先輩
[登場人物]
富野瑛亮(15)高校一年生
三家蒼太(17)高校二年生
どうにも断れなくなって、言われるがまま、三家先輩と一緒に学校の近くのコンビニへ行くことになった。久しぶりに人と話すのはとても緊張して、変に思われないかとか、そもそもきちんと自分の声は出ているのかとか、いろんなことを気にして目が泳いでいた。
先を歩いていた先輩が、こちらを振り返る。
「本読むのってそんな面白いの?メシも食うの忘れるくらいって、どんな本読んでんの?」
「……いや。現実よりは、まだこっちのほうが、退屈しないから……。」
そう言ってから、自分でも驚いてしまった。自然と口から出たのは、葛西が言っていたのと同じ言葉だった。
「へぇー、なるほどね。俺ならスマホゲームしちゃうから、本っていう選択肢できるの、かっこいいなぁ。」
先輩はそう言って笑う。自分からすれば、そんな受け答えを瞬時にできるほうが、何倍もかっこよく見えた。それに比べて自分は、気の利いた返事なんか、すぐに出てこなかった。
「そうだ。名前訊いてなかったよね。なんて呼んだらいい?」
「あ……富野、です。」
「富野くんか。」
「あ……ああ、えっと。」
そんなふうに呼ばれたのは葛西以来で、咄嗟にどきっとしてしまった。先輩は、自分のこの反応も見逃すことはなく、目を合わせる。
「どした?」
「いや……あの、呼び捨てで、いいです。それのが、気持ち楽、なので。」
「そっか!オッケー。」
先輩は何も理由を訊かずに了承したが、自分は変なことを言ったのではないかと焦って、理由をこじつける。
「それに、三家さんは、先輩ですし……。」
「先輩後輩とか別に気にしなくていいから!この学校、俺よりも全然人生の先輩で同学年とか、後輩でも珍しいことじゃないし。」
「あ……はい。」
三家先輩はその後も、コンビニまでの道を案内しながら、自分が一緒にいても気まずくならない程度に会話を続けてくれた。コンビニまでは、そこそこの距離があったが、彼の気遣いのおかげで全く気にならなかった。
自分が財布を持ってきていないことを知って、先輩は好きなものを一緒に買い物カゴへ入れていいと言った。先輩の後について、店内を回りながらあまり高い物は避けなければ、という思いと、早く決めなくては、という焦りがずっと纏わりついた。それは、余計に判断を鈍らせていた。おにぎりが陳列された棚の前で、先輩は迷うことなく二種類のおにぎりをカゴへ入れた。
「俺だいたい決まっちゃってんだよねー。同じのばっか食べちゃう。ツナマヨってさ、安いのにうますぎるよね?」
「……確かに。あ、じゃあ、俺も……これで。」
決めるのが難しくて、会話の流れで決めてしまおうとツナマヨのおにぎりを手に取った。
「一個でいいの?」
「……はい。普段、夜しか食べないので、これでじゅうぶんです。」
「そうなんだ。俺なんか、これにカップ麺食う予定だけど、引かないでね?」
「いや……引かないです。」
常に、自分は変に思われるかもしれないと思っていた。だから、先輩が他人の食事量に対してとやかく言うのではなく、あくまで自分が変わっているということにしてくれたのが、自分にとってはすごくありがたい配慮だった。
学校までの帰り道も先輩は、このカップ麺は表示時間の倍待ったほうが麺がモチモチになって美味しい、という話から、歩いて戻るこの時間でちょうどそれくらいだからタイマー要らずだ、という話をして、一切気まずく感じる時間を作らなかった。いつも昼食をとっているという場所へ連れて行ってくれて、食事をする間も先輩は楽しそうに話を続けた。そのころにはもう、自分は彼に心を許しかけていた。
「俺、名前が蒼太っていうんだけどね。うち兄妹多くてさ。一番上の兄貴が一生、二番目の姉ちゃんが二葉なんだけど、俺三番目なのね。んで、親が漢数字の三に太い、で三太って付けようとしたらしいの、でもばあちゃんがそれに猛反対してさ。ほら、苗字も漢数字の三に家で、三家じゃん?名前にまで三入ってんのはさすがにって可哀想だ!つって。それで結局、数字の三から蒼いって字のそうに変えて、蒼太。」
「えっ。漢字の三って、そうって読むんですか?」
「それが読めるんだよ!親父がさ、地元大阪なんだけど、そっちの地名でね、十三って書いてじゅうそうって読むとこがあるんだって。そっから着想得たらしい。いや、どんな着想の得方やねん!って話だけど。」
先輩が楽しそうに話す姿は、見ていて心地のいいものだった。それなのに、自分の体の機能は鈍っているのか、はたまた緊張なのか、飲み込むのが上手いかずに苦労していた。舌の付け根あたりに、何かが詰まっているみたいで、飲み込むたびに喉も締まって、時折、相槌が遅れた。
「んでね。俺以降、漢数字付けるルールみたいなのが無くなって音だけになってさ。年子の弟が良樹と逸樹。母ちゃん曰く、双子っぽくしたらしいのね。でも、一番下の妹は六花で、漢数字復活してんの。なんでだと思う?」
「え……ええ、なんでですか?」
自分でも無意識に、頬が綻んでいた。
「名付けが親じゃなくて、姉ちゃんだったから!兄妹に漢数字仲間を増やしたかったんだって。でもさ、一番響きもイケてるし、名前としては、俺は六花が最高傑作だと思うんよなー。」
「いい名前だと思います。」
「でしょ?」
話がひと段落したころ、昼休みの時間も残りわずかになっていた。先輩がカップ麺とおにぎりを二つ食べるのと、自分がおにぎりを一つ食べるのは、ほとんど同じスピードだった。
「よーし、午後からも頑張ろうなー!」
先輩は立ち上がって伸びをしながらそう言った。
「あ、あの、おにぎり代、次の授業のときに……。」
先輩は慌てて目の前で手を振る。
「あーいい、いい!俺はこのおにぎり一つで富野の時間を買ったの!おかげで退屈せずに済んだわ。ありがとな。」
「いえ、こちらこそです。」
「なんか学校で困ったことあったり、分かんないことあったら気軽に訊いて!じゃあ、俺そろそろ行くわ。じゃあね!」
先輩は輝くような笑顔でそう言って、あっさりとその場を後にした。
[次回更新]1月30日 金曜日 23時予定




