現在
[登場人物]
富野瑛亮(28)
都会の喧騒の中で、紛れるように建つビルの四階。エレベーターでしか、そこへ到達できないのは不便に思う。
乗り合わせた若い女性も、派手なフリをしながら鞄に大きなマスコットと一緒に、見慣れたマークの赤い札を揺らしている。
月に一度見る、白を基調とした内観。月に一度聴く、ヒーリングミュージック。月に一度使う診察券と保険証。
番号の書かれた札と交換して、中央の円形ソファーに腰掛ける。良くも悪くもない座り心地を感じながら、ただ番号が呼ばれるのを待つ。
誰が見ているわけでもないのに、インテリアのためだけに置かれたようなこのソファーは、気にしいが集まるこの場所では圧倒的に不人気だった。それをいいことに、他とは違うという意思表示のようにして、そこへ座るのが普通になっていた。
いつもここへ来るたび、他より優れている箇所を探した。頻度だとか、飲んでいる薬の種類や数だとか。そうして、心の何かを支えようと努めていた。
ただ、それは想像の域を超えない、意味の無い妄想に過ぎないと、分かっていることに気付かないようにした。
割り振られた番号が呼ばれ、指定された番号の扉を開ける。
そして、毎回同じ質問から始まる。毎回同じような返答をして、少しずつ、とらわれたままの過去を振り返る。
「彼の呪いが、まだ僕に纏わりついている。そんな気がします。」
誰にも話したくは無かった。ずっとそう思っていた。どれだけ感情を、未来を犠牲にしようと、一人で抱え込むことが贖罪だと解釈していたからだった。
「忘れられないんです。彼の声が、感触が、温度が。全て鮮明に、今でも脳裏にこびり付いて離れません。僕は、彼を利用した。彼の心を、弄んだ。罪深い人間です。」




