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  作者: 木々


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16/35

訃報

[登場人物]

富野瑛亮(15)中学三年生

吉沢花音(14)中学三年生

長谷川舞(15)中学三年生

教室に担任教師が入って来たのを、クラスメイトのほぼ全員が見た。教師は、ざわつく生徒を席へ座らせると、息を一つ吐いて、教卓の前で口を開いた。

「みんなに話さなければいけないことがある。」

教室中が、今まで感じたことのない静けさに包まれていた。いつもふざける奴でさえ、静かに自分の席に座っているほどだった。

「知っている人もいるかもしれないが。昨日の朝、うちのクラスの葛西が亡くなった。」

体中からすうっと、血の気が引いていった。耳から聞こえた事実を、体が受け入れるのを拒否している感覚だった。目の前がぐわんと歪んで、思わず机に手を付いた。大人の口から語られたことで、それは噂ではなく、紛れもない真実だと突き付けられた。

「嘘だ。」

口の中でつぶやいた。葛西が、死んだ?ありえない、きっと何かの間違いだ。

一つ一つの音が、自分とは関係のない、外の世界で起きていることのように思えて、教室の状況を俯瞰できた。

重たい空気が教室中を取り巻いている。クラスメイトたちは、まだ静かだった。しかし、(しら)せの前と空気が変わった。どうやら受け入れたらしいクラスメイトが、小さな声で疑問をぶつけ合ったり、数人の女子の泣く声が重なっていた。

その後、全校生徒が体育館に集められ、始業式でも校長が同じ話をした。他学年は他人事のようにざわついて、途中で教師の喝が飛んだ。全学年、全クラスの生徒が、一斉に黙祷をさせられた。

形だけしている自分は、無慈悲で薄情だと思った。まだ、夢の中にいるみたいだった。

ぼんやりとした頭のまま、始業式を終えて、昼には家に帰った。階段を上がり、自分の部屋に入る。いつものように、部屋の隅へ放り投げるように鞄を置いた。鞄が倒れて、ファスナーを閉め忘れた口から中身が出てくる。その中に、持ち主を失った国語のワークが入っていた。裏表紙の隅に、手書きの文字で「葛西愁吾」と書いてあった。

涙が頬を伝った。

葛西が死んだ。もう二度と会うことも、会話をすることもできない。その残酷な真実が、とても恐ろしくて、その場にへたり込んだ。

葛西がどうして死んだのか、教師も校長も、詳しくは言わなかった。だけれど、今朝見たあの入口の横のブルーシートが彼の落ちた場所なのだと、今更になって予想がついた。葛西が死んだとき、自分はここで呑気に寝ていた。始業式が休みになったことを、ガッツポーズをして喜んだ。借りたワークを当たり前のように使って、宿題を全部終わらせた。

葛西が死んだとき、また、何も考えていなかった。

歪んでいく視界に、自分なんてもう、どうにでもなれと身を任せた。

暑い日差しの中、吹き抜ける涼しい風が心地よかった。風に乗って、青くさい雑草の匂いが鼻を掠める。川の向こう岸に向かって、水の中をずんずん進んでいく葛西の姿が見えた。

「葛西!」

大きな声で呼び掛けても、彼は振り返らない。連れ戻そうと、すぐに川の中へ駆けて行った。

「この川、途中で深くなるから!向こうまで渡って行けるわけないから!」

滑りそうな川底を蹴飛ばして、流されそうになりながら、激しい水流に必死に抗う。ようやく掴んだ彼の手を、こちらに強く引き寄せる。しかし水のせいで滑って手を離した。

「葛西……!」

勢いで体は後ろに倒れて、荒く深い川の中へ流される。

ベッドの上で目を開けると、呼吸は激しく、背中にはびっしょりと汗をかいていた。真っ暗な部屋は、今が何時何分かも分からない。体は鉛のように重たくなっていた。嫌な夢を見たと思った。そのまま放心状態で天井を見ていると、ノック音のあと、ゆっくりと部屋の扉が開いた。

「瑛亮。大丈夫?」

母の声がして、とっさに起きなければいけないと、瞬間的に体を起こした。もう起きなければ、学校に遅刻する。だから、母が起こしに来た、そう思った。

「始業式、あるよね?休みになってないよね?葛西、死んでないんだよね?」

母は隣へ来て座り、その両腕に抱き締められた。

「始業式、もう終わったよ。」

母の言葉で、今日の出来事が全て本当だったことを思い出した。嫌な夢は、夢ではなかった。手を引いても止められなかった葛西は、きっとあの川を渡りきってしまった。

母は優しい口調で話を続けた。

「お昼ごはん、食べてなかったね。お腹すいたでしょ。夕飯にハンバーグ作ったけど、食べれそう?」

「うん……。」

夢から覚めても、聞こえるもの、見えるもの、触れるもの、口にするもの、全てが現実味を帯びていなかった。葛西のことは、半分受け入れて、あと半分はよく分からないまま。

夏休みに会った時、彼はいつもの調子で話して、花火をして笑って、そうかと思えば突然泣いて、そうして彼はちゃんと生きていた。急な事実を、どうやって受け止めればいいのか、分からなかった。

翌日は、クラスの女子が二人くらい学校を休んだ。授業は通常通りに進み、斜め後ろで葛西の席が空席のままそこにあること以外、特に大きな変化は無かった。

夜になって、通夜へ行くために、花音のお父さんが車を出した。助手席へ乗るように言われて乗り込むと、後部座席には花音と、その隣に今日休んでいた長谷川が乗っていた。花音はこっちに向かって少しだけ微笑んでから、隣の長谷川の様子を気にしていた。長谷川は泣き腫らしたような顔で、ずっと窓の外を見つめ、じっと車に乗っていた。道中の車内は静かだった。

葬儀会場へ着いて、花音のお父さんが受付に立っているおばさんに、一言声を掛けてから封筒を渡した。左右に並んだ座席の間に列が出来ていて、よく見れば、他のクラスメイトの姿もあった。その先に葛西の遺影が見えた。心臓がぽんと跳ねて、思わず目を逸らした。

花音が受付に一礼しているのを見て、わけも分からないくせに、雰囲気で一緒に一礼をした。花音が隣へ来て、自分にしか聞こえないくらいの声で言った。

「エイちゃん。あのね。舞は、葛西くんが好きだったの。」

「……そっか。」

葛西と長谷川が話しているところなんて見たことがなかった。葛西のことをよく知らないで、どう好きになったのかと思ってしまった。

焼香の列に、最初に花音のお父さんが並んで、その後ろに花音が並んだ。俯く長谷川は、花音が手を引いて後ろに並ばせた。気まずく思いながら、その後ろに並ぶ。

先頭になった花音のお父さんと花音が、前方の端で座っている男の人と女の人に一礼をした。男の人は厳かに頭を下げたが、女の人は呆然と遺影のほうをずっと見ているだけだった。

きっと、葛西の両親なんだろうと思った。顔はよく見えなかったけれど、彼は母親のほうによく似ているような気がした。

自分の番が来て、見様見真似で焼香をした。変になっていないかとか、このやり方でちゃんと合っているかとか、雑念を抱いたままで、これで良かったのかと終わってから少し不安だった。

これをしてもまだ、もうこの世界のどこにも、葛西がいないことが信じられなかった。

[次回更新]12月9日 火曜日 23時予定

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