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  作者: 木々


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衝動

[登場人物]

富野瑛亮(15)中学三年生

部屋の勉強机の上に、プリントや冊子が綺麗に重ねられている。暗い部屋に慣れてきた目が、やっと部屋の様子を捉えていた。キーンと高い音で耳鳴りがするのを鬱陶しく思いながら、重ねられた冊子の一番上を見る。そこには、葛西に借りたままになっていた国語のワークが、裏表紙を上にして置かれていた。葛西の名前が目に留まり、溜め息をつく。ここに、これを置いたのは花音だ。花音には、これが紛れもない証拠として映ったのだろう。

自分から伝えなくても、長谷川の言い分を信じる状況になった状況に、ホッとした。同時に、このまま花音と会うことが無くなるのが分かってしまって、少しだけ寂しくなり、「これでいい」とつぶやいた。自分の声を自分の耳で聞いて、ちゃんと脳で分かるようにつぶやいた。

夜の九時から十時ごろ、一階のリビングで話す両親の声がよく聞こえるようになった。時々、言い合うような声だった。二階の部屋に居るときは、言葉まで分からなかったが、風呂に入っているときはそうじゃなかった。知りたくないことを知って、胃の壁がキリキリ痛んだ。両親の喧嘩の理由が、自分だと知った。

母はつい最近まで、不登校の事実を黙っていた。それをやっと父に話した日から、二人の言い争う声が聞こえるようになった。自分がこうなってしまったことを、両親は受け止められないようだった。自分でさえ、こうなった理由を説明できないのだから、そんなことは当たり前だった。毎日のように聞こえてくる声に、耳を塞ぐ日々だった。

状態の異常さに母が気づいて、保健の先生に相談していた。勧められた心療内科を受診し、カウンセリングを受けた。病院から数種類の薬が処方され、毎日欠かさず飲むことになった。カウンセリングでは、自分がこうなったせいで、親や周りを巻き込んでしまったことに対する罪悪感だけを話した。少しだけ、抱え込んだ荷をおろした。本当の罪悪感については、ここでも話せなかった。

いつしか夏の暑さが和らぎ、すっかり季節も変わって、木の葉の色が紅くなる。

状況は変わらず、学校へ行くことは一度もなかった。週に一回の病院と、家の中で時間が過ぎていくのを、黙って傍観しているだけだった。夏以降、生活はすっかり変わっていた。今頃、同級生は受験勉強に一生懸命になっていると思うと、悔しいような悲しいような、不思議な感覚がした。でも、受験ができないのは葛西も同じだと思うようにすると、少し安心した。

何もしたいことがないから、進学のことも、何も考えなかった。毎日指示通り薬を飲んでも、すぐに調子が戻るわけでもなく、当然、塾にも通える状態では無かった。花音に合わせる顔も無いから、目指していた同じ高校も、今はどうでもよかった。

この精神状態でいると、楽しいとか面白いとか嬉しいとか、そういう明るい感情から奪われていく。テレビや音楽も、煩いノイズにしか聞こえなくて、目障りだったヘッドホンは机の引き出しの奥へしまい込んだ。毎週欠かすことなく読んでいた漫画雑誌も、自然と買うことは無くなった。やらなきゃいけないこと、それを後回しにしてでもしたかったこと、全てが手に付かなかった。

その日はめずらしく、昼過ぎに目が覚めた。この時間は普段なら寝ている時間だった。いつもは夕方くらいに目が覚めて、無理矢理に少し食事をして、夜眠れないまま朝を迎え、気絶するように眠ることの繰り返し。夜、就寝前に飲む睡眠導入剤があまり効かないのも、翌日に何の影響もない自分にとっては、どうでもいいことだった。

腰掛けたベッドから見える、散らかった本棚の前が妙に気になった。おもむろに立ち上がりそこへ行って、いらないプリントをゴミ箱へ入れる。部屋を片付けるのは、二ヶ月ぶりくらいだった。

夏頃に積み上げた漫画の単行本を棚に戻し、読み終わってそのままにしていた漫画雑誌を適当に角に重ねた。一番上に置いた雑誌の表紙が、懐かしく感じた。片付けるとき、手前にあった雑誌から重ねるから、上に来るのが数ヶ月前のものになるのは自然だったが、そういう意味ではないものを感じて、表紙をめくった。連載している漫画の、コミックス第17巻の発売を宣伝するページが目に入った。

瞬間的に、これを読んだ日のことを思い出す。

「……10月17日。」

部屋の壁を見る。八月から放置されたままだった部屋のカレンダーを今月になるまで破って、日付を確認する。

間違いない、今日は葛西の誕生日だ。

その事実は使命感のように、体中から意欲を駆り立てた。勉強机の一番上に置かれた、葛西のワークを持って、寝間着のまま家を飛び出す。少しだけ肌寒い風が、喉を突き刺して肺に入る。素早く一歩を出すたび、漏れ出る息から血の滲んだような味がした。少し坂を駆け上がっただけで息が上がって、このたった一、二ヶ月の間に、驚くほど体力が落ちていることに気がついた。それでも、葛西の家まで無我夢中で走った。前に一度行っただけなのに、不思議なくらい道を覚えていた。見覚えのある瓦屋根の一軒家が見えた。

息を切らして勢いのまま、葛西の家のインターホンを押した。

[次回更新]12月26日 金曜日 23時予定

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