上面
[登場人物]
富野瑛亮(15)中学三年生
受験が終わってから生活は以前のように戻った。毎日何をする気も起きず、どうやったら楽に葛西の元へいけるか、頭の中ではそればかりを考えていた。
合否の結果は、高校のホームページで昼ごろから確認できることになっていたが、それも夜になってようやく確認した。不合格だった。葛西が自分を引き留めてくれたことで、これ以上無理をする必要は無くなった。しかし、母の期待に応えられなかったことに対しては、申し訳ない気持ちが生まれた。
「高校、受からなかった。」
合否を確認した勢いのまま、結果を父に伝えた。
「え?嘘だろう。」
父はまた笑いを含んだように言った。それでも、言葉じりには少し、動揺が見えた。何も答えないでいると、父は深くため息をつく。
「……信じられない。あの高校受けるってだけで恥ずかしいのに、落ちる?……お前は、ふざけてるのか?」
「ふざけてない。」
「じゃあ真面目にやって落ちたのか?お前は一生、富野家の恥だな。」
「ちょっと、やめて。」
父は口元だけに笑みを浮かべ、吐き捨てるように言った。それ以上の暴言は、横にいた母が制止した。人を小馬鹿にする父の話し方に、怒りや失望、呆れの感情が乗っていた。とても、受験に失敗した自分の息子に向けるような言い方ではなかった。
「瑛亮だって、大変な中で頑張ったんだからそんな言い方……。」
「大変って。あの程度のことで受験もままならないなんて、瑛亮が弱いだけだろ。あんなことがあっても同級生は誰一人こんなふうになってないんだろ?」
母は黙ってしまって、何も答えなかった。自分がちゃんと話していないから、そう思うのも仕方ない。両親からすれば自分は、クラスメイトが死んだくらいで何か月も立ち直れない、出来損ないの弱い人間だ。ここで感情的になっては父と同じだと思って、そうならないよう懸命に笑顔を作った。
「父さんがちゃんと、子供は要らないって母さんに言えてたら、恥は生まれなかったのに。」
父も母も、動きを止めた。またすぐに言い返されると思っていたのに、父が言葉を発するまでの間、時が止まったようだった。
「……そうやって、すぐ人のせいにするなと言っただろ。高校に受からなかったのは、お前の努力が足りなかったせいだ。」
「そのことじゃない。どうして父さんは言えなかったの。子供は要らないって母さんに言うの、そんなに難しかった?」
「……瑛亮?何言ってるの?」
心配そうな顔の母に、笑顔を向けた。母には安心してほしかった。今自分が話していることは、何もおかしいことではないから。
「俺は、父さんの間違いで、父さんの罪。だから、常に考えて生きてよ。必要が無いのに、子供を作ったこと。富野家に恥を作ったこと。俺が生きている限り、父さんはずっと恥をかいて生きてくんだから。」
父の表情で、怒りに触れたことがすぐに分かった。
「お前は、何をおかしなことを言ってる……?ちゃんと病院に行かせてるのか?瑛亮の頭がこんなにおかしくなってることに誰も気づいてなかったのか?」
「やめて、お父さん。」
簡単なことだった。両親が子供を持つという選択をしなければ、自分は生まれなくて、葛西は自分と出会わない。そうすれば、葛西は死なずに済んだ。両親も、こんな現実に四苦八苦せずに済んだ。自分も、こんなに無意味な人生を送らずに済んだ。
「俺、おかしくなんかないよ。ちゃんと気づいただけ。俺がすぐ人のせいにするところも、父さん譲りだから直そうと思ってる。」
「なんだその言い方は!」
母が立ち上がる父を制止して、こちらに鋭い視線を向ける。
「瑛亮もやめなさい!」
「父さんが、俺のことをまた母さんのせいにしたら、人のせいにして逃げてる証拠だから。父さんは、要らないのに作った俺と、ちゃんと向き合って。」
そう言って、両親の返事も聞かずにリビングを出た。自分の部屋へ行って、着ている部屋着のポケットに入れていた鍵を取り出し、眺める。
「ずっとさ、親って頼りになるんだと思ってたけど、そうじゃないんだな。父さんは自分のことしか考えてないし、母さんも喧嘩を止めるだけ止めて、先送りにしてるだけ。そりゃあ、発端は俺で、全部俺が悪いことは分かってるけどさ。……父さんが俺に興味無いこと、知らなかったら生まれて来た意味まで遡って考えなかったかもって……よく思う。」
自分の頭の中で漠然と考えていることを、鍵を前にして葛西を思い浮かべながら話すことで、自然と整理されて気持ちが少し楽になった。
「葛西。死ぬのって、どんな感じだった?俺も、葛西のところ行こうかって、ずっと思ってるんだけど。」
部屋の扉をノックする音が聞こえて、慌てて鍵を枕の下へ隠した。
「瑛亮……?大丈夫?」
「うん。」
母が扉を開けて、廊下に立ったまま話し始める。
「瑛亮は、高校行きたい?」
「……どっちでもいい。」
「そっか。通信制なら、まだ願書受け付けてるみたいだから。行きたいと思ってるんだったら、まだ選択肢はあるって伝えておこうと思って。」
母は、自分に「普通」でいて欲しいのに、妥協してそれを提案してくれている、直感でそう思った。母は、名前を書けば誰でも入れる高校に落ちた自分に、失望しなかった。しかし、この妥協案を断ってしまったら、今度こそ母は自分に失望するかもしれない。この期待には、応えなければ。
「分かった。考えとく。」
「瑛亮。」
母の顔を見ると、母は真っ直ぐ自分の目を見ていた。
「お母さんは、瑛亮が生まれて来てくれて嬉しいよ。お父さんだって、ああ言ってるけど、きっと……。」
「うん、分かってる。でも俺は、生まれて来たこと、後悔してる。」
母を傷つけたくて言ったのではなかった。もし、本当にそう思ってくれているのであれば、自分一人で抱えたこの苦しみを、何も言わず支えてほしい。抱えきれなくなったのは自分で、とても自分勝手だとは分かっているけれど、そんなふうに言葉にされると、こういうわがままなことを思ってしまう。それゆえの、救援信号のつもりだった。
「……ごめんね。」
母は泣きそうな顔で言った。その謝罪は、心に重くのしかかった。
幾度となく自分で自分の生きている意味を否定しておきながら、母に同じことをされるのは苦しいなんて、都合のいい考えをする脳みそが嫌だった。謝るなら、最初からあんなふうに言わないでほしいと思ってしまう心が、気持ち悪かった。
[次回更新]1月20日 火曜日 23時予定




