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  作者: 木々


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14/33

閃く

[登場人物]

富野瑛亮(15)中学三年生

葛西愁吾(14)中学三年生

店を出たところで、葛西は近くの河川敷へ行きたいと言った。そこは、階段を下りて川岸まで行けるようになっていて、流れも比較的穏やかな所だった。

その途中にコンビニへ寄って、葛西は「これもしたい」と言って、花火セットとライターを買った。

それを見ながら、正直少しめんどうに思っていた。それでも、鞄の中には葛西から借りた国語のワークが入っている。そのおかげで、本音を言うことはできなかった。

河川敷に着くと、ちょうど芝が駆られたばかりで、青くさい匂いが鼻を掠めた。ただでさえ暑い日に、雑草が長く伸びて足に絡みつくことなく、快適に歩けたのはせめてもの救いだった。

葛西は川へ駆け寄って、浅瀬に手を浸す。

「わ。冷たい!」

彼はこちらを振り返る。パッと輝くように笑った姿は、子供のように無邪気で、普段の葛西では絶対にありえない、初めて見る表情だった。

「こんなに川の近くへ来たの、初めて。」

「なんか。お前って、そういう顔もするんだな。」

「えっ。変、だった?」

葛西の顔は、様子を伺うような表情に変わる。

「ううん。いつもそういうふうにすればいいのにって、思っただけ。」

葛西はまた笑ってから、急に立ち上がると、履いていた靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を捲って川の中へ足を踏み入れた。「わあ」と声を上げて、少し驚いた顔をしてから、また楽しそうに笑い、ずんずんと川に入って行く。

「富野くん、あのね。」

「ん?」

「同じ川に二度入ることはできないんだって。」

「ふーん。そっか。」

葛西の言うことは、話半分でしか聞いていなかった。川に不慣れなくせに、何も恐れず入って行くその様子を、ハラハラしながら見ていた。

葛西はそのまま、膝くらいの深さになるまで進んでいった。

「葛西、そろそろ戻って来いよ。浅瀬でも転べば溺れるぞ。」

「うん。」

そのてきとうな返事に、怒りさえ湧いた。川の危険さは、じいちゃんから耳にタコができるほどたくさん聞かされてきたから、何とも思ってなさそうな口ぶりが、気になって仕方なかった。

膝上の深さになるまで戻って来ない葛西を見て、いてもたってもいられなかった。サンダルのまま川へ入って、彼の手をしっかりと掴む。

「だから、本当危ねーから!足とられたら溺れて死ぬぞ。」

葛西は目を丸くしてこちらを見てから、視線を逸らした。

彼の温かく、少しだけ湿った手を引く。

「そっか。分かった。」

そう言ってから葛西は「ふふっ」と笑う。

「何笑ってんだよ。」

「ねぇ。そっちに戻るまで、このまま手を引いてよ。」

葛西は手を掴まれた状態のまま指を絡めてきた。それが不快で、振り解こうと手を動かしながら、彼のほうを振り返る。

「おい、その繋ぎ方やめろ。」

「これじゃないと怖いから無理。」

彼は関係のない川下のほうを見ながらそう言った。彼は、力強く手を握っていた。

「何それ、意味分かんね。」

簡単には解けない葛西の手を引いて、さっさと川岸まで戻った。

「はいはい、もう着いた。手離せよ。」

「うん。」

葛西は手を離し、川岸に腰を下ろす。足先はそのまま、川の流れに触れさせていた。

「ここは、少しだけ涼しいね。」

「うん。蚊も多いけどな。」

葛西の後ろにしゃがんで、足元の石をいじる。角の丸い平らな石を見つけ、向こう岸に向かって水面を切るように投げた。石は水面を三度跳ねて、途中で落ちた。

葛西は感心した様子でこちらを振り返り、何も言わないで、再び前を向いた。

暑い日差しは近くの橋に遮られて、今いる場所に少しだけ影を作っていた。

少しすると、葛西は満足したのか川から足をあげて、今度は花火の袋を開けていた。夕方の六時では、まだ辺りも暗くないのに、さっそく花火に火を付けた。

葛西の手持ち花火は、火薬の匂いと白い煙を出しながら、赤い火花を散らす。

「わぁ。」

周りが明るいせいで、よく見えもしないのに、葛西はやけに嬉しそうに笑っていた。花火はあっという間に燃え尽きて、火花を散らした部分は、黒い燃えかすに変わっていく。

「それ終わったあとどうすんの。バケツとか無いのに。」

「あ。そっか。じゃあ、これは?」

葛西は鞄の中から、麦茶の入ったペットボトルを取り出して、残った中身を飲み干した。

「あーいいんじゃない?」

空になったペットボトルに川の水を入れ、燃え尽きた手持ち花火を中へ入れる。じゅうっと火の消える音がした。

「なんか、まじで夏っぽいじゃん。」

「うん。花火、久々にやった。」

葛西はまた、新しい手持ち花火に火を付ける。

「富野くんもやって。」

「でもまだ暗くねーじゃん。夜になってからのが綺麗だろ。」

「知ってる。」

葛西は儚げに微笑む。彼の持つ花火は、白い煙の中で火花を散らしていた。

どうしてか、やらないわけにいかない気がして、袋の中から新しい花火を取り出して火を付けた。しゅうっと音を立てながら、白い煙と火花を散らす。

葛西は楽しそうに笑って、燃えかすになった花火をペットボトルの口に放り込み、また新しい花火を出してきた。彼がライターで火を付けようとしていたところへ、花火の火を近づける。

「これで火付くから、手どけて。」

葛西は黙ってライターを置いた。火は簡単に、葛西の持つ花火へと燃え移る。

葛西は小さく「わぁすごい」と言って、煙を見ていた。

何度かそれを繰り返しているうちに、だいぶ日が落ちて、ようやく白い煙より、花火がよく見えるようになった。完全に日が落ちるまで、葛西と二人で花火をやった。バケツ代わりにしたペットボトルの口は、花火でぎゅうぎゅう詰めになっていた。

「葛西。もうこれ入らないだろ。」

「えー。あともう少しあるのに。」

「もう終わり。そろそろ帰ろうぜ。」

葛西は寂しそうに「うん」と小さくつぶやいた。

その後ろの空で、何か光って、少し遅れて音がした。

「あ。どっかで花火やってる。」

「え?」

「さっき、その橋の向こうで光った。よく見えはしなかったけど。」

「どこ?」

「こっち。」

その場に荷物を置いたまま、橋の下をくぐって、空がひらけて見える場所まで二人で移動する。

「あ、ほら!」

遠くの空に、広げた手のひらほどの打ち上げ花火が見えた。

「ほんとだ。」

「すげー。花火大会?どこでやってんだろ。」

「うん。」

葛西はさっきから、急に口数が減って静かになった。次々と上がる花火を見上げていると、彼がTシャツの裾を掴んできた。

「ん、何?」

「ううん。」

彼は俯いていて、辺りが暗いのもあって、よく表情が見えなかった。だから気にせず、再び花火を見上げた。

「エイちゃん。」

「うん?」

彼の顔を見る。右頬に手を添えられて、ゆっくり、唇に触れるだけのキスをされた。

驚いたのと同時に、彼の温度が伝わって、知覚したときにはもう離れていた。久々の感覚に、体の中の神経が熱くなるのを感じた。

街灯もない河川敷。ここに人がいることなんか、誰にも見えない。まして、暗くて顔なんて分からない。それに気付いたら、止められなかった。

花火を見上げる葛西の左肩に手を置いて、こちらへ引いた。

「葛西。」

彼の唇に吸い付くように重ねて、自分自身が求めるがまま、欲求を絡めていた。

葛西の右手はまた、Tシャツの裾を固く握っていた。

彼の頬に触れていた手に、何かが触って、手のひらを伝う。それでやっと、唇を離した。

葛西は、泣いていた。両方の瞳から大粒の涙を流して、静かに泣いていた。

「あ。えっ、ごめん。嫌だった?俺、そんなつもりなく、いつもみたいにしちゃった。ごめん。」

葛西は何か言おうとするが、とめどない涙がそれを邪魔していた。

どうしたらいいか分からなくて、彼の顔を見たまま、その場に突っ立っているしかできなかった。あの空間以外でしてしまったのが、だめだったのだと思った。強欲な自分に腹が立った。

葛西は肩に顔を埋めて、声を上げて泣いた。

それでも、どうすることもできなくて、せめてもの気持ちから、彼の背をさすっていた。

[次回更新]12月2日 火曜日 23時予定

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