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  作者: 木々


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3/12

発端

[登場人物]

富野瑛亮(14)中学三年生

葛西愁吾(14)中学三年生

吉沢花音(14)中学三年生

長谷川舞(14)中学三年生

机と椅子を重ねて、教室の半分に集める。誰かが誰かの机を倒して、中から教科書やらなんやらが溢れて拾う。そのうちに、本来の目的なんてどうでもよくなって、ふざけるのがオチだった。

「ちょっと男子!ちゃんと掃除してよ!」

「はいはい。じゃあ水汲んでくるわー。」

「俺もー。」

一人で事足りる作業に、わらわらと何人も付き添う。真面目な女子が注意しても、誰も痛くも痒くもなくて、面倒ごとは真面目にやってくれる人に任せる、それだけしか考えていない。女子の大きな溜め息に、振り向く奴はいなかった。

「葛西くんを見習って欲しいわ。」

教室から出る視界の端で、彼はほうきを持って微笑んでいた。

昨日の一件まで、彼のことは気に留めたことがなかった。陽気でも、陰気でもない。特定の誰かと連むわけでもなく、誰とでも話していて、でも目立ちはしない。どうやら、一部の女子からは人気があるらしい。それなりに整った顔立ちに、制服のネクタイは常に綺麗に締めていて、ブレザーのシャツの袖も捲らず手首のボタンを留めている。普通で真面目な奴としか思っていなかったが、女子にはそこが誠実さとして買われるらしい。

「葛西だって、俺らとおんなじこと考えてるっつの。」

手洗い場を占領して、持って来たバケツなんかそっちのけ。男子たちの集まる中心には、誰かの机の中から出てきた週刊誌。中央に写る、胸の大きな水着モデルを眺めるためだけに教室を出てきた。

「やっべー、これGカップだって。どんなもん?」

「触ってみてー。」

「これさ、瑛亮の言う通り、葛西の机入れとこうぜ。」

「喜ぶかもなー。」

この水着姿の胸の大きなモデルには申し訳ないが、きっとあいつには効かない。どうやって生きてきたら、こんな魅力的な女性を避けて、同じ男に気が向くのか。理解できない。

だけれども、不思議とあの時「気持ち悪い」とは思わなかった。唐突なことに、そう思うほど頭が回らなかったのか。いや違う。話しをするのは苦手だけど、不思議と今でも、彼を毛嫌いする感情は湧かないのだ。

「ちょっと!全然帰ってこないと思ったら何してんの!サボらないでちゃんと掃除してよ!」

ほうきを持って廊下へ出てきた女子が、耳の奥がキンキンするような声で叫んだ。

仲間内の一人が大きく溜め息をついて、女子のほうを振り返る。

「なんか今日、いつもより機嫌悪くね?生理?」

台詞を食らって女子が嫌な顔をしている間に、シャツを捲ってズボンと腹の間に週刊誌を隠す。女子は「本当最悪!」と吐き捨て、プリプリと怒りながら教室へ帰って行く。

「あれ、当たってた?」

「まじでどうでもいー。」

なみなみと水が入ったバケツの水面が揺れ、溢れそうになるのを楽しんでいた仲間の一人が、ふざけて肩をぶつける。

「うわ!やめろ!」

「瑛亮パース!」

無理矢理に渡されたバケツを受け取ると、その重さで腕が下に引っ張られる。

「重っ」

渡された後、何を合図したわけでもないのに、全員が小走りで教室へ向かいながら、手を上げてこちらを振り返る。

「ヘイ、パス!」

「遅えーぞ、瑛亮!」

急に始まった謎のトレーニングを鬱陶しく思いながらも、遅い、という言葉の中に「お前だけ部活をサボれてずるい」という意味を汲んでしまう。さらには「ノリが悪くてつまらない」と聞こえてくるような気がした。そんな気持ちが行動を掻き立て、出来うる限りの全力で仲間の期待に応える。

それは、教室を目前に起きた。

「うわ!」

勢いのままバケツを渡そうとした遠心力で体がひるがえり、長谷川と教室の入口で話していた花音に、中身の水だけが掛かる。

「キャー!」

花音の悲鳴と滴り落ちる水の音。まだ水の入ったバケツを急いでその場に置く。

「ごめん!」

教室中の冷たい視線が背中を刺す。それは、一緒にやっていた仲間内からも同じだった。

「あーあ。瑛亮やらかした。」

「ちょっと!富野、何してんの!花音、大丈夫?」

「ごめん。大丈夫?」

花音が困ったように笑いながら顔を上げる。

「大丈夫、大丈夫!もー、エイちゃんふざけすぎだよー。」

「ねぇ、富野離れて!花音びしょびしょじゃん!私、先生に言うからね?」

心の底から反省もしているし、花音に対しても謝っているのに、長谷川のこの態度が癪に触る。完全にこちらが悪いのに、こいつのせいで下手な言い訳をしそうになる。

怒りを抑える中、背後から聞こえてきた仲間の言葉に、意識は全て持っていかれた。

「花音びしょびしょ?」

花音が羽織っていたジャケットを脱ぐ。濡れたシャツは肌に張り付き、色白な肌とともに薄いピンク色の下着が透けて見えた。

心臓が跳ね上がって、頭が真っ白になる。後ずさりする足。周りで騒いでいるクラスメイトの声も、耳鳴りの奥で聞こえるみたいに小さかった。

しかしその意識は、誰かが同じ衝撃を受けて呟いた「すげえ」という声で、こちら側に戻って来た。一気に頭が回転して、後退りした足のまま教室の隅のロッカーへ向かう。また長谷川が余計なことを言っている気がしたが、気にも留めてられなかった。

ロッカーからジャージの上下を取って、すぐに花音の元へ行って渡す。花音は渡したジャージを体の前に抱くように持って、少し驚いた顔をする。

「金曜に持ち帰んの忘れたやつだけど、まだそっちのがマシだろ。」

「ありがとう!借りるね!」

「うん。」

花音は長谷川に付き添われて教室を後にした。その後、騒動を聞きつけて来た体育教師に、まとめて説教を受けたが、花音が庇ってくれたお陰で方々に響くことはなかった。

[次回更新]10月24日 金曜日 23時予定

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