断罪イベント、待ち望んだものであった
この日、私は学園のオペラホールに向かっていた。
普段のオペラホールは華やかな舞台劇や音楽会が催されているけれども、今日は違っていた。
いつも以上に重苦しい雰囲気が満ちていた。
観客席だけではなく、舞台にも座席が設けられている。
「とうとうこの日が来てしまったのね」
「本当にオリアーヌ様は、告発状にあるような悪行をしてしまったのでしょうか……」
不安そうに言葉を発しているのは、レティシア・アヴィニョン。
私の親友であり、”聖女”と呼ばれている生徒。彼女の容姿は、とても綺麗で人々を引きつけている。
そして彼女の発言は、物事の方向を決める事もあるような力があったりする。
「仕方ないのよ。何通も匿名の告発状が届いていたし、証拠だってある。この学園としても、王室としても、流石に開かないといけなくなったの」
「何とか寛大な結果になればいいのですが……」
表情はいつもと違って曇っていて、不安そう。
だってレティシアはオリアーヌとも親友だから、この現状が辛いのよね。
あの、悪役令嬢のオリアーヌ・アシュガバードが断罪される。悪く言えば、相応しいかもしれないけれど。
「……難しいと思うわ」
暗い表情をして、私はレティシアに返す。
彼女は相応しい結果にならないといけない。
そう思いながら、私達は舞台に置かれた証人席に座る。
反対側には王子であるミハイ殿下が座っていた。椅子は最上級で一段高い位置に。
(やっとこの日が来たわね……)
私は心の中で喜びながら、この”イベント”が始まるのを待っていた。
このイベントは、私が遊んでいたゲームにおける最大の山場。悪役令嬢がオペラホールに設けられた法廷で、断罪される。
断罪された悪役令嬢は、破滅の末路を辿る。
その後、私は王子様と結ばれてハッピーエンド! これで私のストーリーは完璧!
「結構な人数が来ていますわ」
観客席の部分にも、この断罪イベントを見に来るために多くの人が。
舞台に近い部分は王族や貴族、教師達。
中段くらいに生徒達。
そして後方には市民や記者が。ここまで来るのは、悪役令嬢がこの王国有数の名家だからでもある。この行く末を様々な人が気になっている。
これは盛り上がる。悪役令嬢は衆人環視でのもとで断罪される。
ああ、楽しみ。
「来ましたわ……やっぱり不安な表情をしていますわ」
舞台の中央にオリアーヌが。後ろには暴れてもすぐに対応できるよう、衛兵が立っている。 これぞ断罪の場面。
遠かったけれども、ここまで来たのよ!
私はかつて、この異世界とは違う場所で砂原志乃という女子高生をしていた。かつては平凡な高校生活で成績はそこそこ。
でも目立ったこと無かった。それがイヤだった。
そんなある日、この世界に転生して遊び尽くしたゲームのヒロインになった。
嬉しくてたまらない。
学園内では、様々な生徒に持て囃されたし、殿下も私の事を好きでいる。
だけど一つだけ、気に入らないことが。
悪役令嬢がそこまでゲーム通りに動かなかったこと。そのために、私の王子様と結ばれるというハッピーエンドが、遠くなってしまった。
彼女が殿下と婚約しているから。
モヤモヤしたけれども、今日で全て解消される。
ここまで私は頑張ってきた。その成果が出てくる。
あの女が断罪されたら、殿下は婚約破棄をする。その代わりに私が殿下と結ばれる。
「これより、公開の場にて審議を行う。ーーオリアーヌ・アシュガバード嬢、彼女の罪を今ここで明らかにする」
王子の宣言と共に、このイベントが始まった。
観客席はざわざわとしている。
「まずは告発状にあった、数々の嫌がらせや侮辱、そして殺人の計画。それらの罪状を認めるか否か」
簡単に王子が読み上げていく。
「わたくしはそれらの告発に対して、認めるわけにはいきません!」
当然、彼女は否定した。まあ、認めるわけないよね。
認めたらその場で断罪だもの。
「潔く認めたらどうだ。アシュガバード家の恥!」
「アシュガバード嬢に対する何通もの匿名の告発状が届いているが、告発状の中の一通はアイリス・フレンスブルク嬢直筆のものである、これを読み上げよう」
そう、私は自ら告発状を書いた。
こうすれば、悪役令嬢が私に対して様々な悪行をしたっていう信憑性が上げられるから。
『私は長きに渡り、オリアーヌ・アシュガバード嬢から様々な仕打ちを受けてまいりました。授業中において私が使用していた机に虫を仕込まれ、舞踏会では私のドレスを踏み破られました。令嬢は殿下のご婚約者であることを盾に、「平民風情が殿下に近づくな」や「下賤な貴女が殿下へ気軽に話しかけるな」と幾度も侮辱しました。さらには、私の杯に毒を盛ろうとする姿を私は目撃しました。このままでは命の危険に晒されます。どうか、この告発状をご査収の上で、彼女をお裁きください。 ーーアイリス・フレンスブルク』
王子の側近が読み終わると同時に、観客席からはさっきにも増して、悪役令嬢に対する怒りと私への同情の声が響いた。
「毒まで盛るとは……!」
「やはり悪役令嬢!」
「勇気ある告発をしたフレンスブルク嬢を守らないと!」
側近が読み上げた後も険しい顔をしながら、悪役令嬢を見下ろす。
「……ここまで具体的な内容を、フレンスブルク嬢は書いている。もはや言い逃れはできまいが」
オリアーヌの顔は真っ青になって、必死に言い訳を絞り出していた。
「で、ですから……そんなこと……しておりません! そのような事実は一つも……」
だけど誰も耳を貸さない。
観客席の視線は、私に集まっている。
「……それなら、この告発状を書いたフレンスブルク嬢、前へ」
「……はい」
私は殿下の言葉で、舞台の前に立つ。
席を立ってから、涙が流れるように悲しいことを考えていた。
そのおかげで、目から涙が出てきていた。
「……告発状に記した事、全て事実です。私は……ずっと彼女から酷い仕打ちを受けていました」
袖で涙を拭って、同情を誘う。
「授業中には、机にゴキブリやムカデなどの虫を仕込まれ、笑われました……試験において、私が回答した答案をすり替えて赤点に追い込ませました……舞踏会では、ドレスを踏み破られて……その場にいた皆が、私を嘲笑したのです……」
涙を流しながら、震わせるように喋る。
「なんて卑劣な!」
「庶民を辱めるとは」
「私はただ……殿下と話すのが嬉しかっただけ。でも……彼女は”平民風情が殿下に近づくな”や”下賤な貴女が殿下へ気軽に話しかけるな”といった暴言で、何度も私を侮辱しました。そして……ある日、私は見てしまったんです。彼女が……杯に毒を落とす瞬間を……!」
会場中がどよめいて、とんでもない場面を見たと言っているみたいに、最前列の貴族婦人が顔を覆っている。
殿下は険しい顔で悪役令嬢を睨み付ける。
この状況に、オリアーヌはさっきよりも顔を白くしていて、必死に声をあげていた。
「そんなことは……しておりません! 証拠はどこにあるのですか!?」
でも観客席の視線は冷たくて、死刑囚を見るような感じになっていた。
これは決まったもの。
完璧よ。涙と震えで十分、群衆も殿下も私を信じている。
オリアーヌの言葉は、一切価値が無くなっている。
この舞台はもう、私の勝ち!
「殿下……どうか、私を……守ってくださいませ……」
観客席は喝采にも似た私への同情のざわめきで満ちている。もう私の味方。
これで私は、悪役令嬢にやられている悲劇のヒロインの座も手に入れたのよ。
あとは悪役令嬢が断罪されたら、ハッピーエンドに一直線。
「聖女、レティシア・アヴィニョン嬢、君の意見はどうだ?」
王子がレティシアにも証言を求めていた。
私の意見で十分だけれども、彼女の意見はオリアーヌの判決を確定させる。
だからこそ。
レティシアは前に出てくる。
「わたしは……オリアーヌ嬢の話を信じたいのです」
そして、オリアーヌを庇っていた。
どうしてそんな言葉を出すの。『信じたいのですが……』って言って、悪役令嬢を突き放してよ。
言い切らないで。
「オリアーヌに対する証言と噂が飛び交っていますが、言葉だけで真実を測ることはできません」
でも彼女は胸元から、淡く光る水晶を取り出した。
掌ほどの大きさをした宝珠ーー透明な外見をしていて中に星のような光が瞬いている。
初めて見るもの。何をしようというの?
「これは”真実の宝珠”。光と音を記録し、ありのままを映し出すものです。告発の真偽を確かめるため、ここに映像を公開いたします」
観客席がさっきとは違うざわめき。
だ、大丈夫かな……?
「真実を映す宝珠……!」
「聖女様はそんなものを持っているのか……!」
王子が戸惑いながらも頷く。
これは、想定外だったのかな。
私も同様だけれども。
「……よかろう。アヴィニョン嬢よ、その宝珠に託そう」
「はい」
レティシアは宝珠を高く掲げた。
途端に光が広がって、オペラホールの天井に、映画みたいな映像が流れていく。
私も王子もオリアーヌもこのオペラホールに居る観客達も、流れる映像を見るしか無かった。
最初に出てきた画面は、学園の教室。
オリアーヌが歩いてきた。本を片手に私の机に近づいたけれど、虫を仕込む映像は無かった。隣の生徒と話しているだけで、少ししたら離れていった。
でも、別の生徒が机に近づく。
「……これは!」
観客席から驚いている声。
私が告発したのとは違っているから。
でも映像は止まらない。次の場面になっていく。
次は舞踏会の大広間。
華やかな音楽と人々の笑い声が聞こえる中私も映っていて、私に近づくようにオリアーヌが優雅に歩いていた。
私のドレスに裾が触れそうになったーーその瞬間。
映像にははっきりと、私の取り巻きがオリアーヌを押している瞬間が映っていた。
それによって、私はバランスを崩して自分で裾を掴んで、ドレスが裂けていった。
オリアーヌはこの状況に驚いていて、すぐに「申し訳ありません」と手を差し伸べようとする。
でも、私は泣き叫んだから、周囲は「オリアーヌ嬢がやった!」と認識していた。
観客席がさらにざわざわしている。
さっきまでオリアーヌを断罪する雰囲気だったのに、空気が変わっていこうとしていた。
「……違う……悪役令嬢は何もしていない……!」
「だが、ならば……告発状にあった罪は?」
舞台中央のオリアーヌは、さっき罪状を突きつけられたタイミングよりも驚いていた。
この映像は、何よりも待ち望んでいた”潔白の証明”だから。私にとっては、嘘の証明になってしまっている。
でも、これって他にもあるのかな。
そうだったら……
「や、やめて……」
でも映像は続いていく。
今度は学園の校舎裏。薄暗い回廊、誰も居ないか確認しながら歩いてきた私の姿が。
ちょっと、この場面って……
「止めて……」
画面の私は懐から小瓶を取り出して、近くに控えていた取り巻きに渡していた。
こう言いながら。
「いい? これをオリアーヌの机に忍ばせるの。……そうすれば”証拠”が揃うから」
取り巻き以外に聞こえないようにしていた囁き声が、はっきりとオペラホール中に響いていた。
「彼女が……!」
「まさか……!」
観客達が天井の画面と私を見比べている。
私に対する目はさっきまでとは違って、犯罪者を見るような感じ。
顔から血の気が引いていく感じが。
「ち、違うわ……これは偽物よ!」
それを振り払いたくて、思いっきり叫ぶ。
でも、宝珠は容赦なく、別の場面を映し出していた。
談話室の場面。
私は机を挟んで取り巻き二人と会話していた。
「答案用紙の件はありがとう。次は舞踏会。あの人を押して、ドレスを破らせればいいのよ。殿下は私を庇うはずだから。これで彼女は完全に悪役よ」
私が楽しげに笑う声と、取り巻きの同調した笑い。
それがオペラホールに木霊した。
「そんな……全てフレンスブルク嬢の仕業だったのか……!?」
「アシュガバード嬢は潔白だった……?」
宝珠は私が犯した罪を、白日の下に晒していた。
取り巻きに小瓶を押しつける姿だって、舞踏会の密談だって、全て映っていた。
でも、信じたくない。
映っている姿は本物じゃないって。
「ち、違う……これは不正な干渉が行われているのよ……! 誰かが魔法に細工したの! そう、オリアーヌが私に罪を着せるために……! 殿下、ねえ……信じてください! 私を信じて……! お願い……レティシア、私は潔白だから……信じて……!」
私は必死に訴えて、この映像が嘘であることを信じさせようとする。
でないと、逆に私が断罪されてしまう。
「信じたいのです。わたしも、あなたを。あなたが勇敢に立ち上がった少女だと、心から信じたい」
でも声は震えていて、弱々しかった。
これだったら……
「なら……」
「わたしは信じたいのですが……」
レティシアは私に対して、突き放す台詞を言ってきた。
どうして私に対して……
「この宝珠に嘘は映りません。記録された光と声は、誰の手にも左右されない”真実”なのです」
はっきりと私に対して、有罪だと言っていた。
こんなのイヤだ……
「つまり……」
「彼女こそが……」
「嘘よ……! 私が悪いわけない! 私はヒロインなのに……!」
そう私はヒロイン。
ハッピーエンドが約束されていて、殿下と結ばれるはずなのに……
でも、誰も私の叫びは届かなくなっていた。
冷ややかな観客の目が私に突き刺さる。
「ーーもはやあなたの罪は、覆せません」
私はこの瞬間、悪役になっていた。
さっきまでは悪役令嬢を断罪するはずだったのに、いつの間にかヒロインである私が断罪されていた。
ヒロインは私なのに。
「殿下……信じてください……! 私はヒロインで……殿下を心から愛しているのです!」
もう私は殿下に縋っていた。
助けて欲しかった。このまま破滅したくない。
さっきは嘘泣きに近かったけれども、今は本当に涙が出てきている。
もう止まらない。
私の必死の懇願に、王子は深く目を閉じて、静かに息を吐いた。
少しして瞼を開けたその瞳には、何かをはっきりと決めていた。
「……信じたかった。君を純心で勇敢な娘だと……信じていたかった。それに心から結ばれるくらい好きでいたかった」
「なら……!」
「……君は己の欲のために虚偽を並べ、無実の令嬢を貶めた。それは王族への欺きであり、学園の名誉を汚す大罪だ。真実は覆らない」
王子の声は鋭く、私を断罪する。
オペラホール全体に重い沈黙が落ちる。
「今日はオリアーヌ嬢の断罪のために、開かれたが……宝珠は真実を、真に裁かれる人物を示した。ーーアイリス・フレンスブルク、君への断罪に切り替える」
いつの間にか、私は逆転されていた。
破滅の瞬間が訪れようとしている。
「やめて……殿下! 私はヒロインなのです! 殿下の隣に立つ運命で……!」
「運命とは、己の誠実と行いで切り開くものだ。虚偽と欺きに塗れたお前に、その座を語る資格はない」
私の全て否定した。
転生してきた意味を失うくらいに。
「アイリス・フレンスブルク。学園の追放と永久に王家や有力貴族への接触を禁ずる」
殿下は舞台の中央に立って、高らかに宣言した。
その言葉によって、私の目の前は色を失っていく。
さっきまでは、ハッピーエンドが見えていた。
それなのに、この瞬間にハッピーエンドどころかバッドエンド、いやゲームオーバーになろうとしていた。
「あなたは無実です。どうか胸を張ってください」
レティシアはオリアーヌの手を取って慰めている。
それこそ彼女は聖女の姿だった。
「……あんたのせいよ」
この様子を見て、私は許せなかった。
オリアーヌが悪役令嬢としてゲームと同じ動きをしなかったから、私は破滅した。
色が消えた世界。
私だけなんてイヤ。
「あんたが悪役令嬢として、正しく振る舞わないから悪いのよ!」
「や、やめ……」
怒りの感情は本能のままに身体を動かす。
私はオリアーヌに飛びかかった。
そして彼女の首に手をかける。
「こうなったなら、お前も道連れよ!」
「ぐ……あぁ……」
柔らかな首に思いっきり力をこめようとした。
「やめろ!」
でも、衛兵達に引き剥がされて失敗してしまった。そのまま拘束される。
すぐにオリアーヌは咳き込んで息を取り戻す。
「離せ! 私はヒロインよ! 殿下の隣に立つのは私だけ!」
ただ衛兵の力が強く、拘束は振りほどけない。
もうこのまま連行されるだけ。
「見苦しい!」
「これがヒロインの本性か!」
「今すぐ牢屋にぶち込め!」
観客は私に怒号を浴びせる。
破滅した私へは、これしか与えられない。
「いやああああぁっ! 全てあんたのせいよ! あんたがゲーム通りにしないのが悪いの!」
私はオリアーヌが見えなくなるまで、恨みの叫びをぶつける。
許せない。
彼女が私を破滅させたんだ。
「……最後の最後まで、愚かなマネを。もう誰も、お前を信じはしない」
オペラホールから出る直前、私に対して殿下はそう言い放った。
これが殿下とオリアーヌを見た、最後の光景。
ああ、どうしてこうなったんだろう……
ゲームオーバー……