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  作者: 木々


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両義性

[登場人物]

富野瑛亮(16)高校一年生

三家繁里(88)蒼太の祖父

昼食を食べ終わってマスターとテレビを見ていたら、あっという間に、営業を再開する二時になる。それから一時間が経ったころ、ようやく常連さんが一人やって来た。当然、マスターが対応するので、自分は必要とされないまま、時間だけが過ぎていく。午後のほうがお客さんが少なく余計に自分は、ただここに座っているだけでいいのか、昼食までごちそうになったのに何もしないでいいのか、と居心地が悪くなった。

常連さんがお会計をして、席を立ったタイミングで、自分も椅子から立ち上がる。

「あ、あの……!」

「お?どうかしたかい?」

「何か、自分にもできること、ありませんか?」

マスターは「ははは」と笑う。

「ああー、いいや。そこに座っていていいよ。孫たちもいつも、そうしてるから。」

あっさりと断られてしまい、その場で困り果てていると、マスターはまた「ははは」と笑う。

「それじゃあねぇ、カップを洗うから、そこの新しいふきんで、濡れたのを拭いてくれるかい。」

「あ……は、はい!」

マスターがシンクでカップやティースプーンを洗い、水切りかごに乗せたのを、隣で取りふきんで水気をしっかりと拭く。拭いたカップは、専用の棚に並べ、ティースプーンはその下の引き出しへしまう。マスターに指示されたことを、一つずつ言われた通り、丁寧に行った。

「ありがとうね。助かったよ。」

「い、いえ。お昼ごちそうになったので、これくらいは。」

「ははは。本当に、富野くんはしっかりした子だ。」

「……いえ。」

手に持ったふきんを、ぐっと握る。もらった褒め言葉は、自分には全く似合わないものだった。

その後も数人の常連さんが来るばかりで、三家先輩に指示された仕事は一度もすることなく、店は営業を終える。

マスターは札を「準備中」に変え、レジへ行ってお金を数えていた。自分はすることがなく、目の前の灰皿を揃えて並べ直すのをしていると、マスターが横へ来て、茶色の封筒を手渡してきた。

「はい。今日はご苦労様。少ないけど、今日のお給料。」

「いや……でも、何もしてないです。」

受け取るのを拒んでいると、マスターは無理やりに自分の手に封筒を持たせる。戸惑いながら、マスターの顔を見る。

「もらっておきなさい。」

マスターは優しい笑顔でそう言った。

「あ……ありがとうございます。」

マスターは頷いて、店の後片付けを始めた。初めてのアルバイト代は、自分にとってとても重く、「御給料」と書かれた封筒をじっと見つめる。あまり貢献できなかったことが、自分の中で心残りだった。

「あ、あの!」

「どうした?」

「土日は、お店開けてるんですよね?そしたら、明日も来て……いいですか?」

言っている途中で、自分は変なことを言っているのではないか、と尻すぼみに声が小さくなった。この声量じゃ、どうせ聞き返されるのだろうと構える。

「ああ、いいよ。助かるねぇ。」

マスターは笑みを浮かべて、そう答えた。

自分から提案したことを、その場ですぐに快諾してもらったのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。誰かに頼みごとをされたり頼りにされると、ここに生きている自分を少しだけ肯定できた。

帰宅途中に、三家先輩から連絡が来る。今日の手伝いに対する感謝と、内容が苦では無かったか、という確認だった。指示されたことは一度もしなかったことと、全く苦では無かったことを伝え、明日も行くことを報告した。それに対し、三家先輩からは、驚きとまたも感謝の内容が返ってくる。どこか申し訳ない気持ちと、嬉しいような気持ちが、自分の中に入り混じっていた。

自分の部屋で封筒の中身を見ると、五千円札が一枚入っていて、あれだけのことしかしていない、という心苦しさのほうが勝ってしまった。明日も行って、同じだけもらってしまったら、お店は赤字なのでは、と余計な心配をする。このまま封筒を手に持っていては、ずっとこれについて考えてしまう。ポケットから鍵を出し、引き出しを開けて角にそっと置いた。

この引き出しの中身も、ずいぶんと放っておいてしまった。鍵を常に持ち歩く行動は変わっていないけれど、それは、鍵の存在が日常に溶け込んでいるから。葛西を忘れたことはないけれど、葛西のことを考える時間は、受験前に比べると減っている。心に罪悪感が、ずんと重くのしかかった。

「葛西。今日さ、初めてアルバイトした。……いや、アルバイトって言っていいのかな。ほとんど何もしてないから。」

頭の中の葛西は、視線だけをこちらに向ける。「ふーん」とだけ言って興味はなさそうで、無性に触れたくなった。そんな手段も、そんな資格さえ、自分には無いのに。

「……葛西のこと、過去にしたくないのに、だんだんそうなってる気がする。葛西と出会ったころの俺が、もう遠い昔みたいに感じる。そうなってくの嫌なのにさぁ……俺、友達ができたら嬉しくて、美味しいもの食べたら感動して、頼られると次も頑張ろうって思っちゃう。……ずるいよな、俺だけ。最低だよな。」

葛西は何かを新しく感じることも、知ることもできない。それなのに自分は何かを得て、今も普通に息をしている。自分で自分が許せなかった。手に持った鍵を握りしめ、鍵先の突起が中で手のひらに食い込む。痛みを感じても、力を込め続けるのを止められなかった。成長してしまう自分への戒めを、痛みに代えて受け止めようとしていた。

[次回更新]2月20日 金曜日 23時予定

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