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  作者: 木々


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38/46

自戒

[登場人物]

富野瑛亮(16)高校一年生

三家繁里(88)蒼太の祖父

机の上に置いたスマホから、甲高い通知音が鳴る。視線だけをそちらへ向けて、力を込めた拳は緩められずにいた。その間に通知が何度も、連続で鳴って、次第に意識がスマホへ向く。手の中の鍵を、机の上に置いてスマホの画面を見た。

何件ものメッセージの送り主はすべて薫。急ぎの用や大事な話かもしれないと思い、すぐにトーク画面を開く。連投されたスタンプが並び、一番最初のメッセージには「新しいスタンプ買った」と書かれていた。一瞬でも、真剣に捉えた自分が馬鹿らしくて、つい笑ってしまう。一言返信をして画面を閉じ、引き出しにはまた鍵をかけた。

翌朝、早朝からマスターの居る喫茶店へ向かった。今度は先輩の付き添いもなく、一人で店へ入る。扉に付いたベルの音が、カランカランと鳴った。

「お、おはようございます!」

意識して声を張った。マスターはカウンターの中から、こちらを振り向く。

「おはよう。今日も来てくれてありがとうね。」

マスターは笑顔で応えてくれた。今日はちゃんと貢献したいことを伝えようとして、ぐっと手に力が入る。握った手の中に、じんわりと鈍い痛みがあった。

「あの!今日は、もっと積極的に手伝いたいです。いいですか?」

「おお、やる気があるねぇ!そしたら、ふきんでそっちのテーブルを拭いておいてくれるかい。」

マスターはカウンターの上にふきんを置いた。自分は「はい!」と言って、それを受け取り、言われた通りにすべてのテーブルをふきんで拭いた。マスターはその間にレコードで音楽をかけ、カウンターをふきんで拭く。

「他に、なにかありますか?」

「いいや。もう完璧だ。開店しようか。」

入口横の窓にかけられた「準備中」の札を「営業中」に変え、マスターはカウンターの中へ行って、テレビをつける。椅子へ腰をおろしながら、マスターは嬉しそうに笑う。

「富野くんのおかげで、今日は早く開店できた。ありがとう。」

「いえ……。昨日、初めてお給料をもらって、もっと頑張らなきゃって思ったので。」

「ははは、そうかい、そうかい。」

マスターと一緒に笑って、カウンターの奥の丸椅子を、邪魔にならない位置に引き寄せて座る。椅子を持ち上げたとき、また手の中に鈍い痛みを感じた。手のひらを見ると、真ん中に小さな痣があった。おそらく、鍵を握り締めたときに鍵の先が食い込み、後から内出血になったのだろう。

ぼうっと手を見ていると、店の扉が開いてカランカランという音がした。常連さんは、昨日と同じようにカウンター席へ座る。マスターがコーヒー豆を挽いて、トーストとゆで卵を準備する工程では、出しゃばらないようにした。昨日見たマスターの無駄のない動きには、何をしても自分は邪魔になると判断したからだった。

常連さんは次々とやって来て、帰るひとが出てくると、カップや皿はそこに置かれたままになる。彼らの会話を遮らないようにそれらを片付け、静かにシンクへ置く。

「おお、片付けてくれたのかい。ありがとね。そこに置いといてくれたら、後でするよ。」

「あの……やってよければ、洗い物、自分がします。昨日見てたので、やり方は分かると思います。」

「おお、そうかい。働き者で感心だ。じゃあお願いしようかね。」

マスターが笑うと、一緒に話していた常連さんも興味深そうに笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

「おいおい、アルバイトさんかい?」

「昨日と今日と、孫が来れない代わりに来てくれてね。蒼太の後輩だと。」

マスターは嬉しそうに話した。常連さんに紹介されるのは、少し照れくさかった。

「あー、蒼太くんの。もういくつになったね?」

「蒼太は、17になるか。」

「あれ、もう17かぁ。この間まで小学生だった気がするよ。」

「そりゃあ、あんた時間が止まりすぎだ。」

常連さんは皆で「がはは」と大笑いする。その横で洗い物をして、乾いたふきんで食器の水気を拭き、棚に並べる。常連さんが帰るたびにそれを繰り返し、自分の中で罪悪感が膨らみそうになるのを抑えていた。

お昼前になると、マスターは今日もオムライスを作ってくれた。同じもので悪いね、と言われたが、自分にとってこれは楽しみの一つだった。一口一口、味を噛み締めるように食べて、昼食の洗い物も自分が行う。このときには、手のひらの鈍痛もただの痛みではなく、自分が変わっていくことへの戒めと捉えるようにしていた。痛むたび、葛西を思い出せるのは、次第に安心感へ繋がった。

午後の営業が再開し、テレビを見るマスターの隣で、自分はすることもなく、ふきんをたたみ直したり、灰皿を並べ直したりして過ごしていた。

一時間ほどしてから、店の扉が開く。杖をついたおじいさんと、その人を支えるようにして、五、六十代の女性が一緒にやって来た。

「いらっしゃい。」

二人の顔を見て、マスターが声をかける。常連さんは皆、入ってすぐに挨拶をするので、彼らが常連ではないことは自分にも分かった。

「……三家さんか?……三家繁里(しげさと)さん?」

「ええ。そうだけども。前にどっかで会ったかね?」

杖をついた老人は驚いた後、ぎゅっと目をつむり、目頭を押さえる。言葉に詰まっている様子の彼に代わり、女性のほうが話し始める。

「あの私ども、岡本と言います。こちら、私の父で、岡本時国(ときくに)です。」

マスターは目を見開き、立ち上がってカウンターから外へ出る。

「ああ……あの、岡本さんかい?ああ、いやぁ、なんて、久しぶりだ……。」

老人のもとへ近寄ったマスターは、彼の手を取る。そのまま少しの間、店内に沈黙が続いた。数年、いや数十年ぶりの再会だということだけは、部外者の自分にも分かることだった。

[次回更新]2月24日 火曜日 23時予定

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