思い出
[登場人物]
富野瑛亮(18)高校三年生
三家蒼太(19)高校四年生
ポケットの中で、力いっぱい鍵を握りしめる。三家先輩が話してくれた過去、それを乗り越えるきっかけになった言葉。それを聞いて、何か返さなければとは思っているのに、頭の中が混乱していて何も出てこなかった。
「あー……ごめん。湿っぽい話になっちゃったな。」
三家先輩はばつが悪そうに言った。それに対して、首を横に振って否定する。
「い、いえ……。」
手のひらから鍵を離し、目の前のカップ麺の上の箸を手に取ろうとする。小刻みに震えた手が言うことを聞かず、箸が床へ落ちる。
「おっと。」
鈍い動きしかできない自分の代わりに、先輩が箸を拾った。
「あ……すみません。」
「ここ寒いよな。後味悪い話しちゃったお詫びに、なんかあったかい飲み物でも奢るわ。」
先輩は席を立ち、教室を出て行く。自分は何も言えないまま、その場にいるだけだった。心がざわざわと落ち着かない。心拍数も緊張しているみたいに上がっていた。
一度は葛西の死を受け入れ、背負ったはずなのに。いつから、その責任から逃れようとしていたのか。頭の中で、繰り返し自分を責め立てる言葉が行き来する。「お前が葛西を、自殺に追いやった」息が詰まるような台詞が、長谷川の声で再生される。もう、すっかりそんなやつのこと忘れたと思っていたのに。自分勝手に葛西の思いを解釈して、自分を優先して前に進んだ。だから、変わってしまった。忘れてはいけない過去を忘れて、自分だけが未来へ行こうとした。葛西はそうしたくてもできないのに。なんて、ひどいやつなのか。
「富野。コーンスープとおしるこ、どっちがいい?」
その声に振り返ると、三家先輩は笑顔でこちらに二つの缶を渡した。
「あ……ありがとうございます。じゃあ、コーンスープで。」
「オッケー!」
受け取ったコーンスープの缶は温かくて、鍵の跡でへこんだところ以外の、手のひらをほぐしていく。葛西と一緒に成長していくことなど最初から不可能だったのに、どうして可能だと勘違いしてしまったのか。先輩が隣に座っても、その後悔を続けていた。
「食後はやっぱ甘いもんだよなー。おしるこ、久々に飲んだけど美味い!」
先輩は隣で缶を開けて、満足そうにおしるこを飲んでいる。それを見ていると自然と笑みが溢れた。
「あ、俺もう時間だわ。じゃあな、富野。」
「あの。これ、ありがとうございました。」
「おう!」
教室を出ていく先輩に、お礼を言って頭を下げた。
今の状態では授業の内容が入ってくるとも思えず、午後の授業を受けるのはやめて、学校を後にした。最寄り駅から電車に乗って、バスに乗る。家から一番近いバス停を過ぎて、図書館の前で降りた。
葛西のことを知りたいとき、どうしようもなく葛西に近づきたいとき、ここへ来る。葛西のことを考えたいときは、ここが一番落ち着ける場所だった。しかし、本を選んでいるとき、毎回のように思うことがある。葛西はこの本を読んだのだろうか。もし読んだことがなかったら、自分のしているのは何の意味もないことなのではないか。ということだった。
図書館で、適当に選んだ本を読んでも、何かに押し潰されそうな感覚のせいで内容は入って来ない。文字列に目を通していただけで、気づけば閉館時間になり、追い出されるように図書館を後にした。空はすっかり暗くなって、住宅街の家の窓には、どれも暖かい灯りが灯っている。その一つ一つに生活があると思うと、とても自分が孤独に思えて、暗くなってきた道を一人で歩くと、どことなく寂しい感じがする。ファミレスの灯りが見えたとき、吸い込まれるように店内へ入った。
店内には、学校帰りの女子高校生や、サラリーマンの男性、小さい子供を連れた家族など、色んなひとが食事をしていた。店員に言われるがまま席へ案内され、メニューを眺める。正直、腹は減っていなかった。厳密に言えば減っているのだろうが、考えることが多すぎて、空腹を感じられなくなっている。そんな状態でも食べられそうなものを探して、フライドポテトとドリンクバーを注文した。ドリンクバーを頼む予定は無かったが、この店で葛西と最後に過ごした時間を思い出して、つい注文した。どうせ一杯しか飲まないのに。
中学時代の自分だったら、何杯か飲んで元を取らなきゃ、と言う周りに合わせて無理して飲んだ。今はもう、そんなことを考えないし、そのころよく一緒にいた同級生の連絡先さえ知らない。自分は金に困った経験もないのに、周りに合わせて無理してジュースを飲んでいた。皆がそうしているからという理由だけで。何も考えないで過ごしていた。
席を立ってドリンクバーコーナーへ行き、カルピスとオレンジジュースを混ぜて入れる。葛西が美味しいと言った組み合わせだった。この組み合わせは、自分があの同級生たちとつるんでいなければ、葛西に教えることができなかった。そう考えれば、あんな時間にも意味があったと思える。席へ戻って、あの日、目の前にいた葛西を思い出す。
葛西は、自分との時間をどう思っていたのだろう。葛西はこのジュースのほかに、何が好きなのだろう。好きな食べ物は。進学する高校は決めていたのだろうか。あの日、打ち上がった花火を見て、葛西は何を思ったのだろう。自分は葛西のことを、知らなすぎる。今さらになって、その現実がつらく、苦しかった。
[次回更新]3月10日 火曜日 23時予定




