第3話
さて、人間は必然的に自らが安心する場に身を置こうとする。パーソナルスペースを必要としているためである。接客などにもそれらは見られ、隣は家族や友人などの気の知れた者の立ち位置で正面は圧迫感を与え易いため、斜め前に立つのが基本である。まあ、この事を知らぬ者もいるが。
かくして、探偵は店の角席へと座った。質素な椅子二つにテーブル一つ、背中を壁に向ければ店内を一望できる理想的な席だ。
彼が落ち着いて腰を据えていると彼の右腕に生暖かいものが当たる。そう、それは人肌、ミルーナである。
「何故正面に座らない。」
「横の方が話しやすいじゃないですか?」
「はあ…キミ、図々しい性格だと云われるだろ。」
「友達はあんまりいなくて…村に年齢の近い子がいなかったので…ってそれより凄いですね!その魔法!見た目をそんな簡単に変えられるんですね!」
「あんまり大きな声で言うのはやめて貰えないか。」
この時の探偵はメイド服…ではなく、なんの変哲もない服へと変わっていた。
「喋り方も変えてたなんて…すごいです!」
探偵は深くため息を吐く。彼女の止まぬ賞賛を受けていると、あの男が来た。
「お客さん。注文はどうするのかい?」
そう問われると彼女は迷わず店の名物であるリゾットを口に出した。男はそれを聞くとニコリとした表情を見せ、代金を受け取ると厨房へと向かった。どうやら今、この店には彼しかいないようだ。
そして、ちらほらいた客が全て居なくなった頃、店の扉が勢いよく開いた。現れたのは快活的な茶色いポニーテールの少女、歳はミルーナと同じぐらいに思える。
「うー重たい!」
そう言いながら引きずるは大きな麻袋、食材だろうか。
「おー帰ってきたか。カウンターの裏に置いといてくれ。」
丁度良く料理ができたのか彼が戻ってきた。どうぞ。と物腰柔らかな口調で皿を並べる彼に探偵は問いかけた。
「さっきのは娘さん?」
すると彼は少し驚いた様子で言った。
「そうです。自慢の娘です。どうしてそれが?」
「瞳の色が一緒でしたからね。あの綺麗な髪は母親譲りですか?」
「ほぉ、よく見てますね。そうなんです。あの子の母はとても綺麗な人だったんですよ。」
「これは失礼なことを聞いてしまいました。すみません。」
その言葉に彼は目を見開く。
「ほぉ、そこまでお分かりですか。いえいえ、こんな寂れたお店じゃ、こんな話も聴いてくれる人はいませんから。話せて嬉しいです。」
「寂れたって、何かあったんですか?人気だって話を聴いたんですが。」
「はあ、店の味は変わらないんですけど、食べてくれる客が町から居なくなっちゃったらねぇ。」