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  作者: 木々


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20/33

共通点

[登場人物]

富野瑛亮(15)中学三年生

吉沢花音(14)中学三年生

一週間が経った。母は毎朝、だいたい同じ時間になると、扉の外から声を掛けた。

「今日も、学校行かない?」

「うん。」

「少し、入っていい?」

少し間があいてから、母はそう言った。

何も考えないまま「うん」と返すと、ゆっくり、部屋の扉が開いた。部屋の散らかり様を見て、母は心配そうな顔をする。

「何?」

なかなか口を開かない母に痺れを切らし、視線を向けた。母は言いづらそうにしながら、話し始める。

「葛西くん……とは、友達だったの?」

久々に葛西の名前を聞いた気がした。もう、今までのように、体や心臓の過剰な反応は無かった。

「別に。」

「何か、あったとか?」

「何も無い。」

母は困った顔をして、小さく溜め息をついた。

「先生に聞いたんだけど。クラス、今は他に休んでる子居ないんだって。」

「……へぇ。」

クラスメイトが葛西の死について、好き勝手に話している場面を思い出す。それくらい、想定の範囲内だった。

「どうして瑛亮だけが、こうなっちゃったのかな、って。」

母はそう言って、肩を落とした。

逃げる選択をした延長線の現実は、自分にだけ降りかかるものではないことを、突き付けられた瞬間だった。

母の顔を見ることができずに、俯いたまま「ごめん」とつぶやく。

「同じクラスの子が、急に亡くなったことはショックだけど。瑛亮だけが、そんなに抱えなくたっていいんじゃないかと、思ってる。」

すぐに言葉を返せなかった。

抱えたこの罪悪感は、自分が最も隠したい「葛西との関係性」へ直結している。だからこそ、この状況を説明できないのは当然のことだった。

「瑛亮はさっき、ごめんって言ったよね。それは、お母さんに対して?それとも、葛西くんに対して……なの?」

あの瞬間つぶやいた謝罪の言葉は、紛れもなく、母に対してだった。それなのに、すぐにそう言えなかった。

「お母さんは、瑛亮に普通の人生を歩んで欲しいだけなの。いい学校へ行かなくたっていいし、いい会社に就職しろなんて言わない。ただ、皆と同じ、普通の生活をして欲しいだけなの。」

母の願いは、とても重たく、焦っているように感じた。

今からどう軌道修正したって、敵ばかりの学校へ通えるほど、自分は強くない。進路も不安でいっぱいだけれど、勉強をする気力も湧かなければ、集中力も無い。こんな時期にこんな状態で、将来後悔することくらいは分かっている。それでも、今は先のことを考えるだけの心の余裕が、ほんの少しも無いのだ。毎日、喉を通るだけの食事と、一日数回の排泄をするだけでも手一杯なくらい、心も体も疲弊している。

「葛西くんとの間に、何があったのか、お願いだから、お母さんには本当のことを話して。」

体が強ばって、奥歯がぎりっと音を立てるほど力が入った。心の中で、ここでも追い詰められるのか、と落胆した。

「高校、どうするの?学校行かなくて、勉強は?それか、塾だけでも通えたら。」

「……黙って。」

やっと口から出せた言葉は、自分のものでは無いような感じがした。

「二度と、葛西の名前は出さないで。もう、ほっといてくれ。」

驚いて泣きそうな母の顔は、この先一生、忘れない気がした。

夕方、母が部屋の扉の前に立って言った。

「瑛亮、下降りてこれる?」

夜に眠れないせいで、ちょうど目が覚めたところだった。体はまだ眠っているのか、思うように動かない。返事に困っていると、扉が少しだけ開いて、母が顔を覗かせる。

「寝てた?……今、玄関に花音ちゃん来てくれてるけど、どうする?」

「うん……。」

唐突の出来事に、鈍った脳みそはすぐに判断ができなかった。それでも、じわじわと少しずつ、今この状態で会ったって、花音に何も話せることが無いことだけは分かった。

「何も、話すこと無いから。」

「そう、分かった。」

母は扉を閉めて、階段を降りて行った。

扉の向こうから、玄関で話す花音の声が薄っすらと聞こえた。ぼうっとそれを聞きながら、ベッドから起き上がる。いつも、何をするでもなく、こうしてベッドに座っている時間があった。

勢いよく、階段を駆け上がる足音がした。母のものではないことは、すぐに分かった。

「エイちゃん。」

花音は部屋の扉を開けてすぐ、そう言った。

かろうじて通る道がある程度の散らかった部屋に、花音は見向きもせず、真っ直ぐこちらを見ていた。その表情は今にも泣きそうだった。

「花音、なんで。」

「……全然、学校来ないから。ずっと心配してた。」

「別に、いいのに。」

「あの……ごめんなさい。」

花音はその場で頭を下げた。

なんのことか分からず、慌てて側に近寄った。

「何、どういうこと、花音はなんもしてないじゃん。」

「舞が……あんなこと言ったから。それでエイちゃん、学校来れなくなっちゃったんだよね?代わりに、謝りに来た。舞は友達だから。」

「ああ……。」

舞とは、同じクラスの長谷川のことだった。

長谷川に詰め寄られたことはきっかけに過ぎない。早かれ遅かれ、この罪悪感の大きさに耐えられず、自分はこうなっていたに違いない。

「私、エイちゃんがそんな人じゃないって、分かってるから。舞にはちゃんと言ってるから。大丈夫、誰も、エイちゃんのこと責めないよ。」

花音は、自分が私利私欲のために、花音のことさえも消費した事実を知らない。花音の必死な姿に心が痛んだ。

「……そういうんじゃ、ないから。いいよ、これで。」

花音は何も言わなかった。俯いた自分が、花音にどう見えているのか、表情すらも見れなかった。

「エイちゃん……!」

花音は涙を流して抱きついた。ふわりと香る、髪の匂いが鼻を掠めた。

一瞬にして、あの狭い空間を思い出す。葛西と会い、秘密を共有した時間が、全て、一気に蘇った。耳元で、葛西が囁くように言う。

――「僕、いい匂いする?シャンプー変えたんだけど。」

「……!」

咄嗟に花音を突き飛ばした。

恐怖と不安が押し寄せて、わけも分からないまま、涙がぼろぼろと溢れた。嗚咽と共に、息の吸い方も分からなくなって苦しさに咳込んだ。

花音の髪の香りは、あの日初めて交わした葛西のと、同じだった。それはまるで、時限爆弾のようだった。

「エイちゃん!大丈夫!?」

花音が慌てて母親を呼んだ。

「エイちゃん、どうしたの?落ち着いて!」

伸ばされた花音の手が、脳裏にこびりついた葛西の姿と重なる。怖くなって、その手を弾いた。

「あっ……。」

後ずさる花音の背が勉強机に触れて、その上に乱雑に重ねられた冊子やプリントの束が、雪崩になって床へ落ちた。

母が慌てた様子で部屋に入って来て、何か問い掛けているが、一つも分からなかった。それでどうにかなるわけでもないのに、ただ背中を摩られて、その間に花音は落ちた冊子を拾い上げていた。

苦しさに悶え、必死に吸える空気を探しているうちに、花音は悲しそうな背中をして、部屋を出て行った。

[次回更新]12月23日 火曜日 23時予定

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