新入り
[登場人物]
富野瑛亮(15)高校一年生
三家蒼太(17)高校二年生
午後の授業の体育は、三家先輩が昼食を買ってくれたおかげもあってか、少しだけ心に余裕を持って臨むことができた。授業といっても、何かやれと強制されることは特になく、生徒が自由にやっているところへ教師がアドバイスをしたり、一人でいる生徒を集めて、軽く体を動かす程度だった。
夕食のころには、しばらく感じていなかった空腹を自覚して、普段よりも少しだけご飯の量を増やした。
「学校、どうだった?」
食卓で、母がそう訊いた。
「まあ、なんとか。」
「大変だった?」
「ううん。学校は大丈夫だった。レポートのほうが難しいかも。」
「そっか。もう瑛亮も高校生だから、これ、必要かと思って買ったの。」
「え?」
母は隣の椅子に置いていた紙袋を取り出した。受け取ると、それなりの重さがあって、中身は手のひらよりも少し大きいくらいの白い箱。中には、新品のスマートフォンが入っていた。
「えっ……これ、いいの?」
「何かあったとき、すぐ連絡できた方がお母さんも安心だから。それに、新しい友達もできるかもしれないし。」
「……ありがとう。」
夕食を終え自分の部屋で、貰ったスマホの初期設定を完了させた。小学生のころに初めて自分専用のゲーム機を買ってもらったときのようなワクワクと、今の自分の身には余るようで困惑する気持ちが、入り混じっていた。
勉強机の上に、スマホと鍵を並べて置いて、レポートに取り掛かる。途中までは順調だったものの、一か所だけ、どうしても分からない空欄ができてしまった。教科書を何度読み直しても、風呂に入るあいだ中考えても分からず、困り果てた。
ふと、三家先輩の一言を思い出す。次のスクーリングには、自分の調子も考慮して行かないつもりでいたが、このレポートについて訊くためにも行ってみようと決めた。あまり日を空けてしまったら、もう話してくれないような気がしたのも、自分の一歩を後押ししていた。
平日に交通機関を使うのは初めてだった。前回行った日曜に比べると、通勤や通学をするひとで混み合っていて、学校に着くころにはヘトヘトに疲れてしまった。そんな状態では教室に入ることができず、仕方なく図書室で休息をとってから、午前中の残りの授業を受けた。
昼休みになり、真っ先に三家先輩と昼食を食べた場所へ向かう。その場所は、五、六人の、同世代ではあるが、歳は上に見える人たちが陣取っていて、近寄りがたい雰囲気に足を止めた。心の中で、今日はそもそも先輩は学校へ来ていないのだ、と言い聞かせて、踵を返す。
「よっ!お疲れ、富野。」
「あ……。」
そこには、コンビニで買ったと思しきカップ麺を片手に、三家先輩が笑顔で立っていた。
「今日は昼メシ持ってきた?一緒に食べる?」
「あ、でも……。」
自分の目線の先には、数人の先客がいる。しかし、先輩は何の躊躇いもなく、その場所へ歩いて行った。
「蒼太。」
先客の一人が先輩に手を振って、全員がこちらを向いた。
「おー。」
先輩は笑顔で手を振って、その集団の中心に入り、腰掛ける。おそらく全員、先輩の友達なのだと察しがついた。それに戸惑った自分は、この場に居ては邪魔になると判断した。
「富野!皆さ、俺の友達なんだけど、よければここ来て一緒に食べない?」
「あ、え……でも。」
赤い髪にピアスをたくさん付けた女の人や、大きなサングラスにマスク姿の男の人、金髪の人、他にも数人。そんな中に自分が仲間入りしていいものか、と気が引けた。
「玲那がイカついからなぁー。でもね、意外と優しいから!」
「いや私よか、流樹の不気味さのが初見怖いだろ。あー……ごめんな、うちらも別に、蒼太と一緒にいるだけで、特に害無いから。ね?」
赤い髪の女の人がこちらに優しい微笑みを向け、反射した顔面ピアスが光る。その見た目に似つかわしくない、とても柔和な声でこちらに手招きをしていた。断りの言葉も見つからず、言われるがまま、自分はその集団に合流してしまった。
「紹介するわ!富野は、先週友達になった一年生。薫とは同学年か!他の皆は、二年と三年だからさ。皆、授業で一緒になったら気にしてやってー。」
自分の肩に、三家先輩が手を置いて、その場にいる全員に聞こえるように言った。何か言わなければ、と焦りながら頭を下げる。
「よ、よろしくお願い……します。」
自分の声は上擦ったにも関わらず、周りの人は皆、一様に「よろしく」と言って微笑みかけてくれた。それ以上、何も問われない状況に、内心ホッとしていた。
「あ、そうそう。流樹の説明ね!流樹は喋らないからさ、富野も、ハンドサインで察してやって。」
そう言ったすぐ後に、サングラスにマスク姿の人が、右手を小さく挙げて挨拶のようにしていた。
「え、あ……はい。」
「信じらんないかもだけど、こう見えて流樹は成績優秀だからさ。レポートで分かんないとこあったら、真っ先に訊いたらいいよ。」
レポートというワードを聞いて、すっかり忘れていた大事なことを思い出す。
「えっ、あ、あの。」
その場にリュックを置き、昨晩途中でつまずいたレポートを取り出す。
「何回教科書読み直しても分かんなくて、今日、三家先輩に訊こうと思って学校来てて……。」
「え、俺に?」
自分が出したレポートを覗き込んだ流樹先輩は、ハンドサインで「待って」というポーズをする。すぐにスマホで文字を打ってから、再びレポートに目線を移し、前後の文章を指で辿った後、スマホの画面をこちらに向ける。
「……す、水素?」
流樹先輩はこくりと頷き、右手でグッドサインを作って見せた。
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げると、流樹先輩もその場で姿勢を正して、お辞儀をする。その様子を見て、三家先輩は嬉しそうに笑っていた。
「蒼太。そのカップ麺、開けなくて大丈夫?」
「あ、やっべ!麺伸びたかも!」
玲那先輩に指摘され、三家先輩は笑いながらカップ麺の蓋を開け、皆がつられて笑顔になる。
先輩の周りには、学年も男女も見た目も関係なく友達がいて、誰一人、気を遣って会話をしようなどと考えていない姿が、とても自然体に見えた。彼らはただ、居心地のいい空間に一緒にいて、そこにいれば安心、という温かい雰囲気を纏っていた。
[次回更新]2月3日 火曜日 23時予定




