眠り姫
その女は哀れな程、私に焦がれていた。
「英雄様!」
元々はとある国の式典で私に『当てがわれた』女だ。
脳が詰まっていないのではないかと思う程に純粋な女だった。
自らの役目を理解しているはずなのに、何故こうも明るく振る舞えるのだろうか?
そんなことを思い尋ねると彼女はにっこり笑って答えた。
「皆が慕う英雄様とこんなに近くで触れ合うことが出来る機会なんてもう一生ないでしょう? ならば、自分を偽らずに自分の望むままに行動した方が得だと思いません?」
「それで君は満足かもしれないけれど、君をあてがった父や支援者はどう思うだろうな?」
嗜める私に彼女は笑った。
「子供が一度で出来たら誰も苦労しませんよ」
その屈託のない表情を見て私はすっかりと絆されてしまった。
「なら、皆が語る英雄象とのギャップに君は苦しむことになるだろうな」
戯れにそう言って私は服を脱ぐ。
露になった姿を見て彼女は流石に驚いた様子だった。
しかし、彼女は私の頬を軽くつついて笑う。
「英雄様は嘘がお得意なのですね」
「あぁ。君だけだ。ここまで知っているのは」
そうして私は彼女と共に一夜を過ごした翌日、彼女を遣わした者へと言った。
「この女が気に入った。もし良かったら私のものとしたい」
私の願いを彼らが拒むはずもなかった。
以来、私は彼女と随分長く共に過ごしていた。
村を、町を、国を、時には戦場を往く私の下に彼女は常に付き従った。
ただの女であるくせに。
「女であるからなんだというの? 私はあなたと共に旅が出来たならそれでいいの」
彼女の明るい表情と勇気ある姿勢に私は何度も救われた。
私は彼女と二人で共に生きた。
死に至る、その日まで。
そして、晩年。
私は故郷の地で彼女に手を握られながら穏やかに眠ろうとしていた。
「後悔しているだろう?」
「なにを?」
「私についてきたことを」
「そんなわけないじゃない」
彼女は穏やかに首を振る。
ほっとする。
それでも不安になり、問う。
「子供を抱きたくなかったのか?」
「一度もそんなこと思ったことないし考えたこともない」
「……何故だ?」
「さぁ? 私って元々そういう性格みたい」
「……そう。少しだけ安心した」
「そう? なら良かった」
微笑む彼女に安堵して。
「……ありがとう」
感謝の言葉と共に目を閉じる。
すると、すっかりと皺だらけとなった彼女の手が私の頬を優しく撫でた。
「ごめんね」
「何がだ?」
「私が男じゃなくて」
目を開く。
すると彼女の泣き顔が見えた。
そう。
彼女は私に焦がれた者の中で唯一、私の真相に……つまり、私が女であることを知っている者だった。
生まれて以来、隠し続けてきたこと。
それを私は彼女の前で話してしまった。
『何故、女として生まれたと言われた』
『男であれと怒鳴られた』
『偽り続けろと命じられた』
あの夜、泣きながらしがみつき、彼女の胸に吐き出した思いが全て思い出される。
ふとした切っ掛けで出来た甘えられる存在にしがみつづけた人生だった。
『普通の恋をしたかった』
『男性と共に歩んでみたかった』
『自分の子供を抱いてみたかった』
その全てが叶わなかった。
一つとして。
だけど、その代わりに、ずっとあなたが居てくれた。
そんな、全てを思い出して。
私は泣いている彼女の目を拭った。
「いや、異性だったなら、案外あっさりと別れていたかもしれない」
「そ、ね。男って下半身で物を考えるから」
彼女は普段と同じ様子で微笑み返してくれた。
私もまた普段のように笑う。
あぁ。
時が近い。
「すまない。先に逝っているよ」
「うん。私、もう少し生きると思うからちゃんと待っててね」
「もちろんだ」
そう言って、私は最愛の友に見守られながら眠りについた。