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  作者: 木々


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30/33

新年度

[登場人物]

富野瑛亮(15)

入試までの間、特に何か対策をするわけでもなく、日々を過ごしていた。前回の受験と大きく違うのは、面接に対する緊張感はあれど、学力試験が無いことが精神的な救いになっているところだった。

入試当日。杞憂していたのが、ばからしく思えるくらい、何事もなく面接は終わった。あんなにも構えていたのが、何の意味も無かったかのようだった。面接官の質問は、中学でのことや、作文の内容について簡単に訊かれた程度で、拍子抜けするほど易しく、あっさりしていた。そのせいか、夜まで張り詰めた緊張がほぐれないほど、終えたという実感は湧かなかった。

後日、自分宛てに一通の大きな封筒が届く。中には、合格通知と入学の手続きに関する書類が入っていた。真っ先にその通知書を母に見せると、母はホッとしたように胸を撫で下ろしていた。その表情を見て、やっと自分も安息の気持ちを手に入れることができた。一方で、部屋着のポケットに入った鍵を、手の体温が移るほど握りしめていた。

合格したということは、生活が変わることを意味している。中学までとは違い、高校は単位制。レポートを提出するのも、登校の日程を考えるのも全て自己管理。自分で予定を立て、卒業までに指定された単位数を取らなければいけない。正直、不安しか無かったが、母を心配させないためには、これをやるしかなかった。

入学式と説明会には、母と参加した。既存の公立高校の敷地に併設されるような形の校舎で、こじんまりとした印象を受けた。一通り教科書を購入し、説明会では授業の履修方法から、レポートの提出方法、毎週、火曜日と日曜日にはスクーリングという対面授業があることを聞いた。体育や教科によっては一部、これに出席しないと単位が取得できない条件があった。半年以上、学校へ行くということをしなかったせいで、スクーリングに参加しなくては単位が取れないというのは、とてつもなくプレッシャーに感じた。

帰宅してからも、不安はついて回る。きちんとやっていけるのか、母に失望される結果にはならないか、そんな不安感が焦燥感へ変わる。何かしていないと落ち着かなくなって、机に向かい早速レポートに取りかかる。穴埋め問題や、選択問題が多いものの、ただ教科書を読んで写すだけでは解けなかった。きちんと内容を理解してからでないと先に進めないよう、問題文が工夫されていた。結局、ひとつのレポートを完成させるのに、起きている時間のほとんどを費やすことになった。一日かけて、完成したレポートはたった一教科。同級生は今ごろ、授業の一時間でこの内容をこなしていると思うと、やるせない気持ちになった。

このあたりくらいから、一日を過ごすたび「普通」から少しずつ遠ざかっているという感覚が、自分の中にこびりつき始めた。それが、今に始まったことではないことも、この時に気づいた。溝はすでに大きく広がり、もう二度と「普通」には戻れない。そう考えて焦るのも、まだ葛西と出会う前の自分を捨て切れていないことを表しているみたいで、嫌だった。

入学から二週間が経ったころ、初めてスクーリングへ足を運んだ。一人でバスに乗り、電車を乗り継いで学校へ向かう。授業は午前の一時間と、午後の一時間のたった二時間。これだけなのに、不安感はとてつもないものだった。教室は自由席で、自分の席が無いのは初めての経験だった。授業を受けるのは久々の感覚だったが、内容は至って普通で、時折、教師が教室を周って個別に指導している風景は、今まで見てきたものとは違った雰囲気にしていた。

授業が終わり、生徒たちが教室を出て行く。昼休みは各自、どこで昼食をとってもいいことになっており、授業を受けた教室でそのまま昼食をとる生徒も数人居た。その一人として空間に紛れようと、リュックを開ける。朝、母に持たされた弁当が入ってるはずだった。この瞬間に、テーブルの上に置いたまま、入れるのを忘れていたことに気づく。一瞬だけ焦ったが、ここ半年は一日一食で過ごしていたことを思い出し、今日もそれで問題無いと判断した。忘れた事実より、周りの目のほうが気になって、誰にも悟られないよう、図書館で適当に借りた本を取り出して読み始める。学校にいるという現実から、物語の世界へ目を背けようとした。

「腹、減ってないの?」

後ろの席からそんな声が聞こえて、自分のほかにも昼食を食べないで昼休みを過ごすひとがいるのだと思った。

「きみだよ、読書してる、そこのきみ。」

「えっ。」

話しかけられているとは思わず、急いで振り返る。斜め後ろの席に座った彼は、こちらを見て微笑みを浮かべていた。黒色のパーカーを着た、そのひとの見た目から、同年代で歳上だと思った。

「一年生?あ。俺、二年の三家(みつや)。同じ授業取ってるから、これからよろしく。よかったら近くのコンビニ、一緒に行かない?」

「あ……いや……。」

まごつき、視線が泳ぐ。全く知らない人と会話するのなんて、いつぶりかも分からない。どう答えたらいいか分からなくなって、頭が真っ白になった。

彼は容赦なく、誘いを続ける。

「俺さ、一人でメシ食うの苦手なんだよね。もしよかったら昼メシだけでも付き合ってよ。あれなら、全然奢るよ、このあいだ給料日だったし。」

「……い、いや、悪いです、そんな。」

やっとのことで断りの台詞を言った直後、腹がぐうっと音を立てる。いつも、自分の腹が鳴るタイミングは本当に悪かった。

「あ。」

「やっぱ食ったほうがいいじゃん。」

彼は笑って、そう言った。彼の屈託のない笑顔からは、何の悪意も感じなかった。とても無邪気で、その場がパッと明るくなる。一人で学校へ来たという孤独感が、その瞬間、少しだけ和らいだ。

[次回更新]1月27日 火曜日 23時予定

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