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  作者: 木々


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22/34

背景

[登場人物]

富野瑛亮(15)中学三年生

あり得ないことを想像した。本当は、葛西は死んでなんていなくて、普通にそこから出てくるんじゃないか。そしたら、何と声を掛けようかと。

家の戸が開いて、作業着姿の背の高い男が出てきた。がたいがよく、不精髭を生やしたその人はこちらへ来て、中から門扉を開けた。

「もしかして……愁吾のお友達?」

その見た目に反し、表情は柔和で口元に微笑みを浮かべていた。焼香をする直前に見た、あの男の人だった。きっと葛西の父親なのだろうと思った。

「あ……。はい。」

戸惑いながらそう答えた。友達というには、あまりにも葛西のことを知らないけれど、そういうことにした。

「そっか。どうぞ、中に。」

「お、お邪魔します。」

庭の様子は夏に来たときからあまり変わっていなかった。割れたプラスチックのジョウロも、そのままだった。大きな背中の後に付いて、ぎこちなく家の中へ入る。

「友達が訪ねて来てくれるのは初めてでね。愁吾も喜んでると思うよ。」

「はい……。」

廊下を進み、居間に繋がった襖を開けると部屋の角に仏壇が見えた。葛西の写真と、その隣にもう一人写真が置かれていた。

「どうぞ。」

仏壇の前に座ることを勧められ、固い動作で座布団の上に正座する。今日も葛西とは目を合わせられなかった。

「愁吾、お友達が来てくれたよ。」

隣で微笑みながら、その人は大きな体を小さく畳むように正座をして、代わりにお(りん)を鳴らした。その音が静まるくらいに口を開く。

「あのさ。言いたいことは色々あるけど。誕生日、おめでとう。プレゼントとかなんも無いけど。ちゃんと、覚えてただけ……いいだろ。」

目の中に涙の膜ができたのを、悟られないように袖で拭った。葛西が楽しみにしていた誕生日をせっかく祝いに来たのに何も言わないんだとか、おかしなことを考えていた。

「そうかぁ、誕生日か。覚えてて、来てくれたんだね。」

「たまたま日付見たらそうで、あ、行かなきゃって思って、それで、勢いのまま。」

まだ顔を上げられなくて、俯いたままで、ぼそぼそと応えた。

「ありがとう。早いもので次の日曜が四十九日だよ。親戚も少なくて、その日は私と愁吾の母の二人だろうから。その前に、友達に会えて良かったなぁ。」

変な言いかたをするのが気になって、つい、顔を見た。目が合うと、その人は脚をあぐらに崩して照れながら話す。

「いやぁ……。こんなに我が物顔で葛西の家にいるけどね、私は愁吾の母の鮎子さんと、お付き合いをしているだけなんだよね。」

「え……。そう、なんですか。」

全く知らなかった。葛西はそんな話を一度もしなかったから、当たり前といえば当たり前なのに、どこか寂しい感じがした。

「うん。鮎子さんは、相当ショックを受けてしまってね。日常生活もままならないくらいで。私が、こうして家にお邪魔してるんだけど。いやぁ………凄い人生だよ。若くして子供を授かって、三年前にお母さんを亡くしたばかりなのに。自分の息子まで事故で。居た堪れない。」

頭の後ろを掻きながらその人は言った。その言葉に耳を疑った。

「葛西は、事故、だったんですか?」

「うん……。学校も警察も、調査に尽力してくれたけど、愁吾がトラブルを抱えてた様子も、何かに悩んでる様子もなくて。部屋も隅々まで調べたけど、何もなかった。どうしてあの日、学校の屋上になんか行ったんだろうねぇ。」

心臓がどくんと強く脈を打って速くなった。罪悪感から逃れたい自分と、それを許さない自分が交錯していた。

「たぶん……俺のせいなので。」

「えっ?いや、君のせいじゃないよ。」

顔を上げなくても、その人が優しく微笑んでいるのが声色で分かった。

「三年になって、一番よく一緒に居たのは俺なんです。それなのに、葛西のこと何も、知らなくて……。」

体が強ばって手が震えた。話さなければいけないことが喉の奥で詰まって、上手く出てこなかった。今ここで、きちんと「自白」をしなければ。そう強く思うほど、言えない自分が許せなかった。背中に、温かくて大きな手が触れる。

「君のせいじゃない。愁吾だって、君が自分を責めることなんか望んでない。こうやって思い出してくれるのは嬉しいけど、君は君の人生を生きなくちゃいけないよ。」

「でも……。」

震えた声を遮るように、その人は「それに」と続けた。

「知らないのは私も同じだ。愁吾とはまだ、仲良くなる前だったから。」

葛西の写真を見つめるその人は、寂しそうな、悲しそうな、同情するような表情をしていた。

「一年半くらい前に、愁吾と初めて会ってね。ずっとニコニコしている子だった。大人の私なんかよりずっと気が利く子で。だから、距離を縮めるのは難しかった。スッと、一本、線を引かれているような感じがしてね。きっと子どもながらに、ずーっとお母さんのことを守ってきたんだろうね。なのに、急に私みたいなおじさんが現れて。そりゃあ、仲良くなんかなりたくないよなぁ……。」

葛西の写真を見ているようで、もっと遠くを見ているようなふうに目を細めていた。

「……おじさんも、自分のせいって思ったことありますか?」

「ある。けどね、後悔したって自分が沈むだけだから。愁吾のためには、私が遺された人を支えて、きちんとしてやらないと。」

その目の奥に、自分と似たような何かが見えた気がして、抱えた罪悪感を誰かに話そうと初めて思った。

「俺、ほんとに何にも考えてなくて。最初、葛西がどんな気持ちで……ああ言ったのかとか、分かんなくて。ずっと、俺最低だなって。」

誰にもばれたくなくて腹の底にしまい込んだものを吐き出すのは、自分でも驚くほど緊張して声が上擦った。

「そうかぁ。でもきっと、君は愁吾に信頼されていたと思うよ。友達だったんだから。」

その人が優しい声色で「友達」と言うたびに、葛西が抱いていた想いを考えて、苦しくなる。

「……だと、いいですけど。どうして、何も言わずに居なくなったのかって思ってます。事故って聞いても、なんか、まだ。」

「そうだねぇ……。そればっかりはねぇ。」

その人は困ったように頭を掻いてから、急に「あっ」と言って立ち上がった。

「ごめん。せっかく来てもらったのに、お茶の一つも淹れないで。」

「あ。いえ、もう帰ります。母が帰る前には、家に居たいので。」

「そっか、ごめんね。」

その人が再び腰を下ろす前に、ここに来たもう一つの目的を思い出して自分も立ち上がる。

「あっ、これ。夏休みに借りたまま返しそびれてて。」

ずっと持っていた葛西のワークをやっと返した。その人は受け取るなり、寂しそうに頬を緩めた。

「ああ、わざわざありがとう。愁吾は学校で、どんな子だった?」

「え……あ、真面目で、成績も良くて、そこそこ女子から人気もあって。いっつも本読んでるけど、別に読書は好きじゃないとか、ちょっと変わったとこもあって。あと、すっごい記憶力良くて、難しい言葉も使うし。でもそれ……全部、ちゃんと分かんなかった。」

自分で話していて、涙が出そうになった。

「そっか、ありがとう。」

その人は門扉の外まで見送ってくれて、最後に「自分を許してあげてね」と言った。今はまだ、難しくてできそうになかった。

[次回更新]12月30日 火曜日 23時予定

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