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  作者: 木々


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11/12

習慣

[登場人物]

富野瑛亮(14)中学三年生

葛西愁吾(14)中学三年生

期末テスト、最後の科目が終わり、安堵と開放の声に包まれる教室内で、深く溜め息をついた。その日は珍しくさっさと帰宅して、自分の部屋の中をぼうっと眺めていた。

あの日。花音の部屋に上がったにも関わらず、何もできなかった自分を、言い出せもしなかった自分を、酷く嫌悪した。その後悔と苛立ちには、テストからの開放感さえも勝つことはできなかった。

週明けになって、少しは落ち着いたものの、溜まったストレスとフラストレーションは結局、この扉の前へ行き着く。軋む扉を開けると、いつものように葛西がそこへ座っている。

「テストのストレス、今頃発散しに来たの?」

「別に。そういうんじゃねーけど。」

床へ鞄を放って、葛西が手に持つ本を向こう側へ倒すように、机上へ伏せる。彼も手の力を抜いているから、おそらく、こうされるのを分かっている。

この場所へ来た時の、いつも通りの行動を、入ってから一度も止まることなく自然な流れでする。唇を重ねて、正直な欲をそのまま絡める。何も考えないで、感触を得るだけの一方的な行動だった。

頃合いを見て一度離れてから、右手で彼の頬を押さえて、もう一度重ねようとすると、彼も少し顎を上げる。そこそこに満足したくらいで唇を離し、手を離す。

ゆっくりと開いた彼の黒い瞳と視線が合う。

「富野くん。何かあった?」

「何も。」

「吉沢さんに、告白した?」

溜め息をつきながら、机から体を離す。

「できなかった。」

「そう。」

彼は表情一つ変えない。

花音のことが嫌いだと言ったのに、しきりに告白したかどうかを気にするのは、どういう意図なのか。変わった奴だから、意味も分からなくて当然だった。

「同じ高校目指すってことだけは言えたけど。」

「へぇ。高校、決めたんだ。どこ行くの?」

桜垣(おうがき)。」

葛西の瞳は左上を漂って、こちらに戻ってくる。

「偏差値悪くないから、頑張ったほうがよさそうだね。国語、48点じゃ、厳しいね。」

「……なんで知ってんだよ。」

葛西は机に頬杖をついて、人差し指で自分の右目を指しながら、自慢げに微笑む。

「視力、いいから。」

教室の座席を思い出す。常に視界に入らないから忘れていたが、葛西とは席が近かった。

「ああ。お前今、俺と席近いのか。」

「斜め後ろだよ。」

「じゃあ、今日返ってきた他の教科も知ってんの。」

冗談半分でそう聞いてから後悔した。葛西なら、全部当ててきそうだと思ったからだ。

葛西はクスッと笑う。

「家庭科38点、英語52点、保健体育は64点。受験する科目に、保健体育があればよかったのにね。」

「俺でも覚えてない教科まで覚えてんの、キモい。」

案の定、正解するだろうという予想は的中してしまった。本当に、こいつはどんな脳みそをしているのか。

葛西はなぜか嬉しそうに笑っていた。

「葛西はさ、夏期講習って行ったことある?」

「無い。」

「えー、参考になんねー。受験勉強ってどうやんだよ。」

後ろに仰け反って体を伸ばしてから、溜め息をつき、床にあぐらをかいて座る。

どうしたものかと考えている所へ、葛西が「ねぇ」と声を掛けてきて、視線だけを合わせる。

「富野くんって誕生日いつ?」

「は?何、急に。」

唐突に、何の脈絡も無い質問をされて、眉間に皺を寄せた。それでも葛西は、しつこく「いつ?」と訊いてくる。

「……8月25日。」

「へぇ、乙女座だ。」

「だからなんだよ。夏期講習に関係あんの?」

「無いよ。乙女座か、意外だったな。」

本当に意味が分からない奴だ。理解の追い付かない頭に両手を添えながら、その場に転げた。

「なんだよ!関係無いのかよ!てか乙女座って何、ダサすぎねー?男の気持ちも考えて欲しいよな。」

「乙女座は、真面目で尽くすタイプなんだって。そして、実はロマンチスト。富野くんもそうなんだ。」

そのまま床に寝そべって、どうでもいい葛西の話を受け流す。

「知らねーよ。興味ねー。」

「あ。誕生日、夏休みだね。友達に忘れられちゃって、寂しかった?」

「別に寂しかねーよ。毎年友達から祝われないのなんて、俺にとっては当たり前だし。」

側に鞄を引き寄せ、中から今朝買ったばかりの漫画雑誌を取り出す。

「じゃあ。今年は僕が祝ってあげる。当日、校門の前まで来てくれたら、プレゼントも渡すよ。」

「行かねーよ。誰がお前にだけ会いに暑い中出掛けるかよ。」

雑誌の一ページ目に軽く目を通しながら、そう答えた。

「それなら、僕の誕生日は祝って。」

「いつ?」

「10月17日。毎年友達に祝ってもらえるよ。」

葛西が誕生日を言ったのと一緒に、連載漫画のコミックス第17巻発売、という告知ページが目に入った。やけにそれが印象的だった。

「当て付けかよ。じゃあ、覚えてたらな。」

「よろしく。」

葛西は「ふふふ」と笑ってから、机上に伏せられた本を手に取って続きを読み始めた。

この会話が何の意味を持っていたのか、あまりにも分からなすぎて、チラリと葛西の顔を見る。

「なんで誕生日訊いたの?」

「知りたかったから。富野くんが、十五歳になる日。」

「は?」

葛西は本に視線を向けたまま、そう答えた。

彼のことを理解しようと思ったのが、そもそも間違っていたのかもしれない。

「夏休み、富野くんは誰かと遊ぶ?」

「今年は受験だから、誰とも予定無いけど。」

「へぇ。偉いね。」

「いや普通に誘いづれーし。」

葛西は「ふーん」と興味が無さそうに返して、その後は何も質問してくることは無かった。

そのうちに、この空間の暑さに耐えられなくなって、葛西よりも先に外へ出た。

夏休みまでの十日余り。彼の元を何度か訪れては、いつも通りのことをして、暑いからと先に帰ることを繰り返した。頭では、こんなことはおかしいと分かっていながら、回数を重ねるごとに脳は慣れ、その感覚は薄れていった。

[次回更新]11月21日 金曜日 23時予定

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