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  作者: 木々


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23/33

本心

[登場人物]

富野瑛亮(15)中学三年生

家に帰ってから一時間もしないうちに母が帰宅し、夕食のテーブルを母と二人で囲む。普段から父の帰りが遅いため、いつも通りの風景だった。

食欲が湧かないせいで、食事はかなり億劫な作業だった。ほとんど毎日夕食の一食のみで、用意されたものも全部食べきれず、日に日に量を減らして調整した。最近の献立はたいていメインのおかずが肉料理で、もう一品はサラダや野菜の煮物類、茶碗に半分くらいの白米、やたらと海藻の入った味噌汁。飲み物は必ず野菜ジュースが用意されて、朝食を食べなくなってからはここにヨーグルトが並んでいた。品数が多いのは、食べるのが一苦労だった。いつもそれに必死なせいか食卓での会話はほとんど無く、今日も用意されたものをひたすら口に運んでいた。途中で、母が口を開いた。

「今日外出た?」

「なんで。」

「靴、玄関に出てたから。」

「ああ。散歩行った。」

葛西の家へ行ったことは、母には言いたくなかった。

「そっか。調子良かった?」

「昼過ぎに起きたから、なんとなく出ただけ。」

「そう。最近、調子どう?」

「別に。」

自分について何か訊かれるのは面倒だった。放っておいてほしいのもあるが、一番の理由は、回答を考えるのがひどく難しいからだった。母は箸を置いて席を立ち、何冊か冊子を持ってきてテーブルの上に置いた。

「高校、どうする?普通の学校が難しかったら、通信高校も選択肢にどうかって、先生が。思ったより色んなところあるみたいだから。」

「うん。」

三冊くらい並べられた冊子の表紙をざっと眺めて、すぐに手元へ視線を戻した。日常の些細な選択でさえエネルギーを消耗する。普段の会話からそうなのに、高校を決めるなんて難易度の高いことができるわけがなかった。母に対して、言わなくても分かってほしいと思ってしまうのは、我儘なのかもしれない。

野菜ジュースを飲み干し、ヨーグルトをほとんど飲み込むように胃へ流し込む。まとめて用意された夕食時の薬も言われる前に飲んで、席を立つ。母はそれ以上、声を掛けなかった。

眠る前にベッドの上で、どうせ効かない睡眠導入剤を飲んだ。ベッドに入って目を閉じ、葛西のことを考えた。一体彼は、どんな世界を見て生きていたんだろう。

気づけば、葛西の家の前に立っていた。どうしてここにいるのか、よく憶えていないのが変な感じだった。しかし、目の前のインターホンをすでに押したあとで、今さら引き返すわけにもいかなかった。戸が開いて、人が出てくる。

葛西だった。驚くのと同時に、安堵の気持ちが湧いてきて、不思議な感覚だった。考えるより先に、体が走っていた。葛西の元へ駆け寄り、彼の左腕を掴む。驚く葛西の顔を見て、嬉しいのに怒りも湧いて泣きそうにもなって、感情がよく分からなかった。

「会いたかった……!」

口からその言葉が出たとき、自分でも驚いた。色んなことを差し置いて、その言葉が最初に出ると思わなかった。

「なんで、何にも言わずにどっか行っちゃうんだよ!どこ行ってたんだよ。ずっとここに居たんなら……早く言えよ!」

声に出すたび、どんどん目頭が熱くなる。

「え?ごめん。」

微笑む葛西の顔はいつも通りだった。再会できた安堵で感情が昂ぶり、葛西の体を引き寄せる。間で、葛西の腕が抵抗した。

「ちょっと……家の前なんだけど。」

「関係無い。」

「あるよ!」

「知らない。」

葛西の顔を両手で捕らえる。視線が真っ直ぐ合って、その黒い瞳に吸い込まれそうだった。両方の手のひらから伝わる体温を、ずっと側に置いておきたくなって唇を重ねる。離してからも、その瞳から目を離せなかった。

「俺、こういうの辞めようと思ってた。」

「だめ。辞めないで。」

葛西は真剣な顔で言う。風に吹かれて乱れた葛西の髪を、代わりに直して耳に掛けた。

「そうじゃなくて。葛西のこと、もっとちゃんと分かりたいから。」

「僕のこと?……富野くんって、僕のことどう思ってるの?」

「好きだよ。」

「え。」

見開いた目の中で、葛西の黒い瞳が揺れた。やっと分かった。こうして、真正面から向き合うことができていたら、もしかしたら、葛西は今も。

「あのさ、葛西。俺と。」

意識がはっきりとしてくるのが分かって、縋りつくように固く瞼を閉じた。現実は、ずっと居たいこの場所から、残酷に意識を引き戻す。耐えきれず一度開いた目を、再び閉じて夢の世界へ戻ろうとした。それでも、そこに冷たく佇む現実は、真っ暗な部屋へ強引に自分を引き戻した。目を背けることも、葛西が居ない世界を受け止めないでいることも、一切許してはもらえなかった。

少しずつ目を開けて、現実を見た。

「……そっか。そうだったんだ。」

ぽつりとつぶやいた。無意識に抑圧された感情は、心に影響を与える。そう、葛西が言っていた。

今まで「友達」と言われるたびに抱いた、苦しさや違和感の正体はこれだった。無意識下で、自分は葛西のことをちゃんと好きだったのだ。だから、友達じゃ嫌だった。夢の中で視線を合わせたあの瞬間、心の中に溢れたのは紛れもない「愛おしい」という感情だった。

ベッドから起き上がって、勉強机の灯りをつける。暗い部屋の中で、そこだけが照らされて見える机上は、もう自分には必要の無いもので溢れていた。机の引き出しを開け、中に入っていたものに目を通すことなく全てゴミ箱の中へ入れる。

勉強机の灯りだけの薄暗い部屋で、ずっと放っていた鞄を出してきて中身を全て床に広げた。軽い音を立てて、床を転がったオレンジ色のリップクリームだけを拾い上げる。

「……あった。」

ベッドに腰掛け、リップクリームのキャップを外し中身を繰り出す。唇に塗ると、微かに香る蜂蜜の匂いに寂しさが押し寄せた。繰り出した分を丁寧に戻しキャップを閉めて、空になった机の引き出しへ入れる。コロコロと音を立てて引き出しの奥へ転がっていくリップクリームを、手前の角へ引き戻した。

机の本立てに目を向け、並んだ教科書の隙間に挟まった葛西からのプレゼントを取り出した。もらったときに厚紙の箱へ戻してからそのままで、中身は少しシワになっていた。葛西がどんな思いでこれを選んだのか、考えることができていれば。今さら考えたって仕方のない後悔をする。シワになった部分を直すついでに、もう一度だけそれに触れて、引き出しの角へ寄せたリップクリームの隣へ置いた。

この二つだけが、この現実で唯一の葛西との繋がりだった。引き出しの中で半分も埋まらないそれらは、自分にとっての愛しさで、戒めだった。しばらく眺めてから、ゆっくり引き出しを閉め、鍵を掛けた。

[次回更新]1月2日 金曜日 23時予定

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