表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 木々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/12

始まり

[登場人物]

富野瑛亮(14)中学三年生

葛西愁吾(14)中学三年生

吉沢花音(14)中学三年生

長谷川舞(14)中学三年生

――十四年前、五月。

カーテンが風に舞い、微笑む彼の表情を刹那に隠す。二度目に見たその顔は、何一つ間違ったことを言っていないといわんばかりの、真剣な表情をしていた。

「は、いや、どういうこと?」

やっとのことで絞り出した返事だった。どれだけ言葉の意味を考えても、とうてい理解が追いつかなかった。心拍数だけは速いのに、脳に酸素が行き届いていないみたいに、頭は回らなかった。

「そのままの意味だよ。だけどさ、安心してよ。」

こめかみに一筋、スーッと冷たい汗が流れて、襟の内側へ入って消える。

彼は取って付けたような笑顔で続ける。

「僕は、付き合おうなんて、大それた要望をするつもりなんてないから。ただ、後悔したくなかった。それだけ。」

彼が言葉を発するたびに、今までの人生で得た教訓を一つも活かせないと分かって、この場から逃げ出したくなる。

そんなこととは知らず、彼は風に舞うカーテンの中、隣へやって来る。捲ったシャツの肘とそれから先の肌が、彼のシャツ越しに触れて生温かい温度を感じる。動けない身体の代わりに動かした、視線の先を捉えられる。 

「でもね、望まれたら、何でも応えてあげるよ。富野くんは、キスってしたことある?」

心臓が跳ねて、反射的に下唇を軽く噛んだ。

「は?」

「ねぇ、あるの?ないの?」

視線は泳ぎ、顔は熱い。彼の真剣な眼差しは、どんな意図をもって質問しているのか。もう理解をしようとも思わない。考えたって、どうせ分からない。

「僕は望まれれば、いつでもしてあげられるけど。」

「そんなの、するわけねーだろ。」

「富野くんは、初めてにこだわってる?」

彼から視線を逸らすと同時に、彼はクスッと笑う。嘲笑されたようで気分が悪い。今度は違った感情から、この場から去ろうと机の上の鞄を手に取る。

「そんなの、誰かが勝手に決めたこと。これから大人になるまでに、すぐ上書きされる。人がキスをするのはね。」

後ろから彼に腕を引かれ、近い距離から鼓膜に声が届く。

「気持ちいいからだよ。」

耳から伝わるこのゾワッとした身体の反応が、心地の悪さからしているのか、そうではないのか、分からなかった。

「それ以外、何も無いんだよ。気持ちよくなりたいだけの行動を、神聖なものにしなくていいと思う。富野くんも、そう思わない?」

「知らねーよ。離せ。」

彼の手を振り払うと、その手は勢いのまま机にぶつかる。もう片方の手で抑える彼に悪いと思いながらも、逃げるように教室を出る。

あの状況から解放されたというのに、いまだに心拍数が速くて呼吸が上手くいかない。忘れたい。脳のキャパシティをとっくに超えているのに、そのせいで他事を考える余裕もない。

「あれ、エイちゃん今帰りー?」

「あ。」

廊下の端から鈴が鳴るような声で、体操着姿の花音がそこにいた。彼女の笑顔に、少しだけ安寧を取り戻せた気がした。

「いいよねー。幽霊部員は自由で。」

「ああ、うん。」

反対側からクラスメイトの長谷川の呼ぶ声がして、花音は「またね。」と小さく手を振って、部活へ戻って行った。

帰宅して、部屋の椅子にジャケットを放り投げ、ベッドへ倒れ込む。大きな溜め息と共に、鼓膜にこびり付いたあいつの声を忘れようと、適当な音楽をヘッドホンから流す。

あいつの言った言葉が、一つ一つ頭の中に浮かんで来る。それを遮るように、何度も花音の笑顔を思い浮かべる。

「望まれたら、何でも応える」、その言葉が特に忘れられずに、不快だった。その後はキスの話ばかりされて、早くその場を離れたかった。花音に会えなかったら、この嫌悪感はもっと酷かったのだろう。

ふと、疑問が浮かぶ。花音は、もう誰かとキスを済ませてしまったのだろうか。

小五の頃、同じクラスで運動神経のいい男子を、花音が好きだと聞いた。それから、その男子のことは嫌いになったのだけど、中学に入ったら、そいつの性格は陰気になっていってもっと嫌いになった。だから知らない、二人は結局どうなったのか。

心がざわつく。花音だけが先に、その感触を知っていたとしたら。寂しさと怒り、憤り、それでいて憧れをもぐるぐると煮詰めた、情けない感情が渦巻いてくる。

「富野くんは、初めてにこだわってる?」

反論しようと思えば、いくらでもできる言葉。こだわってる訳じゃない。特別なものとも思っていない。護っておきたいものでもない。

「じゃあなんで?なんで富野くんは、気持ちよくなりたいだけの行動を、したことがないの?」

外したヘッドホンから、小さなノイズが漏れ出ている。

形容しがたい、嫌悪感。忘れようとすればするほど、脳はあいつを映しだした。

[次回更新]10月21日 火曜日 23時予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ