第1話 また入院しちゃった
また入院しちゃった。
そして退院してきた。
2020年に私が入退院したことを知っている読者なら「またかよ~」となるかもしれない。うん、まただ。でも、今回は前回と色々違っていた。
今回は「躁状態」として、前回は「うつ状態」で入院したように思う。
ためしに、前回書いた文章を引っ張ってみる。『明滅』というエッセイ集の一エピソードとして、2020年7月10日に公開された。
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「それは辰井さん、申し訳ないけど強制入院だわ」
喋り始めてから五分も経っていなかったのではないか。私が飛び込んでいたのは地元の病院だった。その病院は予約がいらないので行こうと思えばすぐに行けた。もっとも私が住んでいた家からは新幹線で三時間の距離であり、私はここに来るということをある方に時間を稼いでもらうまで思いつかなかったのであるが。
その病院の先生ははっきりと名医だった。だから私のどうしようもない状態をひょっとしてどうにかしてくれないかと思って最後に頼ったのである。ところがその温厚で穏やかな先生は私が喋り始めるとずっと厳しい顔をしていた。そして「強制入院」。
私がどう思ったか。「ああ、やっぱりなあ」というのが半分。嘘。一割。あとの九割が「なんで???」だった。そんな、死にたい願望、希死念慮というのはずっとあるのであって、私はそのごく幼少期からあるものの囁きに従って順当にステップを踏んだに過ぎないのに、なぜそれで入院になるのかと(私が異常なことを書いているのは分かっている)。
病院から連絡して親が私を入院先の病院へ連れて行くまでの三時間、私はその病院のベッドの上に留め置かれていたのだが、割と忙しくしていた。なにせ入院した後外部への連絡手段を私が持ち得るか全く不明だったから、大学にも選考を受けていた企業にも入院するということを連絡しておかなければならなかった。(中略)
入院先の病院に行って軽く問診を受けた。「死にたい気持ちはありますか」「???」「消えてしまいたい気持ちはありますか」「???」よく分からなかった。混乱していた。というより入院と聞いて何か道が開けたような気がしていたのだ。もしかして、ひょっとして、つよつよな薬を打ってもらったり、入院しなければできない治療をしてもらったりして馬鹿みたいに調子がよくなるかもしれないではないか。だからその可能性を見るまで死ぬつもりは無かった。かくのごとくして、かかりつけの病院で強い希死念慮を訴え入院を言い渡された人間が、いざ入院先の病院に辿り着くとさっぱり希死念慮が無いという不思議な状態になったのである。しかも「御自分がうつだという自覚はありますか」と聞かれて「え???」と返す始末。結局強制入院ではなく任意入院になった。無理もない。私はまるきり平常な正気の人間に見えただろうから。入院先の先生は私を入院させるかどうか少し悩んでいたくらいだ。
私は閉鎖病棟に入ることになった。精神科の閉鎖病棟と言うと若干おどろおどろしいイメージだが穏やかな所だった。何の予断の無い人間がふらりとあそこに立ち入って、あそこがどういう場所かなんて分からないのではないか。何日か入っていると「ああ……」と思うような所はあったけれども。
閉鎖病棟に入ってすぐに看護師さんに問診された。自殺の危険があるから入って来たとのことだが何故死にたいのかと。私は私が生きているだけでマイナスなのであって、生きれば生きるほどマイナスが膨れ上がるのだと。だから、その負債を返せる見込みが無いのであれば、当然の理屈として死ななければならないのだと答えた。苦笑された。分からないらしかった。
(中略)
先生の前では希死念慮は無いのだと、自殺の危険はないのだと力説せざるをえなかった。でなければ退院はできない。しかし、かといって退院したいあまり口から出まかせを言ったのではない。希死念慮が不思議と無いというのは本当の話であったから。私が嘘を言ったのは、「あなたの読めないという症状は治らないものかもしれないし、治るとしてもそれにとても時間がかかるものかもしれない。それでも生きる覚悟がありますか」という先生の言葉に「はい」と頷いた、それだけだ。……それだけと言って、これは大きな嘘なのだけれども。しかし他にどう答えようがあった? 「信じてるよ」と言われた。
かくして僅か二日で退院の判断が出た。異例だろう。この異例を支えたのは、私の入院があくまで任意入院だったという事実と、先生からの私に対する(半ば捨て身の)信頼である。私がこれからどうするかはともかくとして、この先生の信頼には応えなければならない。先生に対する恩義としても倫理的にも。死ねなくなった。見事だ。
これが死なないですんだ万歳という話でもないことは読者の方にもお分かりだろう。苦しいのだ。何が苦しいか分からないほど苦しい。寝たきりで頭もよく回らなくなっている。私が一体どうやって生きていくのか、見ものだと書いたらさすがに自嘲が過ぎるか。こんな下手に小説を書くよりも自分の身辺を書いた方が面白い状況に追い込まれて、書き手として幸福なのか不幸なのか分からない。
***
えっっっなんか大変そう。すっかり忘れてたよ~。
そして、文章の書き方が若いね笑。
もう、当時の文章を書いた私はいなくなってしまった。どこかに行ってしまった。どこかで「誰か」をやっているのか、風になっているのか、はたまた苗木になっているのか、分かりはしないが、もう違う所に行っているのだろう。
分からない? うん、それでいい。分かる? フフw。
大丈夫。この文章は、若い読者に向けて書いている。
例えば、「ティーン」であったり、「20代前半」であったり、そんな若い読者に、現在29歳の私からプレゼントとして書いている。
この文章を手掛かりにして、いつか「私たち」に会いに来てほしいからだ。
でも、振り落とされないように注意してね。
そして、実年齢は関係ない。
70歳でも、80歳でも、もっと年上でも「ティーン」だ。
そして、その逆もあり得る。
ちなみに、「大人向け」のブックガイドも存在するけれども、私は書く予定がない。
なぜなら、「大人向け」のブックガイドは他の先生方によって、もう無数に出ているからだ。私が書く必要はない。
私はあくまで、私より若い世代に向けて、ガイドを書く。
どうか付いて来てほしい。