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  作者: 木々


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10/12

目標

[登場人物]

富野瑛亮(14)中学三年生

吉沢花音(14)中学三年生

期末テストの三日目が終わって、真昼の暑い陽射しの中を歩いていると、前方に一人で帰路につく花音の姿を見つけた。何を話すとも決まっていないのに、気付けば声を掛けていた。

「花音!」

声を聞いて振り返る。少し小走りで隣へ急いだ。花音は目を丸くしてこちらを見て、よそよそしく微笑む。

「あ……。エイちゃん、テストお疲れー。」

「あ、お疲れ。」

二人で会って話したいことなんて、幾らでもあったはずなのに、目の前にするとすぐに出てこない。いや、話したいことというより、内容は何でもよくて、他愛のない話で花音と一緒にいたいだけだった。

花音は先程までと同じように、他人行儀のまま、落ち着かない様子で隣を歩いている。

「どうかした?」

「ううん。エイちゃん、私のこと避けてると思ってたから。最近、なんか、冷たい気がしてて。」

ハッとした。思い返せば、放課後に葛西と会うようになってから、なんとなくばつが悪かったし、花音を想っていることを指摘されてからは、意識的にばれないような行動を考えていた。それが、花音に避けられていると受け止められてしまっていた。

「ごめん。そんなつもりはなかったんだけど。」

「そっか……。私の勘違いだったのかな。」

違うと否定したくても、本心がばれることを避けて「うん」と返すことしかできなかった。

「今日のテスト……どうだった?」

花音は話題を変える。その気遣いに、できる限り明るく返そうと努めた。

「うーん、まあまあかな!花音は?」

「私もそんな感じ。明日のほうが心配。私、数学苦手だから。エイちゃんは昔から、算数のほうが得意だったよね。」

隣で見ていて、花音の表情が少しずつ明るくなっているのが分かった。

「うん。国語とか、英語よりはね。」

「あのさ。もしよかったらなんだけど。少し、勉強教えてもらえたりしない?その、今からうち、来る?」

「えっ。」

突然の誘いに、心臓の鼓動が速くなった。上目遣いの視線と目が合って、自然と目が泳ぐ。

「もちろん、エイちゃんがよければだけど。」

「全然、大丈夫。」

「本当!嬉しい!」

それからの会話はどこか上の空で、頭はぼんやりとしたまま、脚だけは見慣れた住宅街をちゃんと歩いて、花音の家に向かっていた。

玄関扉を開ける花音に続いて、数年ぶりに家の中へ入る。

「……おじゃましまーす。」

少し緊張しながらそう言うと、花音は「ふふっ」と笑ってこちらを振り返る。

「ママは今頃、友達とランチ行ってるから今日は誰も居ないよ。」

「えっ。そっか。」

平静を装って返事をした。本当は、心臓が跳ね上がっていて、今のこの状況を深く考えてしまうと頭がくらくらした。階段を上がっていく花音の後ろで、気付かれないように息を深く吸って吐く。猛る感情を落ち着かせるように、右手をポケットにしまった。

左に曲がった先にある、部屋の扉を花音が開ける。

「どうぞー。」

目に飛び込んだ部屋の様子は、まさしく女の子の部屋。勉強机の椅子とベッドカバーのピンク色が、眩しく目に映った。

「なんか。部屋の雰囲気、変わった?」

「そうかも。最後に来たの、いつだっけ?」

花音は部屋の中心にある折り畳みテーブルからリモコンを取って、エアコンを付ける。冷たい風と共に、あの柔軟剤の匂いがしてくる。

「えっと、小四くらい?」

「それならだいぶ変わってるかも。」

花音は微笑みながら、テーブルの奥にあるクッションの上に座った。それを見て、向かい側に腰を下ろす。

「数学の問題でね。よく間違えちゃう所があって。」

「うん。」

綺麗に整頓された勉強机の上から、花音は数学の教科書を取り出す。ページをめくり、指差しながらその箇所を説明しているが、話半分で聞くしかできなかった。

「エイちゃんは、いつもどうやって解いてる?」

「これは、えっと。」

花音がノートのページを開き、ペンケースからシャーペンを取り出した。

それを受け取って、目に映る数字とアルファベットの数列を、最短距離の神経回路で手先に伝える。問題を解けさえすれば、自ずと解答が出てくる数学でよかったと思った。

「すごーい!すぐ解けちゃうんだ!」

目の前で花音の笑顔がパッと輝き、ノートに書いた途中式を花音が眺めて、うんうんと頷く。

視界の端に、カーテンの隙間から外のベランダの様子が見えて、視線を花音の背後に向けた。干された洗濯物が風で揺れ、胸元にフリルの付いた衣類が、細い肩紐でハンガーに掛かっているのが見えた。

反射的に、目を逸らした。

「ん?どうかした?」

「いや……なんでもない。」

様子に気付いた花音が、後ろを振り返る。「あっ」と声を上げて、急いでカーテンの隙間を閉じる。戻ってきた花音は顔を赤らめながら、こちらの様子を伺う。

「見た?」

「……ううん。」

その表情を可愛らしく思いながらも、ずっと見ることはできなかった。心臓はうるさいくらいだった。

花音は照れ隠すように少し笑う。

「子どもっぽいって思った?」

「いや……そういうの、俺分かんないから、大丈夫。」

変わらず視線は、ノートの上に落としたまま、そう答えた。

「でも、エイちゃんなら、見られてもいっか。」

「えっ?」

全く予想していない花音のその言葉に、鼓動がどくんと跳ねて、顔を上げた。

「だって。私のこと、小さい頃から知ってるもんね。今でもパジャマが子どもっぽいってことくらい、知られたっていっか。」

花音は口元に手を当て、照れ笑いしている。

「あ。パジャマ……。うん。別に、なんとも。うん。」

再び視線はノートの上。脳が勝手に、下着だと早とちりしたことが恥ずかしくて、体温が耳に集中してくるような感じがした。

「エイちゃんとね。中三になってもこうやって一緒にいれるの、嬉しい。」

「えっ。本当?俺も、嬉しいけど。」

顔を上げて花音を見る。ほとんど同じタイミングで花音も顔を上げて、視線が合う。時が止まるような感覚に、ここで伝えてしまえばいい、と直感的に心の中でそう思った。

「あのさ。」

「ん?」

花音は小首を傾げる。

想いを口出そうと息を吸ったのと同時に、ぐうっと腹の辺りから音が鳴った。花音は、少し驚いた顔の後に、幼い頃から変わらない声で笑った。

「そうだ。お昼まだもんね。お腹空いたよね。」

「あ……。ごめん。」

「ううん。お家にお昼ごはんあるよね?ご飯炊けてるはずだから、とりあえずおにぎりでも作ろうか。」

「え、あ。ありがと。」

立ち上がり、部屋を出て行こうとする花音に、これだけは伝えなければ、と急いで声を掛ける。

「あのさ、花音はさ。どこの高校、受けんの?」

「えっ。あ、さっき言い掛けてたこと?えっとね、桜垣(おうがき)高校だよ。先生が言うには、推薦いけるだろうって。県内でも女子バレー部強い所だから、ずっといいなぁって思ってたの。」

「そっか。じゃあ、花音と同じ高校、俺も目指そっかな。」

「えっほんと!?嬉しい!」

花音は目の前で飛び上がって喜ぶ。人生で初めて、絶対に達成したい目標ができた。

[次回更新]11月18日 火曜日 23時予定

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