっか。」

薫は笑顔で、自分の隣へ座る。風に乗って、花のような香りがふわりと鼻を掠める。薫のほうからだった。伸びたその髪から香ったのか、着ている服から香ったのかは分からなかった。

「薫、髪伸びたね。」

「え?あー……うん。ちょっとね。イメチェンっていうか。あんまり長いと親うるさいから、そんなに伸ばせないけど。」

そう言って、薫は前髪を触る。雰囲気は変わったけれど、それ以外は、よく知っている薫のままだった。

「先輩、元気だった?」

「元気だったよ!なんか、大人っぽくなってた!玲那ちゃんは元々おしゃれだったけど、さらにおしゃれになってたっていうか。なんかさー、僕も早く卒業したくなっちゃった!もう四年生に単位残さず、頑張って取ってさっさと卒業しちゃえばよかったーって。」

薫は口を尖らせ、机の上に頬杖をつく。自分はちょうど、薫の肘を見るような形で俯いた。

「薫は卒業してからの進路、もう決めてるの?」

「……うーん。なんとなく。」

「進学?就職?」

「一応……就職?かな。」

「そっか。すごいね。」

将来のことを何も決めていないのは、自分だけのような気がする。薫の口ぶりからは、それくらい決めていても当然、という余裕のようなものを感じた。しかし薫は、不服そうにこちらを見る。

「えー?本当はそんなこと思ってないでしょ。瑛亮、テキトーなこと言ってるな?」

「本当に思ってるよ。俺、自分で何も考えてなくて。進学するつもりは無かったけど、就職もまだ何も考えてなかったから。」

薫は体を直し、大きな瞳を見開いて驚く。

「えーそうなの?意外。瑛亮って結構真面目にレポートとか提出してるし、授業も出てるからさ、進路もきっちり考えてるんだと思った。」

「全然そんなこと無い。やりたいことも無いし。だからバイト先で、卒業したら社員にならないかって言われて、頭真っ白になったくらい。それで、必要とされる場所があるなら今のところに就職しようかなって……。」

話している途中で、薫は「待って」言葉を遮る。

「それって、内定もらったってこと!?すごいじゃん、おめでとう、瑛亮!」

「あ……ありがとう。そう言ってくれたの、薫が初めてだ。」

思わぬ祝福に、頬が緩む。決めた進路は自分のやりたいことではなく、周りから機会をもらって決めたこと。何も考えていなかっただけなのに、こんなに真正面から「おめでとう」と言ってくれるひとがいるなんて、思わなかった。

「そうなの?めでたいのに。」

「母親は喜んでくれたけど、伝えたタイミング悪くて。そんなふうに祝ってはくれなかったから。父親とは……あんまり関係良くなくて。なんか、失望したらしいし。考えてることよく分かんないひとだから、気にしてないけど。」

「へぇ。僕も親と仲悪いからなんか分かる。もし僕が内定もらっても、親は何にも言わなそう。だから報告すらしないかも。」

「そうなんだ。それってやっぱり、前の学校辞めたときから?」

「その前からあんまよくなかったけど、そこで完全に仲違いって感じかも。縁切るまで言われた!」

薫は笑ってそう言う。薫はすでに、自分ひとりの人生を楽しんでいるように見えた。

「なんかさー、うちの親って頭堅いんだよね。自分の生きてきた環境とか、時代しか信用してないっていうかさ。それがいいと思い込んでるから、僕にも押しつけてくるの。僕には僕の価値観とか、やりたいことがあるし!って感じ。だから絶対曲げなかった!今はほとんど口もきかないけど、僕の顔見るとなんか言いたいのか、いっつもうるさいんだよね。だから顔合わさないようにしてる。」

薫の話を聞きながら、何度も頷いた。どこの親もそんなものなのだろうか。自分の見てきたことだけを正しいと信じ、子供がその道を外すと無理やりにでも引き戻そうとする。親は子供に、失敗して学ぶことなど、一切させたくないのだろう。

「……俺も、同じような感じ。父親には何言っても通じなくて。卒業待たずに、家出ちゃおうかとか、最近考えてる。」

「え!もう一人暮らしできるくらい、貯金貯まってんの?」

大きく首を横に振った。

「分からない。そういうの、何にも詳しくなくて。どれくらいあればできるのかも分かってない。今はただの、願望っていうか。今の家にある物もほとんど必要無いし。わざわざ会いたくもないひとがいる家に帰らなくたっていいんじゃないかって、思っただけ。」

「あー、そういうこと?家賃とかは住みたい場所にもよるけど、学生バイトの給料で家賃と生活費払ってくのは厳しいかもね。でも僕は親にムカついたときとか、よくアプリで部屋探してるけどね!見てるだけでワクワクするしさ、バイトもっと頑張ろーとか、すごいやる気になるんだよね。あ、僕が使ってるの、教えてあげよっか?」

「へぇ……お願いしようかな。」

「オッケー!ていうか。瑛亮からやりたいこと聞いたの、初めてだね。前進してるじゃん。」

今まで何の目標もなく、ただ目の前のことをこなすだけだった。いつも周りからきっかけを与えられて何かをするだけで、自分からしようとは思わなかった。でもそれは。

「前進というより……逃げることだけど、いいのかな。」

「逃げてるんじゃない、自立すんの。誰にも邪魔されないで自由に生きる代わりに、責任も全部自分で取るんだから。」

[次回更新]3月17日 火曜日 23時予定

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